Revenue Management (収入管理) その2

物の値段が買い方、売り方によってさまざまに変化する時代です。
ホテルのような箱モノは、特に価格の変動が激しくて、ふだんは1泊5000円程度のホテルが、時期によっては2万円以上になる。そういうお話を先日させていただきましたが、では、なぜホテルの料金が日によって変動するのでしょうか。
ホテルというのは部屋が商品です。
お部屋を一晩提供することで、お客様は、そのお部屋での安らぎを得られる。
これがホテルビジネスですね。
ホテルという商品は包んでもらって家に持ち帰れるわけではありません。
ということは、ホテルの部屋という商品は、「モノ」ではなくて、「コト」だということになります。
つまり、商品が形になっていないんです。
こういう特徴がホテルという商品にはあるわけですが、そういう形がない商品というのは、「モノ」商品とどういう違いがあるかというと、一言で言えば「在庫が持てない。」商品なのです。
たいていの商売では、商品を仕入れて、ある程度在庫を持つことで、需要に備えています。
今度の週末、イベントがあって、お客様が多く来ることが予想されれば、いすみ鉄道の売店では煎餅やもなかなどをたくさん仕入れて在庫として持っておいて、高需要に備えますし、もし売れ残っても、賞味期限はひと月もふた月もある商品ですから、翌日販売しても全く問題ありません。
つまり、ある程度の在庫を持つことで、需要の変動に備えることができるわけです。
これに対して、ホテルのような「モノ」じゃない商品は、在庫を持つことができません。
「今日売れ残った部屋を、明日売りましょう。」ということができないのです。
もうじき連休だから、部屋をたくさん仕入れておいて、木曜日や金曜日の売れ残りの部屋を需要が高い土日に売りましょうということができない。
逆に、シーズンオフは暇だから商品の仕入れを少なめにしましょう、ということもできない。
100室あるホテルは、ピークシーズンでもシーズンオフでも100室なわけで、需要によって商品数をコントロールすることは不可能なのです。
こういう商品の特徴のことを「供給の保存ができない商品」と言いますが、では、そのような特徴がある商品をどうやって販売したら、最大限の利益が出るかというと、曜日や時期などを見極めて、高需要の時には価格を高く設定し、需要が見込まれない時には、価格を安く設定することで、需要そのものを分散化させ、稼働率を保ちながら、収益を見込んでいくのが「モノ」ではなくて「コト」を販売する商売なのです。
そして、このように需要を予測して価格を決定し、コントロールしていくことを英語で「Revenue Management」(レベニューマネージメント:収入管理)というのですが、これを最初に一般化させたのが航空業界、それも国際線航空券なのです。
日本では1964年に海外渡航が自由化されて誰でも外国へ行くことができるようになりました。そして1970年代初頭にジャンボジェット(B747)が導入されると、それまで1機に100人ちょっとしか乗れなかった飛行機に400人もの人が乗れるようになりました。(B747国際線標準機は当初360人乗りでした。)
ところがこれが供給過剰を招きます。
つまり、シーズンオフには空席が多くなるわけです。
航空会社はたとえ閑散期でも飛行機を飛ばす以上は燃料代や人件費などの固定費を最低でも何とか賄いたいという気持ちがありますから、例えば300席あるエコノミークラスのうちの200席を安売り用に旅行会社へ切り売りします。そうすることで固定費分だけでも確保したいと考えるのですが、残りの100席に関しては自社の営業ルートで販売できるために同じエコノミーの座席であっても、高い商品となるのです。
また、最初にばら撒いた200席の格安座席も、1社にではなくていくつもの会社に販売してもらうわけで、当然販売力の強い会社と販売力が弱い会社というのが出てきます。
販売力が強い会社は航空会社からの仕入れ価格が低くなりますから、さらに安い航空券を売れるようになるわけです。
今から35年以上前の話ですが、私が学生のころは、格安航空券を取り扱う旅行会社は基本的には「口コミ」の世界で、繁華街のマンションの一室で営業しているようなところがたくさんありました。記憶にあるのは大学の掲示板に「秀インターナショナル、ロンドン5万円~」などと手書きで書かれた紙が貼ってありましたが、これが今のHISの原形です。
このように、安売り航空券は熾烈な戦いでしたが、例えばロンドンへ5万円で行かれるのはあくまでもシーズンオフの空席を埋めるためのやり方であって、年末年始やゴールデンウィークなどは同じ座席が20万円も30万円もするのは当時も今も変わりありません。
これが、いわゆるRevenue Management(レベニュー・マネージメント)というものでありますが、最近ではコンピューターとインターネットを組み合わせることで、以前は航空会社と旅行会社の駆け引きだったものが、航空会社が直接お客と駆け引きを行うマーケットが形成されて、それが今では当たり前になっているということなのです。
同じころ、1980年代には国鉄もそのようなことをやり始めました。皆さんご存知の繁忙期、通常期、閑散期という価格差ですが、当時の国鉄は「国民のためのもの」でしたから、その差はわずか200円程度で、Revenue Managementと言えるようなものではなく、需要を分散させる意味合いがあったのだと思います。
JRの普通列車のグリーン車が、乗車前にグリーン券を購入するのと乗車後にグリーン券を購入するのとでは価格に違いがありますが、これもRevenue Managementではなくて、「きちんと切符を買いましょう」というキャンペーンの一環と考えられますから、つまりは啓蒙運動ですね。
このように国鉄がやってきた価格の差は、あくまでも一般客が利用するものですから、国際線航空券のように、時期や客を見てあからさまに足元を見るような商売をするわけにはいきません。
ところが今では、国際線だけでなく、国内線の航空会社も全国各地のホテルもこの最大限に収入を得る方法にとても敏感で、お客様の方もそういう閑散期のたたき売り商品を探すのが上手になってきましたから、「俺はインターネットなどやらない。」と胸を張っているようなおじさんたちは、知らない間に高い商品を買っていることになるのですが、まあ、そういう人たちは、お金を持っていますから、高い商品を買っても痛くもかゆくもないでしょう。
今はまだそういう顧客層がありますが、10年15年後はリタイア世代も含めて全世代でネット利用が当たり前になりますから、こういう商売もおいしいところがなくなっていくわけで、旅行業界は生き残りをかけた戦いがすでに始まっているのです。
さて、ではホテルや航空券などのビジネスは、在庫調整ができないと申し上げましたが、本当にそうなのでしょうか?
こちらをご覧いただきたいと思います。

▲12月11日(金)

▲12月12日(土)
12月11日(金)と12月12日(土)の日本航空の東京→大阪の予約画面です。
違いがお分かりいただけると思います。
東京―大阪路線のような典型的なビジネス路線は季節波動以前に曜日波動があります。
ビジネス路線ですから平日の需要が多く、土休日の需要は少ないという特徴があります。
こういう市場特性があるので、航空会社は何をやっているのかというと、使用する機材を変えています。
金曜日には大型のB777(375席)を時間帯によって使用していますが、土曜日は同じ便にB767(260席)を使用しています。
需要に合わせて使用する機材を変えて対応していることがわかります。
このように座席数を変えることは、鉄道会社で言うと、編成の長さを変えるということになります。
以前は機関車がけん引する客車列車でしたから、需要に合わせて小まめに連結する両数を変えることが可能でした。
いすみ鉄道のようなディーゼルカーも、編成の各所に運転席が付いていますから、混雑時は連結したり閑散時間帯は切り離したりと小まめに列車の長さを変えることで需要に対応しています。
ところが、東海道新幹線は全列車16両編成です。
以前は16両編成と12両編成があって、時間帯や列車によって使用する編成を変えることができましたが、今ではすべての列車をそろえるために、編成の長さも同じであるのと、グリーン車3両、普通車13両という編成の内容まで同じです。
これは、編成をそろえることによってダイヤが組みやすくなったり、運用効率化が可能となるのですが、混雑する時間帯は立ち客が出てるし、閑散時間帯は空気を運んでいるという現象が発生します。
こう考えると、鉄道会社は販売価格も大きく変わりませんし、商品供給も需要に合わせてコントロールしていないことになりますから、私はこの部分でまだまだ利益を出すことができるのではないかと考えてしまうわけです。
会社の方針として「利用者の皆様、株主の皆様に最大限の利益を提供する」というようなことを言っている割には、この部分に手を付けないのは少し矛盾を感じるのですが、航空会社が価格面でも商品供給面でも細かく対応しすぎるのでしょうか?
お前は航空会社出身だからそんなことを考えるんだ。
鉄道業界に住むお役所的な思想の方々からはそう言われそうですが、お客様は両方を比較してご利用いただいているということを、ゆめゆめお忘れになりませぬように。
Revenue management
これからの時代には大きく求められるスキルだと思いますし、こういうスキルをお持ちの方は能力を最大限に発揮する職業に就職することで、高い評価を得られる時代になるのではないでしょうか。
「若い人たちは基本このぐらいのことは押さえておきなさい。」
というおじさんからのメッセージでした。
(おわり)