公募社長総括 3  鉄道会社はどこで利益を出すか

「上下分離」という言葉があります。

 

ふつうの人には聞きなれない言葉かもしれませんが、鉄道会社の上下分離とは、線路や信号設備など路盤の維持管理のかかわる部分(下部)と、線路の上を列車が走る部分(上部)を分けて考えましょうということです。

ローカル鉄道と対抗する交通機関である路線バスは行政が維持管理している道路の上を走るだけですが、鉄道会社というのは自社で線路設備を所有して維持管理していかなければなりません。これでは鉄道がバスに勝てるわけありませんから、路線バスと同じ土俵で勝負できるようにするために、鉄道会社の設備部分である下部を行政がお金を出して負担しましょうというのが、現在の日本の上下分離です。

昨年ごろからJR北海道が「上下分離」と言っているのはこのことで、沿線の市や町に線路の維持管理にかかる費用を負担してくださいというお話をしているのでありますが、こういう地方行政に下の部分を負担させる方法は、本当の意味での上下分離ではありません。

 

実はアメリカの鉄道もヨーロッパの鉄道も上下分離で運営されているところがたくさんあるのですが、アメリカでもヨーロッパでも、世界的に下の部分の維持管理をしているのは基本的には国なんです。国が運営公社のような組織を作って、そこが線路の維持管理をしているのが世界的に見た上下分離の在り方であって、田舎の町役場が線路の維持管理をしているわけではありません。

道路を見ればわかると思いますが、国道と県道がほとんどでしょう。路線バスが走るような道路では市道や町道はごく一部です。ところが、鉄道の場合は国ではなくて地元の行政がお金を出しなさいというのが日本における上下分離です。

では、なぜそういうことになっているかというと、小泉政権の時の構造改革で、地方へ配るお金を極端に減らし始めました。それまで、いろいろな名目で鉄道会社に対して出していた補助金がどんどん減らされていきました。いわゆる「自己責任」というやつですね。

そこで青色吐息になった鉄道会社を抱える自治体に対して、この上下分離論を持ち出したのです。

「地元の行政が路盤の維持管理の費用を出してしっかり鉄道を支えれば、ローカル鉄道は残れます。」ということです。

 

私に対して、「お前は上下分離をしてもらっているのに、結局は赤字だとはけしからん。」というご意見をお持ちの方もたくさんいらっしゃると思いますが、私はこの日本流の上下分離論というのは決して万能ではないと考えていて、いくら上下分離をしているからと言って、鉄道はそう簡単に黒字になるものではないのです。

 

なぜなら、上下分離をすれば黒字になるというのであれば、田舎の路線バスは皆黒字のはずです。

路線バスは行政が作った道路の上を走るだけだし、鉄道に比べてバスの方がきめ細かく乗降場所を設定することも、ルートを設定することも自在ですから、はるかに優位なはずです。ところが、その田舎の路線バスがどこもみな赤字で損失補てんを受けているというのが現実なんです。

だから上下分離は万能ではないのですが、この点を上下分離万能論者はどう説明するのでしょうか。

 

今から10数年前に国が言い始めた「地方の行政がお金を出す」という上下分離方式というのは、自分たちが補助金を出せなくなったのを地域に体よく押し付けただけの話で、本当であれば、きちんと国がやらなければならない部分を責任転嫁しているにすぎないと私は考えています。なぜならば、上下分離を提唱するのであれば、国鉄を分割民営化する必要はなかったということですから。国鉄をそのまま線路の維持管理する公社として存続させて、列車の運行を民間会社がいろいろ参入して行えばよかったのです。国鉄の分割民営化は今思えば30年以上前の話ですが、上下分離方式を提案した当時はJRになってから10数年の時点でしたからね。

でも、当時の弱小鉄道会社には私のようにお上に反論する経営者などいませんでしたから、世の中上下分離万能論に傾いて行ったと私は考えています。

(あくまでも一般の皆様方にご理解いただきやすいように、私なりの理論で解説したものです。)

 

では、鉄道会社というのはどのようにして儲けを出すのでしょうか。

 

一般に理解されているのは私鉄方式と呼ばれるもので、100年前の阪急や東急の名経営者と言われる方々が実践してきた方式です。

それは鉄道を建設して、駅を作って、宅地開発をして、不動産、百貨店、スーパーマーケット、バス、タクシー、あるいはホテルや遊園地などの娯楽施設を作って、お客様を運んで利益を出すという方式です。これはもともと田んぼや原っぱだったところに需要を作り出すことですから、壮大な計画と経営者としての先見の明がないとできないことですね。

鉄道だけでは利益を出すのは難しいけれど、グループ全体でトータルで利益を得る方式です。

 

これに対し、昨今JRでやっているのが新幹線と駅中方式。

高額の特急料金を課すことができる新幹線に経営資源を集中させて、新幹線から多大な利益を出すことと、大都市の駅構内を大改良して商業施設を作り、物品販売や店子からの収入で利益を出す方式です。

このJR方式は各方面から批判を浴びるもとになっているところもありますが、私は非常に上手にやっていると思います。なぜなら私鉄は名経営者と呼ばれる強力なリーダーが引っ張ってきたのに対し、JRは旧国鉄職員の「商売のセンスなどかけらもない人たちの集まり」で会社が成り立ってきたわけですから、そういう人たちがやっているにしては実にうまくいっていると考えるからです。

 

さて、このように、鉄道会社というものは私鉄もJRも鉄道業本来の収入ではなかなか赤字からは脱却できないという構造があるのですが、付帯設備やサービスなどをトータルで考えると利益が出る構造になっているんです。もちろん、そのための条件はある程度の人口があることが必要になりますが、例えばJR九州だって鉄道業単体では赤字なんです。でも、会社全体では上場できるだけの利益が出ている。そういう構造が鉄道会社にはあるのです。

 

では、いすみ鉄道のような田舎のローカル線はどうでしょうか。

私鉄方式もJR方式も、どちらもできませんよね。

何しろ人口がいないのですから。

まして、いすみ鉄道は第3セクター鉄道です。沿線市町や地域の会社などが出資して作られている成り立ちがあります。

地域の会社というのは、バス会社やスーパーマーケット、あるいは温泉旅館やホテルなどもありますが、いすみ鉄道が私鉄方式を取り入れて、バス会社をやったり、スーパーマーケットやホテル、あるいは不動産事業を始めて、そこで利益を出そうとしたら、当然地域事業者の皆様方の商売とバッティングしてしまいます。

「俺たちの商売の邪魔をするな。」という話になりますし、今までいすみ鉄道を支えてきてくれた地域の皆様に対してそういうことはできないのです。

 

だから、ローカル線というのはいくら上下分離をしたとしても黒字にはなりにくい構造があるわけで、つまりは八方ふさがりなんですね。

 

そこで私は、トータルで考えたら利益が出る付帯事業の部分を、地域の皆さんにやってもらうことを考えました。

観光客が来ればお昼ご飯も食べるし、買い物もする。あるいは宿泊するでしょうしタクシーにも乗るでしょう。いすみ鉄道に乗りに来てくれた観光客を相手にした商売で、そういう部分でしっかり地元の人たちに稼いでもらって、地域全体がトータルで利益が出るようになれば、たとえ赤字であったとしても、鉄道会社が地域に存在する意義があるだろう。そのように考えたのです。

 

だから、私はいすみ鉄道商品として地域の産物を最前面に押し出し、駅弁もレストラン列車のお料理もすべて地域事業者の方にお願いして、できるだけ地域にこだわった商品をお客様に提供してご満足いただくことはもちろんのこと、地域にお金がきちんとまわり、地域でがんばってくれている事業者や職員の皆様方にお金が入るようなスタイルの営業を続けてきたのです。

 

そりゃあ、お金が儲かればそれに越したことはありません。でも、レストラン列車の原価率を下げて、いすみ鉄道に利益が多く残るようにしたらどうなりますか。お料理がスカスカのみすぼらしいものになりますよね。私たちのお客様は都会の人たちですから、都会の人というのは知識も経験も豊富な方が多いですから、田舎の人間が目先の利益でそういうことをやれば、すぐにお里が知れてしまうのです。そして、それは千葉県全体のマイナスにもなるのです。

「な~んだ、千葉県の食なんて、大したことないな。」

という印象を与えてしまいますから。

おかげさまで、いすみ鉄道の駅弁もレストラン列車もコスパ的にはなかなか素晴らしいものがあります。お客様から見たらご満足いただける内容になっていると思います。その証拠に、この土日もほぼ満席でご乗車いただきました。6月のこの時期にほぼ満席ですから、私は自分の商売のやり方は間違っていないと思います。

何しろ、お料理で利益を出さなくても、鉄道会社には運賃収入が入るわけですから、本来の事業をしっかりやっていればよいのです。

 

本日のレストラン列車です。

テレビの撮影が入りました。

お客様は「いい思い出になる」と大喜びでした。

 

私と仲良しの道南いさり火鉄道の春井さんが視察を兼ねた体験乗車にお越しくださいました。

道南いさり火鉄道は「ながまれ号」という日本一貧乏な観光列車を運転しています。

でも、先日も書きましたが、「日本一貧乏な観光列車」というのはいすみ鉄道の専売特許ですからね。

いすみ鉄道を見習って、という名目で、いろいろパクリにいらしたんです。

春井さん、どんどんパクってくださいね。

 

このようにお互いの利益のために手の内を全部さらす。

これが私の商売のやり方です。

そして、おかげさまで地域にもかなりスポットライトが当たるようになり、地域のお役にたてるようになってきました。

さらに、地域にとどまらず、今や日本中のローカル線が、10年前とは比べ物にならないほど元気になってきたと考えています。

 

今後、私の退任した後、商売のイロハもわからないような人たちが、私のやり方を引き継ぐか、それともダメにするか、それとも私以上にすばらしい商品に仕上げていくか、どうなるかは彼らにかかっているわけですが、その評価は観光客の皆様方が下すことになるということだけは事実ですね。いすみ鉄道のブレーンは千葉県と沿線市町の幹部であることは周知のことでありますから、多分みっともないことはしないと思いますが。

 

1つだけいえることは、いすみ鉄道は千葉県房総半島の観光のシンボルになったということは間違いないということなのであります。