鉄道旅行は「お金と体力と時間を引き換えに目的地に着く」移動方法だと申し上げました。
それに対して夜行の高速バスなどは、お金は安いけど「体力と時間」を使って目的地にたどり着く移動手段です。
それに対して、「お金」だけを使って、体力と時間は温存できるのが飛行機での移動になります。
では、お金も体力も時間も使わずに、目的地に到着できる移動手段はないのでしょうか。
私は、LCC(格安航空会社)に未来があるとことあるごとに申し上げていますが、それは安いものを買うという行為に対して、犠牲にするものがほとんどないと思われるからです。
今までの私たちの生活の中で常識になっていることは、「安いんだからしょうがない。」ということ。
安いものを買う場合、それと引き換えに何かをあきらめたり犠牲にしなければならないことがあるのが私たちの購買行動だと思っているわけですが、LCCの場合、それがほとんどないということが、何度か利用してみるとわかるのです。
気づいたのは次の4点です。
1:安全性を犠牲にしません。
20年ぐらい前までは、安い航空会社は安全性に問題があるなどと言われていた時代がありました。
格安航空会社というのが、大手航空会社のすきまをねらって商売を始めたばかりの時代は、大手が使い古した中古の飛行機を使うことでコストダウンを図っていましたので、「飛行機が古いから落ちるよ」などと言われていたのですが、今の格安航空会社は、最新型の機体を使用することで、燃料消費を向上させてコストダウンを図っていますから、格安航空会社イコール安全性を犠牲しているということはありません。
日本でのLCCは、大手航空会社が傾いた時に職を失ったパイロットを採用することができましたので、技術や経験も一流です。
また、「持たない経営」によるコストコントロールを行っていますので、空港の地上業務などは、自社で行わなければならない要の部分を除いて、多くの部分を大手航空会社に委託していることが多く、結局、基準やスタンダードは大手航空会社のものであるわけです。
2:時間を犠牲にしません。
日本人の常識では、安く行かれるということはお金と時間を引き替えにするという感覚があります。鉄道の場合、速く目的地に着くためには特急料金を払いますし、特急料金がもったいないと思えば、時間がかかるわけです。
ところが、LCCは飛行機ですから新幹線がどう頑張っても飛行機には勝てない。新幹線が唯一飛行機に勝てる方法は、空港アクセス分を換算すること。だから、東京―大阪ぐらいの距離までは何とか新幹線に軍配が上がるけど、それ以上になると飛行機の勝ち。
つまり、LCCは時間を犠牲にすることなく、新幹線よりも価格の柔軟性があるから、近い将来にLCCが各地を飛び始めるようになれば、「新幹線で行こうか、飛行機で行こうか。」と考えるのではなくて、「どの飛行機で行こうか?」と考える時代が来るわけです。
新幹線が走っている所よりもLCCが飛んでいるところが旅行の候補地としてリストアップされる時代になるのです。
3:体力を犠牲にしません。
私たちが学生の頃は、とにかくお金がなかった。だけどどこかに行きたい。そういう時の強い味方だったのが夜行急行の座席車。席を取るために午後3時ごろから暑い上野駅で並んでみたり、窮屈な座席で、時には床に新聞紙を敷いて延々長旅をした。今思い出すと楽しかった思い出だけど、もう一度やれと言われたら「NO」だよね、となる。それは、お金と体力を引き替えにしていたから。
今は体力も気力も無くなってしまったから、旅行に行くお金があるんなら寝台列車や飛行機、新幹線で行きたいと思うし、お金がないなら、そもそも旅行に行こうと思わない。
ところが、LCCはいくら格安とはいえ、飛行機だから、床に座って行ったり立って行ったりすることはないわけで、必ず座って行かれるし、座席だって大手航空会社とほとんど変わらないし、夜行バスのような強行軍でもない。
つまり、体力と引き換えに安いものを手に入れるのではないということ。
これが、夜行の高速バスだったら、時間と体力と引き換えに安さを手に入れるから、若いうちは良いけど、ある程度お金を稼げるようになれば、選択肢から消える。
だけど、LCCで育った人たちは30歳になっても40歳になっても、LCCに乗ると思われるのです。
4:サービスを犠牲にしません。
飛行機に乗ったら機内食が出てくるのが当たり前。
免税品を買うのも楽しみ。
スチュワーデスのお姉さんがお世話を焼いてくれるのが当たり前。
今までの航空会社はこういうスタイルでした。
だから、今まで、こういうスタイルに慣れ親しんできた皆さんは、LCCに乗るとサービスを犠牲にすると考えます。
でも、LCCで飛行機に乗り始めたお客さんは、今までのサービスを知りませんから、そんなもんだと思うでしょう。
そして10年20年経ってみると、それが常識になるのです。
新幹線や特急列車だって、車内販売は来るけど、不要な人は買わなければよいし、食べたい人が買う。もちろん有料です。
LCCも同じで、欲しい人だけが機内でお金を払ってサンドイッチやドリンクを買うわけです。
その昔は特急列車には列車ボーイと呼ばれる給仕係が乗務していて、何かとお客様のお世話を焼いていた。
「ちょっと君、悪いけど、この電報を打ってくれないか。」
なんて1等車のお客から頼まれたりして。
でも20~30年もすると、そんなことは誰も知らなくなるわけで、昔の1等車でボーイさんにものを頼んでいたような人は、少数派になって、そのうちいなくなるわけです。
だから、サービスを犠牲にしているという考え方そのものが、将来的には消えてなくなるわけです。
今、既存の大手航空会社のメインのお客様は40代以上。特に50代60代の人たちがツアー、ビジネス用途を問わず多いですが、あと20年経ったら私だって70歳代になるわけで、そうすると私より年上の人たちの旅行需要はほとんど終わりになる。
そのころには、今、10代、20代で、LCCで飛行機を覚えた人たちが、30代、40代になっているから、それが世の中の常識になっていて、既存の航空会社は今までの延長線上でサービスを考えることができなくなるわけですから、ビジネス戦略に苦心することは、今の時点から明らかなのです。
現時点で、既存の大手航空会社がビジネスチャンスとして開拓するべきなのは、私はビジネスクラスやファーストクラスなどの上級座席だと思います。
一般の人はなかなか乗れないクラスですから、憧れがある。ということは、そこにビジネスチャンスがあるとみることができますが、それも現時点でLCCが上級クラスに特化した戦略をあまり打ち出してきていないからで、LCCが上級クラスにも価格破壊を引き起こせば、それすらもできなくなるから、そうなると残された道は、競争力の少ない路線で収益を上げるというスタイルしかなくなります。
例えば山陰地区の鳥取、米子、出雲、石見など、今でも1社しか飛んでいないところで価格を維持しながら利益を出していくことになるのではないでしょうか。
でも、飛行機が1社しか就航していなくて競争もないような地域は、今現在でも過疎化と高齢化が進んでいるところがほとんどですから、そういうところは夜のネオン街も風前のともしび状態。既存の航空会社がそういうところの路線を分けあって利益を出していくとするならば、ただでさえ過疎化と高齢化が進んでいる地域が、さらに衰退することになるという弊害が露呈してくることになるのです。
つまり、LCCに未来があるということの裏を返せば、LCCが飛ばない、新幹線も走らないような地域には未来の可能性はかなり厳しいものになるということがいえるということでもあるのです。
LCCと地方都市は一体なんじゃないか。
だから、LCCが飛んできてくれるようになったら、それをその地域のビッグチャンスと考えて、LCCを歓迎し、地域としてはある程度長い目でLCCを育てていくようでなければなりません。
そうでなければ、LCCは「この路線は採算が合わない。」と考えると、すぐにほかに採算が合う路線を探して、そちらに飛んで行ってしまう。つまり、地域にせっかくめぐってきたチャンスを、みすみす逃してしまうことになるからです。
私は、空港がある地方都市は、20年も30年もかかる新幹線誘致よりも、LCCにラブコールを送る方がはるかに簡単だと思います。
ローカル線を運営している身としては、そんなことを感じるのです。
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