なぜムーミン列車なのか? その2

沿線人口の減少が止まらない大多喜町を走るいすみ鉄道は、地域交通としては、「なくてもそれほど困らないだろう。」と思われていた鉄道で、2006年ごろから廃止の議論が持ち上がっていました。
私は、そのいすみ鉄道を存続させるための公募社長として2009年に就任したわけですが、最初から勝算があったわけではありません。
ただ、どんな商売も時代の変化に伴って取り扱う商品や営業体制が変わっていく部分があるように、ローカル線だって、時代に合わせて変化していくべきだと考えていましたし、いつまでも「地域の足を守る」というやり方では、時代の流れに合わせることができないということになりますから、そういうやり方だけに特化してきたローカル線は、全国的に見て、当然のように淘汰されてきたわけで、淘汰されないためには、「地域の足を守る」という考え方1本ではなくて、時代に合わせた使い方をしていかなければならないと思っていました。
具体的には、東京からの距離を考えた場合、いすみ鉄道ならば観光鉄道としてお客様にいらしていただくことは十分可能であって、その観光客が落としてくれるキャッシュフローで、結果として地域の足を守ることができるのではないかと考えたわけです。
いすみ鉄道に限らず、ローカル線をテレビで取り上げると必ず視聴率が上がります。雑誌でローカル線を特集すると販売部数が伸びます。これはどういうことかというと、基本的にはローカル線のテレビを見るのは都会の人たちですから、都会の人たちはローカル線に対して、「良いところだなあ。乗りに行って見たいなあ。」という気持ちを持っているということです。
都会の人たちは毎日毎日満員電車に揺られて通勤しています。そういう人たちはふつうだったらせっかくの休みの時まで鉄道に乗ろうなんて思わないはずです。でも、ローカル線となると、なんとなく乗ってみたくなるもので、皆さんたくさんいらしていただいています。
そう考えると、ローカル線と都会の電車は全く違う存在なんですね。そして、ローカル線というのは、何も鉄道マニアの人たちだけの世界ではなくて、どちらかというと、あまり鉄道に興味がない人たちにも受け入れられる鉄道ですから、私は、そこにビジネスチャンスがあると見込んだわけです。
さて、では観光客がお目当てにやってくる観光鉄道と、ふつうの鉄道との違いはいったい何なのでしょうか。
これは一言でいうと、ふつうの鉄道は「目的地へ行くために乗る」のであって、観光鉄道というのは「乗ることそのものが目的。」ということなのです。
だから、観光鉄道であれば、どこへも行かなくてもかまわないわけで、つまり乗ったところへ戻ってくるだけで目的は達成されるわけです。
ディズニーランドなどの遊園地にも必ずと言ってよいほど「汽車」が走っていますが、あの汽車が、ではどこへ行くかといえば、どこへも行かずに乗ったところへ戻ってくるわけで、それならばいすみ鉄道だって、大原から1日乗車券で上総中野を往復して、また大原に戻ってきて「はい、おしまい。」で十分目的は達成されるわけです。
では、その「乗ることそのものが目的」であるのが観光鉄道であるならば、逆に言えば「乗りたくなるような列車」を走らせなければなりません。
この乗りたくなるような列車というのは、一番簡単な例を挙げれば蒸気機関車ですね。蒸気機関車を走らせれば、老若男女、みんな揃って来てくれるというのが、今までの観光鉄道の通例ですが、蒸気機関車は例を挙げるのは簡単ですが、実際に運行するのはとてつもなく難しい。なぜならばお金もかかるし、技術の蓄積も必要で、とてもじゃないけどいすみ鉄道で取り扱える代物ではありません。なにより、それ以前の問題として、いすみ鉄道にも地元にも蒸気機関車が残っていませんから、そもそも蒸気機関車は不可能なわけです。
蒸気機関車がだめなら、他に、わざわざ乗りに来てくれるような列車はどんなものがあるかと言えば、座席が全部海側に向いていたり、屋根がガラス張りだったりする展望列車などがすぐに思いつきますが、それだってお金がかかりすぎますから、いすみ鉄道ではNGです。
つまり、お金をかけるような施策はすべてNGなわけですから、就任した当初から地域交通としてだけでなく、観光鉄道としても八方ふさがりなのです。
まして、沿線は取り立てて見るものもないし、素晴らしい景観に恵まれているわけでもない。観光客が来てくれるような要素などまるでないわけです。
そこで私が考えたのが「ムーミン列車」です。
ムーミン列車を走らせる理由は前回お話しした通りですが、当時の私は1億円の売り上げを2億円にするのが目標でした。そこで、その目標を達成するための販促費用を算出したわけです。
私の判断基準では、販促費というのは売り上げ目標予算の5%以内に収めるというのが認識としてありましたから、すべての経費を含めてその5%以内で収まる方法を考えて、「ムーミン列車」ならば行けるだろうということです。
そして、観光鉄道の目玉として、販促費5%でムーミン列車が登場したわけです。
そのムーミン列車というのは、皆さんすでにご存じの通り、古い車体にシールを貼っただけのもので、蒸気機関車でもなければ展望車両でもありません。
そして、その、お金をほとんどかけないムーミン列車が、半年もしないうちに大人気になったのです。
これでわかったことは、都会の人たちが田舎に求めているものは、設備投資ではなくて、できるだけありのままの姿であるということ。
古い街並みや廃れてしまった商店街などは、現状のままでも演出の仕方によっては、立派に観光資源になるということが証明されたわけです。
ところが、都会の人たちはローカル線に対して、「良いところだなあ。行って見たいなあ。乗ってみたいなあ。」という憧れがあるにもかかわらず、そのローカル線を預かる地域の人たちは、「こんなものいらないよ。」とか、「こんな所はダメだよ。」と思っているというのも事実であって、そこに都会人と田舎人とのミスマッチがあるわけです。
つまり、都会の人は田舎にあこがれているのですが、その田舎の人は都会にあこがれているわけで、私は、このギャップを少しでも小さくすれば、田舎は都会人にとって十分魅力的なところであって、移住者だってたくさん現れるだろうと考えているのです。
だから、地元の人たちに向かって、「ここは良いところですよ。」「宝物がたくさん埋まってますよ。」「お金がたくさん落ちていますよ。」と、この6年間言い続けているわけで、それを表現するのにピッタリなのがムーミン列車なのです。
(つづく)




[:up:]車体にシールを貼っただけの観光列車。
でも、列車が駅に着くたびに、たくさんのお客さんの笑顔であふれます。