この春で国鉄からJRになって30年です。
今から30年前に、国は鉄道の運営を放棄し、民営化することを選択しました。
私が以前に勤めていた航空会社も、今から30数年前に国営航空から民営化した会社でしたが、1980年代というのはそういう時代だったんですね。
つまり、自分たちでどうにもならなくなって、もてあましたもんだから、何でも民営化すれば当面の課題が片付くと思っていたのが当時の国の偉い人たちで、国鉄といえば赤字だけではなくて、労働問題に手を焼いていて、一週間も力づくで鉄道を止めて、「俺たちが働かなければ、国民生活はマヒするんだ!」などと声を大にして叫んでいる連中に国の生命線を握らせておくことはできないという判断で、単に民営化すればよかっただけのものを、全国を6つにバラバラにして、さらに旅客と貨物に分けるという、わざわざそこまで細分化したのは、一言で言えば組合という組織の弱体化を狙った以外の何物でもなかったわけです。
当時は三公社五現業と言って、国がいろいろ直接的な仕事をやっていて、国鉄の後には電電公社や郵政、専売公社(現JT)などの大きな組織の民営化も控えていたものだから、国としては国鉄の民営化は何とか成功させなければならなかったわけで、つまりは成功事例を作る必要がありましたから、東日本と東海と西日本には新幹線を持たせたんです。
新幹線は、誰が考えたって絶対に儲かるシステムになっていますから、本当は新幹線会社を別会社にして、そこから上がる利益で国鉄の赤字をせっせと返済していくのがどう考えてもスジなのですが、成功事例を作りたいもんだから、本州3社には新幹線を持たせたのです。
そうしたら、本州3社は、当然、儲かる新幹線に力を入れて、在来線はどうでもよくなって、今の現状に見られるように、在来線には全く力を入れず、挙句の果てには並行在来線は地元に負担させて、自分たちは儲かる新幹線だけに専念しているわけで、国鉄の借金を国民に負担させておいて、さらに儲からない路線も国民に負担させるという、「民間会社」としては考えられないことを、さも当然のように行っている民間会社に成り下がっているわけです。
今まで、こういうことをはっきりと言う人は、たぶんいなかったわけですが、その、民営化のために切り捨てられたローカル線の一つを何とかしなければならない立場にあるいすみ鉄道の社長としては、国の偉い人たちが何と言おうが、当時の経緯も議論もみんな記憶していますから、「だったらどうして新幹線を別会社にしなかったんですか?」と質問したら、誰も答えられないことも知っていますし、だったら、棚ボタで新幹線を持たせてもらった会社は、もっと謙虚になって、少なくとも地域のために奮闘努力するのが、国鉄の借金を国民に押し付けた民間会社が取るべき正しい姿ではないかと考えるのです。
さて、本州3社はそれでよいとして、島会社とさげすまれていた北海道と四国と九州はどうなのでしょうか。
四国はともかくとして、北海道と九州は、30周年を迎えるにあたって、本当に明暗が分かれましたね。
片や株式上場にこぎつけて、片や破たん寸前になっているわけですから。
では、この違いはいったいどこにあったのでしょうか。
同じように国鉄から分割されて、同じように国から手切れ金をたっぷりもらってスタートしたのに、どうして九州と北海道でこのように歴然とした差がついてしまったのか。その運命の分かれ道はどこにあるのか。
このごろの私は北海道の鉄道を何とかしなければ、という会議にも出させていただいているものですから、そんなことを考えてしまうのです。
さて、いったいどこに運命の分かれ道があったのでしょうか。
九州は適度な面積に適度な人口がある。
でも北海道は面積が広い割には人口が少ない。
九州は都市間交通の需要があるのに北海道はその需要がない。
北海道は雪が降るからその対策費が膨大である。
などなど、いろいろ地域の違いによる特性の違いもあると思います。
でも、私は、根本はそんなことではないと思います。
なぜなら、地域特性というのであれば、九州は毎年台風の被害を受けています。
九州横断路線の豊肥線などは、JR化後の30年間に何度も台風や大雨でやられて長期間運転できない日が続く経験をしていますし、今、今日現在でも一部区間が不通になっています。
行政区分も九州は7つの県ですが、北海道は1つの道だけです。
だから、交通政策も北海道の方がはるかにやりやすい。
でも、その割には、例えば道内の航空もきちんと体系化されていない。
札幌を中心とした道内航空は、丘珠空港からのプロペラの小型機だし、東京や大阪、あるいは海外から到着したお客様が、千歳空港で乗り換えて道内各地へ行かれる体系にはなっていないんです。
釧路や網走、稚内といった道内各地の人たちは、札幌へ行くよりも東京へ行く方がはるかに行きやすいようになっていて、例えば釧路から札幌へ戻ろうと思ったら、釧路空港を18時に出ないと札幌に帰れないのに対し、東京便の最終は20時ですから、釧路の人にとったら札幌よりも東京の方が利便性が高いわけです。
もちろん列車で札幌へ行くとしても19時が最終ですから、どうしたって道庁がある札幌へ行くよりも、東京の方が身近なんです。
だから、ストロー現象ではありませんが、北海道の経済が皆東京に吸い上げられてしまうわけで、これは、北海道の総合交通政策ができていないからなんですが、でも、北海道の総合交通政策はさておいて、JR北海道の問題はそういう所にあるわけではなくて、私としては、JR北海道とJR九州の運命の分かれ道はいったいどこにあったのかというと、実は全く別なところにあったのだと思うのです。
では、それはどこにあるかというと、「利用客がいない駅をどうするか。」という所だと思うのです。
JR北海道は、利用客がいないから駅を廃止します、というようなことを今もせっせとやっている。
誰も乗らないんだから、駅が無くなるのは地元の皆さんの責任ですよね、などと言わんばかりです。
この春の改正で釧網本線の五十石駅が廃止されるようですが、廃止の理由は、その駅を利用している高校生が卒業して利用者がいなくなるから。
ということは、JRとしてはちゃんと地域の需要を考えているわけなんですが、その程度のことで駅を廃止にするという発想が、私から見たら貧弱なんです。
ところが、JR九州は誰も利用者がいない駅を廃止するどころか逆に利用している。
例えば肥薩線の人吉ー吉松間には真幸(まさき)、矢岳(やたけ)、大畑(おこば)という3つの駅があるのですが、どの駅も利用客はほぼゼロ。
でも、利用客がほぼゼロの過疎地の駅って、都会の人から見たらとても魅力的なんです。
つまり、利用客がゼロの駅を観光地にしているのがJR九州で、利用客がゼロの駅を、利用しない地元の責任だということで廃止にするのがJR北海道なんです。
この考え方の違いが北海道と九州の運命の分かれ道だと私は思います。
なぜなら、民間企業の基本中の基本は「需要を作り出すこと。」
利用客がいないから廃止にする、という考え方は、需要を作るという点においては全く無能なんです。
つまり、民間企業としての基本的スタンスができていない。
これが北海道がダメになって、九州が上場できるという結果になったこの30年間の経営の分岐点だと私は思います。
なぜなら、私たち内地の人間からしてみたら、九州よりも北海道の方がはるかに魅力的で、行ってみたいと思える憧れの場所であるにもかかわらず、北海道の人たちにはそれができなかった。私たちのあこがれの北海道を、北海道の人たちがダメにしたということなのです。
JR九州、肥薩線の真幸駅です。
この駅は乗降客ほぼゼロの駅。
でも、これだけ賑わっています。
その理由は観光列車がこの駅で10分程度停車をするからです。
その停車時間を利用して、地元の人たちが駅構内で出店を開いていて、その観光列車のお客様が降りて物品を買いながら地元の人との触れ合いを楽しんで、時間になったらまた列車に戻って行ってしまいます。
だから駅の乗降客はゼロ。
でも、こんなに賑わっているし、地元の人たちの現金収入にもなっているから多少なりとも経済的効果もある。
こういうことを10年以上前からきちんとやってきているのがJR九州で、それに地元住民がちゃんと参加して協力しているのが九州の地域性なのです。
顕在需要なんてないんですよ。田舎ですから。
でも、そこに眠っている潜在需要をきちんと顕在化できるかどうか。
これは民間企業がやることなんですが、JR北海道は、それができなかった。
いや、やろうとしなかった。
ここが、運命の分かれ道だったのです。
いすみ鉄道の上総中野駅。
山の中の駅でも、今ではこういう光景が繰り広げられています。
ほとんどこの駅周辺の集落には何の用事もない人たちですから、駅の利用客としてはカウントできないと思います。
でも、これだけの人が来ている。
あとは地元の人たちが、目の前にいらしているお客様を自分たちのお客様にして、自分たちの経済を回すことができるかどうかが問われているわけです。
実際に、肥薩線沿線の皆様方は、10年以上前から継続してそういうことをやっているのですから。
これが需要を開拓することで、民間企業というのはこうして需要を開拓していくのが使命であって、それができない、またはそういうことを放棄するようであれば、会社としての存在を問われることになる。これがJR九州は株式上場できて、JR北海道は潰れそうになっているということなんです。
同じ親から生まれた2人の子供が、30年経って明暗がはっきりしてしまったと私は考えていますが、皆様お分かりいただけますでしょうか。
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