首都高速のニュース

首都高速が開業から50年になるにあたって、大規模な修繕が必要になるというニュースが流れていました。
首都高速は1号線が東京オリンピックに間に合わせるかのように建設された経緯がありますが、同じ区間を走る東京モノレールもほぼ同年齢。
昨年から列車を運休しての大規模修繕計画の実施に入っています。
東海道新幹線も同じ年齢。
みんな50歳を過ぎてガタがきている年齢に入ったということですね。
首都高速は数年前に公団から民営化されて今では株式会社。
だから、株式会社の自己責任で修繕なり作り直しをしなさい、というのがアメリカ式経営原理。でも、「それ、違うんじゃない?」という意見が大震災を境に表面化してきているように思います。
経営に関する細かなところは国がやると非効率な点が多々あるので、民営化して効率化を図るのは良いことだけど、1日80~100万台もの自動車が往来する交通機関がはたして株式会社として、維持、運営すべてを任せてよいのでしょうか。
やっぱり、国がリーダーシップをとってやらなければいけないのではないでしょうか。
というのが私の考え。
ただし、その費用を安直に国家予算、つまり税金でねん出するかという話とは違います。
費用は受益者負担でも会社の責任でも、出資を募るなどいろいろやり方はあると思いますが、リーダーシップをとるべきは、広い範囲を統括できる国の仕事だと思うのです。
JRも同じですよね。
完全民営化して、自分のところだけ良ければ主義になってしまっている。
だから、大震災で帰宅難民が何百万人出ようと、駅のシャッターを閉めてしまい寒い中困っている人々を平気で締め出してしまうようなことを、現場の職員たちは何の疑いもなくやってしまいます。
「線路に人が立ち入ったら安全性が確保できない。」
という大義名分を掲げて。
駅構内などは公共施設ですから、トイレや飲食など、やはり非常時には開放するべきだと思いますし、線路は一斉点検しなければ電車の運転ができないわけで、さらに運転開始直後は徐行運転しなければ安全確保ができないわけですから、線路に立ち入られると安全性が確保できないという理由だけで、駅構内を含めて避難民を立ち入り禁止にするべくシャッターを閉めてしまうやり方も、国がリーダーシップをとって、防災計画に組み込めば、そんなことにはならないのです。
(ここだけの話、私の経験から、線路を歩いていけば、道に迷うことなく、必ず自分の駅にたどり着けるのですから。)
さて、数年後に北陸新幹線が金沢まで開業すると、現在JRとして運行されている長野―金沢間の信越本線、北陸本線が地元運営の第3セクターになります。
JRにしてみれば、国の政策で新幹線を作るのは良いとして、さらに今までの在来線をそのまま維持するのは会社として耐えられない、というのはよく理解できますし当然だと思います。
でも、地元が引き受ける信越本線や北陸本線は、果たしてそれでよいのでしょうか。
長野―金沢間(直江津経由)は約250km。この区間を長野県、新潟県、富山県、石川県がそれぞれの鉄道会社を作って、それぞれのビジネス戦略で経営していくことができるかというと、何だかぎくしゃくしそうだということがすでに解ってしまいますよね。
県をまたいだ輸送は都市間輸送になりますが、その都市間輸送は新幹線に取って代わられるわけですから、地元が引き受ける鉄道会社は県内の輸送が主体。
高校生などの通学輸送も、県をまたいで行われることはあまりありませんから、ローカル輸送という点では県境は過疎地になります。
でも、北陸本線の需要って、都市間輸送は新幹線に譲ったとしても、貨物路線としての役割があります。
北陸本線は今でも物流の大動脈ですが、新幹線開業後は貨物列車の本数が旅客列車より多くなります。
地味で目立たないけれど、西日本と新潟から東北、北海道を結ぶ物流ルートとして活躍している路線が北陸本線。そして何年以内に必ず来ると言われている東海地震などの際には大阪―東京間のバイパス物流ルートとなるのは目に見えているわけですから、そういう広い視点に立ってみた場合、やっぱり国がリーダーシップをとってやっていかなければいけないと思うのです。
昨年の大震災の時に東北への物流ルートとして大活躍したのがこのルート。でも、運用見直しで現地ですでに機関車が足りず、近畿圏から東北へ機関車を運んで輸送を担った事実から見ても、物事を広い観点から捕えていかなければならないことは明白です。
何でもかんでも地元で面倒をみなさい、という方法で国の負担を軽くすることは、行政改革というにはあまりにも近視眼的のような気がするのは、私だけではないでしょう。
そう確信しています。