君、それは病気だよ の頃   その2

おなかが痛くて、ついに歩けなくなってしまった私は、休んだ会社へ診断書を出さなければならないので、駅前の医院に、情けないことに女房に付き添われて行きました。
一通り私の話と体の症状を聞いたドクターは、ひと言、
「君、それは病気だよ。」
と言いました。
「はい、子どもの頃から腸が悪くて」と答えると、
「そうじゃないんだ、君の場合、腸は悪くないんだ。神経が悪さをしていると考えてごらん。」
そう言ってドクターは
「この薬を飲めば治るよ。」とすごく小さな粒の薬をくれました。
「こんな小粒の薬で、本当に大丈夫なのか?」と思いつつも、今はその小さな薬に頼るしかありません。
家に帰って、さっそくその薬を飲みました。
するとどうでしょう。
しばらくするとスーッと不安が消えてなくなり、心が軽くなりました。
今まで、「おなかが痛くなったらどうしよう」と考えていた自分はどこへ行ったのだろう。
そう思えるほど、鼻歌を歌いたくなるような気分です。
いったい何の薬だろうか。
当時はインターネットなどない時代でしたから、家にあった「医者からもらった薬がわかる本」というタイトルの本を開きました。
小粒の薬の表面に書かれている記号を頼りに調べたところ、自分がもらった薬が「抗うつ剤」だったことがわかりました。
「えっ、俺ってうつ病なんだ」
そう思ったのをはっきりと覚えています。
さて、そうなると心配なのが、「この薬がなくなったらどうしよう。また、元の症状に戻るのか」ということ。
この薬から離れることができなくなるんじゃないか、という不安な毎日になります。
でも、しばらく通っていると、ドクターは徐々に薬を変えて、何だか、最後は知らない間に薬がなくても大丈夫になっていました。
ただ、これは、自分の内面との闘いですから、どういう精神状態になったら、症状が出る、ということを自分が理解して、できるだけそういうような考え方で自分を追い詰めないようにすることが大事なことだ、ということをドクターに言われました。
自分で自分の心のトレーニングをしろということです。
30年前の私は、このような状態でしたから、今からは想像もつかないほどのガリガリ君でしたが、心の持ち方を変える自己トレーニング術を身につけた結果、何も気にせずに電車に乗れるようになりましたし、その副産物として、体にお肉もたっぷりついて、30キロも太ってしまったのです。
30年で30キロ。
バブル崩壊後も私だけは確実に右肩上がりなのです。
どうです、若い皆さん。
こんなオヤジにも、こういう時期があったのです。
そして、いつの間にか乗り越えて、今はいすみ鉄道の社長をやっているのです。
だから、若い今、少しぐらい体調が悪くても、気にすることはありません。
ひとつだけ注意が必要なことは、自分の価値判断や常識が必ずしも正しくはないということ。
20代や30代の人間の価値判断や常識は、それまでの自分の人生期間だけに基づく経験や、親から教えられたことからきている極めて狭い了見です。
そんなものは社会に出たらほとんど通用しないということを、できるだけ早い段階で知って、早い時期に乗り越えておくべきものなのです。
「どうして上司は自分のことをわかってくれないのだろう。」と考えていては、物事は先に進みません。
「俺のような人材を埋もれさせておく会社は間違っている。」
そう考える気持ちもわかりますが、ではなぜ、会社はあなたのような人材を活用しないのだろうか、と考えてみることです。
それが自分の価値判断から一歩離れて考えるということです。
「自分が上司だったらどうするだろう。」
そういう観点から物事を見ることができるようになれば、きっと次の道が見えてくるものです。
少なくとも、私はそうやって生きてきましたから。
「空でミスをすると命がなくなります。地上の仕事でミスをしても命を取られることはないです。だから、大したことないですから、人生なんて。」
のた打ち回っている私を見て、そう言ってくれた航空学生時代の教官の声が、今でも私の耳に残っています。
今、悩んでいるあなたは、何も考えず、なんとなく生きている人に比べたら、ずっと可能性があることだけは確かですから。
(おわり)