日中線LOVE

今日は福島県の喜多方へ行きました。

喜多方と言えば皆さんラーメンとか蔵の町という印象があると思いますが、私にとっては時々お話しさせていただく日中線が一番思い出深い路線です。

その日中線が廃止された後の線路跡に40年近く前に枝垂れ桜を数百本植えた市長さんがいまして、今、その枝垂れ桜が成長して見事な観光地になっているんです。

この冬に喜多方市の遠藤市長さんにお会いした時に、日中線の話をしましたところ、市長さんご自身が日中線で高校に通っていたという方で、今、その線路跡が桜の名所として観光客がたくさん訪れているというお話をお聞きしました。

「鳥塚さん、春になったらぜひ見に来てください。」

ということで、本日、お伺いさせていただいたのであります。

SATONOという観光列車で喜多方駅に到着。
ここは、以前は電化されていたのですが、電化の維持経費を考えたら非電化にして気動車を走らせた方が安いということで、架線が撤去されてしまったところ。
こういうやり方は大井川鐵道でも参考になるかもしれませんね。

で、喜多方駅から500mぐらいのところから磐越西線と分岐した日中線の線路跡が始まりまして、枝垂桜がいい感じになっていました。
観光客がたくさん訪れているんです。

観光バスも来てるし、お店も出ているし。
去年の数字としては16万人いらしていただいたそうです。
上越高田の観桜会の50万人には遠く及びませんが、廃線跡に桜を一列に植えただけで16万にんですからね。
なかなかすごい数字だと思いませんか?

今、見ごろを迎えているのは喜多方駅から3kmほどの区間ですが、地元の皆様方がさらに桜並木を延長しようと、桜の樹のオーナー制度を作って、オーナーを募集しているとのことでした。

こうやって地元のみならず、全国各地からオーナー募集に応募されて毎年桜の樹が増えているようです。

これが10年、20年後には見事になるのでしょうね。

終点の熱塩駅です。
当時の駅舎が記念館となって残されています。

懐かしいなあ。

ラッセル車と旧型客車も保存されていました。
屋根が付いているので40年以上も保存されている割にはきれいな状態でした。

本日ご案内いただきましたのは

喜多方市観光物産協会会長の樟山(くすやま)敬一さん
熱塩温泉の山形屋社長の瓜生泰弘さんです。

このお二人をはじめ、日中線愛溢れる皆様方が、廃止から40年以上が経過した今でも、こうしてきちんと線路跡を活用し、駅が残っているんですね。

私の思い出の路線を大切にしていただいて、本当にありがたいことです。

ときどき掲載しますが、当時の日中線の時刻表です。
昭和49年まではC11がけん引していましたが、その後DE10に置き換わって昭和59年の路線廃止まで、ほぼほぼこのダイヤで走っていました。

・1日3本だけの列車。
・すべて機関車がけん引する客車列車。

こんな路線が昭和の時代には地域の足となっていたんですから、なかなか素敵だったと思いませんか。
そして、今、日中線LOVEにあふれて一生懸命地域活動している方々は、この1日3往復の列車で学校に通っていた方々なのです。

当時、会津はとても遠いところで、上野から夜行列車で行きました。
455系の急行「ばんだい」
私が直江津で455とD51を並べたのは、当時、この急行列車に乗って行けばSLが走っているところに連れて行ってくれる。
そういう東京や大阪の少年たちの夢があったからです。
当時の会津若松にはC11だけじゃなく、磐越西線用にC58も残っていました。
そして今、C57が定期的にやってきています。

そういえば大井川鐵道のC10-8も宮古のラサ工業に渡る前は会津若松に所属していましたので、ここ日中線も走っていたのでしょうね。

何だかご縁を感じる1日でした。

本日ご案内いただきました樟山様、瓜生様、そして喜多方商工会議所専務理事の佐藤まゆみ様。
ありがとうございました。

ここは季節を変えてまた訪れたいところです。

何しろ、私の母方の祖父母は福島の出身ですから、私の半分は福島の血が流れているのです。

日中線に思い出がある皆様、今度熱塩で語り合いましょう。