鉄道の価値 通勤編 その2

もう10年以上も前の話になりますが、私の二男坊が大学へ入った時に田園都市線の沿線に住むことになりました。

 

私も妻も、あの田園都市線ですから、嬉々としてアパート探しに足を運びました。

何しろ、私たちの世代にとっては、田園都市線というのはあこがれの電車で、もう30年も昔になりましたが、「金曜日の妻たちへ」というドラマが大ヒットして、田園都市線の沿線にお住いの皆様方は、それはそれは高貴なお方であるはずで、私たちのような京成電車の沿線住民とは人種が違うだろうと考えていたからです。

「金曜日の妻たちへ」が流行っていた頃の京成電車は、ビートたけしと片岡鶴太郎が、何かにつけてギャグのネタにしてさげすんでいましたから、ブランド化とは程遠いところにあったのです。

 

ところが、実際に田園都市線で物件探しをしてみると、意外にも結果は惨憺たるもので、とにかく家賃が高く、間取りが狭く、駅から遠く、買い物が不便で道が狭い。おまけに坂道ばかりで、そこを大型バスが抜けて行く。

そういうところがとても多くて辟易しました。

まあ、佐倉市というとても便利でその割には環境の良い地域に住んでいるからそう感じたのかもしれませんが、あれほど憧れていた田園都市線沿線が、なんていうのでしょうか、何とかが剥がれたような気持ちになりました。

私の妻は東急沿線に住んでいたことがありますから、どちらかというと東急派で、京成電車に対してあまり良いイメージを持っていなかったのですが、この時を境に、東急から京成へ、妻の気持ちの中でも価値観ががらりと変わりました。

 

では、田園都市線がどうしてイメージばかりが先行して、輸送実態が伴わないのかというと、それは渋谷駅がボトルネックになっていることが大きな要因です。

近年、大規模な線路改修工事を行って、大井町方面や目黒線方面へお客様を振り分けるバイパス輸送を行っていますが、いかんせん渋谷駅がどうにもならない状態です。

本当だったら、同じ半蔵門線の反対側の終点である押上駅のように、ホーム2面4線化してあれば、折り返し電車も可能だし、朝夕のラッシュ時には東海道新幹線の品川駅や新横浜駅などで見られるように、同一方向の電車を左右の線路に振り分けることで、後続の電車が駅の手前で停止してしまう状況を回避できるのですが、田園都市線と半蔵門線の接続駅である渋谷駅はそういう構造になっていないのです。

 

今の田園都市線の渋谷駅のホームは1970年代に新玉川線として開業したのですが、三軒茶屋側から東急が掘り進んできて、表参道側から東京メトロが掘り進んできて、それが渋谷の駅で合流しました。

建設当時のこぼれ話として聞いた話ですが、東急側とメトロ側がそれぞれ掘ってきて、渋谷駅のところで合流したときに、実は10センチか20センチほど出会った箇所がずれていたそうなんです。

東急の方が言うには、「我々は図面通りにちゃんと掘ってきた。」らしいのですが、何せ相手が悪い。

東京メトロは当時は営団地下鉄で、正式名称は帝都高速度交通営団(ていとこうそくどこうつうえいだん)。今なら中国人や韓国人からバッシングを受けそうな名前です。営団というのは経営財団という意味ですが、つまりは国でありますから、常に正しいわけで、絶対に非を認めない。という意味で相手が悪かったわけです。

結局東急側が譲歩して、そのズレを東急側の線路を調節して修正したようですが、こういうエピソードが残っているということは、そういう「大人の事情」が満載なのが田園都市線の渋谷駅でありますから、今となってはどうにもならないわけで、その渋谷駅が田園都市線の始発駅として、ボトルネックになっているということなのであります。

 

だから、私は、文句があるんだったら、そういう鉄道の沿線にはお住まいにはならない方が良いですよ、と申し上げるわけで、くだんのうちの二男坊も、学校を卒業したらせっせと田園都市線沿線を引き払って、今では南流山に住んでつくばエクスプレスの住民となっているわけですが、親の言うとおり、バイパスルートが確保できて、始発駅から乗れるという点では、つくばエクスプレス沿線は、今のところ住んで正解と言えるのではないかと思います。

今のところと申し上げるのは、TXにはTXの大人の事情があるわけで、開業からわずか10年で輸送力はすでに満杯状態で、なおかつバブルの後遺症で費用対効果最優先で作られたため、駅ホームなどを見ると容易に長編成化もできないような建設しかしてませんから、今後大きな問題が出るのは明白であるからでありまして、賃貸なら良いけれど、つくばエクスプレス沿線には不動産は買うなと息子には言っております。

 

さて、このように考えてみると、私としては、今、首都圏の通勤電車路線で絶対にお勧めなのは、やはり私が愛する京成電車沿線であります。

かつてのバブルの頃は、ブランドイメージ戦略に成功した路線が人気で一世を風靡しました。

でも、今は時代が完全に変わりました。

 

通勤電車沿線としての住環境は、やはり、不動産価格が安く、物価が安く、子育て環境も充実しているということが、一番求められる時代になりました。

不動産価格というのは、ある意味路線価格でありますから、人気の路線、イメージの良い路線は高いのですが、その値段の高さは実態を反映するものではありません。つまりバーチャルなんです。でも、イメージ戦略から離れた評価はリアルでするべきであり、そういう点では、疲れたら通勤ライナーで座って帰れるし、輸送障害が発生してもバイパスルートが確保できるし、千葉県は人気がなかった分、不動産価格が安いし、でも、首都圏の食料供給基地として大きな存在の千葉県は、米も野菜も肉も魚も驚くほど安くて新鮮な地域ですから、真の意味でのリアルの価値があるのです。

 

まして成田空港が近くですからね。

30年前の時代は「海外旅行へ行くための空港」でしたから、成田が近くにあることにあまり意味がありませんでしたが、今はLCCの基地として、成田は高い価値があります。つまり、日本中どこへ行くにも安くて速くて便利なのが成田空港です。

こうして考えると、私は、かれこれ30年近く前になりますが、昨日お話した「たまプラーザ」と「ユーカリが丘」を徹底比較した番組を見て、不動産価格が安くて、物価が安くて、子育て環境に優れているとされた「ユーカリが丘」を目指して千葉県佐倉市民になったのは間違いではなかったのだと思います。

 

さて、1970年代の高度経済成長期には、都内には満足に住むところがなかったため、「夢のマイホーム」を目指して、首都圏から1時間以上かかるようなところに宅地造成が行われ、ベッドタウン(寝るために帰るところ)がたくさんできました。

今、それらの地域では、かつての「千葉都民」「埼玉都民」「茨城都民」と呼ばれていた東京への通勤者が皆さん定年を迎え、次の世代に代替わりしています。さらに、この30年間に日本の人口は減り始め、都心部には高層マンションなどが充実してきました。つまりどういうことが起きるかというと、ベッドタウン第2世代の若い人たちは、今の田園都市線利用者がそうであるように、何もわざわざおやじが買ったこんな不便な所から会社に通わなくたって、もっと東京に近いところにいくらだって新しいマンションや住宅を見つけることができますから、鉄道会社が行ったブランド化やイメージ戦略は完全に過去のものになったのです。

では、次にどうするかといえば、今、各社が行っている着席ライナーがひとつの方法論としての現れですが、今後は、進学就職でいったん巣立って行った子供世代が、「やっぱり地元は良いなあ。」と、例えば所帯を持って子供が生まれることを契機に、生まれ育ったベッドタウンに戻ってきてもらえるようにするのが、これからの鉄道会社のイメージ戦略であり、そのための新たなブランド化が必要になるのです。

 

(つづく)