富山へひとっ飛び、富山はひとっ飛び。 結論

先月の終わりに羽田から飛行機で富山へひとっ飛びしました。

 

北陸新幹線が開業してから、富山空港と小松空港の航空旅客の落ち込みが激しく、このままでは両空港共に航空会社が撤退してしまうことが考えられます。でも、地元の人たちには、東京との航空路線がなくなるということに関しての危機感がほとんどありません。

 

先月ですが、金沢で地元の経済界の重鎮の方々とお話をさせていただく機会がありました。

その席上で彼らは口をそろえて、「新幹線があれば十分でしょう。」と言われたのには驚きました。

 

「東京へ行くと、たいてい会合のお仕舞に懇親会などがありましてね、『乾杯!』となるのですが、飛行機だと、その『乾杯!』だけして羽田に向かわなければならないけど、新幹線だと、もっとゆっくりと懇談できるから。」と経済界の重鎮はおっしゃるのですが、交通機関に対する認識がその程度であるということに私は驚いたのです。

 

金沢でそうですから、富山となればなおさらでしょう。

だから、このままで行けば遅かれ早かれ東京ー小松便も、東京ー富山便も減便されて、飛行機が小さくなって、最終的には路線廃止となることは目に見えているわけで、そこに危機感を抱いているのが交通のプロフェッショナルである県庁の総合交通政策課というわけです。だから、私にモニターツアーをやってもらって、その行程を逐一レポートしてくださいなどというご用命をいただくわけで、私としても航空路線がなくなるということに対しての危機感が大きいですから、喜んで協力させていただいたのです。

 

先月、富山県交通政策課のご依頼で富山へ飛行機で移動したときのレポートブログ

 

7月31日 富山へひとっ飛び、富山はひとっ飛び

8月1日 富山へひとっ飛び、富山はひとっ飛び その2

8月2日 富山へひとっ飛び、富山はひとっ飛び その3

 

お時間のある時にでもぜひご一読ください。

 

さて、私がどうしてそれほど航空路線の維持にこだわるのかといえば、その理由は交通というのは2つ以上のルートを抱えておくに越したことはないからです。

石川県にしても、富山県にしても、新幹線もあれば飛行機もあるという状態を維持しておくことが絶対にプラスになるからです。

 

逆の言い方をすれば、航空路線を廃止して新幹線一本になると、石川県も富山県も、観光政策はもとより、重要な交通政策の首根っこをJRに握られることになります。県の交通政策担当の方でしたらご存知だと思いますが、JRは実に窓口の小さい会社で、県の課長程度であればへたすりゃ門も開いてくれない。開いてくれても支社止まりで、本社の議題に乗せてもらうことなど至難の業です。

まして、北陸新幹線は2つの会社にまたがる新幹線ですから、無責任路線になる可能性が非常に高い。にもかかわらず、どうしてそういう会社に自分の県の交通の首根っこを握られるようなことをするのでしょうか。

 

これに対して航空会社は実に対応が早い。

おそらく、これも交通政策の担当者の方であればお気づきかもしれませんが、地元の営業拠点の支店長に話を通せば、当然本社にその話が行って、例えば冬のダイヤをどうするか、来春の機材をどうするかなどという点で、かなり込み入った話ができる。自分たちの要望が通る通らないは別としても、きちんと話をしたその話が、どこまで届いて、どこでダメになったのかぐらいは分かるような会話ができるのが航空会社です。

 

また、新幹線というのは実に悲しいことに、200kmも300kmも地面を這って走らなければなりません。

つまりどういうことかというと、新潟で地震があったと言えばストップするし、浅間山が噴煙を上げたと言えばストップする。

極端な話、カカアデンカとカラっ風に吹かれて、農業用のビニールが飛んできて、架線に絡まっただけでストップする。

石川県や富山県と東京とを結ぶ重要な幹線ルートが、自分たちには全く関係ない新潟や長野や群馬や埼玉の事情に首根っこを握られてしまうのが新幹線なのです。

 

まして、線路の形態を見ると、大宮ー東京間がボトルネックになっているから、北陸新幹線自体が東北新幹線、上越新幹線に首根っこを握られているわけで、こういう状況にある実に心もとない幹線鉄道が北陸新幹線だというのに、どうしてその新幹線をもろ手を挙げて歓迎し、「はい、飛行機はもう要りません。」というような議論になるのでしょうか。

その理由は、30年40年待ってやっと開通した地元にとっては悲願の新幹線だからです。

 

さてさて、同じ先月、私は岡山へ行く用事がありました。

行きは新幹線で行きましたが、帰りは飛行機。

用事を済ませて岡山空港へ向かうタクシーの中で、運転士さんに聞きました。

 

「岡山の人って、飛行機利用するんですか? 新幹線があれば十分でしょう?」

 

すると運転士さんから帰ってきた答えは意外なことに、

 

「いや、便数も増えているし、利用率も高いですよ。駐車場もどんどん拡張して、駐車場とターミナルとの間に連絡バスも走っているほどですから。」

 

と言うのです。

私は、もう少し掘り下げたかったので、

 

「でも、新幹線があれば、時間的にも飛行機を使うメリット少ないんじゃないでしょうか?」

 

と、追加質問をしたんです。

そうしたら、運転士さんはこう答えました。

 

「私たちはね、阪神大震災を経験してるんですよ。あの時は新幹線が長期にわたって不通になって、全く使い物にならなかったから、飛行機が大活躍だったんです。だから、飛行機が必要だということはみんな分かっているんです。新幹線は便利だけど、飛行機だって飛んでもらわなければならないってことですよ。だから、県も駐車場を拡張したりして、利用しやすいように努力してるんじゃないですかね。」

 

なるほど、そういうことだったんですね。

 

山陽新幹線が岡山まで開通したのは1972年、昭和47年で、すでに45年が経過している。彼らは45年という年月を新幹線と共に過ごしてきていて、新幹線に対する考え方も成熟してきている。これに対して、石川県も富山県も、悲願の新幹線がやっと開通して「ありがたや、ありがたや。」状態なのでしょうね。

 

でもね、新幹線って逃げないんです。

あれだけの高架線路やホームを作ってしまった以上、向こう50年経っても必ず走っている。

鉄道会社の形態は変わるかもしれないけれど、乗らないからといって廃止にすることもできない。

これに対して、飛行機はすぐに逃げます。
ちょっとでも利用率が低迷すればすぐに逃げ出してしまいます。

その同じ飛行機をどこの路線に飛ばせたらもっと儲かるだろうかということを広い目で見ていますから、駄目だとなればすぐに他へ飛行機を持って行ってしまいます。

まして、利用者にしてみても新幹線は飛行機よりハードルが低い。

だから、特段対策をしなくても黙っていてもみんな新幹線を利用するし、鉄道会社も黙っていても新幹線を走らせるのです。

 

「かがやき」をどこに停めるか、というような議論はされたとしても、利用者が少ないから12両編成を6両編成にしますなどという話にはならない。

だったら、守らなければならないのは飛行機であることは明白なのであります。

 

富山空港は、今、国際線も就航する空港になっています。

ソウル、大連、上海、台北とアジア各方面へ飛んでいます。

需要も伸びているようで、この10月末からの冬ダイヤでも台北便は増便されることが決定しました。

 

LCCもそうですが、どうして国際線の便が就航するかご存知でしょうか?

それは、国内の航空会社の定期便が就航しているからなのです。

グランドハンドリングといって、飛行機が到着してから出発するまでの地上での作業。ブリッジを取り付けて、燃料を給油して、機内清掃をすることや、チェックイン、荷物の受付、引き渡しなどの作業は、定期便が就航しているからできるのであって、定期便が撤退してしまえば、そういう作業をする人たちがいなくなりますから、LCCも来なければ国際線も来なくなる。こういうことも理解しないとならないのです。

 

国鉄を手放してしまったころから、この国は交通というものを総合的に考える人たちがいなくなりました。

だから、鉄道なんかなくたってバスとトラックで十分だなどというバカげた意見がまかり通るようになってしまったのですが、国がやらないなら都道府県単位でちゃんと考えましょうというのが私の考え方であって、今回の富山県もそうだし、北海道も地域の交通というものを総合的に考えましょうということに気が付いて、きちんと行動をスタートしているということなのです。

 

よし、次に富山へ行くときも、飛行機で行くぞ。

私は本当は赤組なんですが、富山は青組の会社をここまで大きくする礎を築いた尊敬する敏腕社長さんのご出身地でもありますから、私にとっての富山空港というのは、特別といえば特別なのです。

 

(おわり)