おめでとう慶応

先日、知り合いの高校生が部活の遠征で鹿児島へ行くという話を聞きまして、46年前の昭和52年に修学旅行へ行った時のことを思い出しました。

私が行ったのは山口県。
私は修学旅行の委員になっていて、京都や奈良ではつまらないので、当時博多までできて間もない新幹線に乗ってみようということで、行き先を萩・津和野に決めました。
東京駅から小倉まで新幹線です。

用もないのに半日の行程を、500名近くの同級生を新幹線に乗せて付き合わせたのでありますが、小倉からバスで、これまた当時できて間もない関門海峡の橋を渡って九州から山口県へ戻りました。

ホテルは湯田温泉。
宿泊しているホテルから歩いて5~6分のところに山口線の駅があるのを調べておきましたので、私は夕ご飯の後に担任の先生に尋ねました。

「先生、この先に駅があるんですけど、スタンプを押して入場券を買ってきたいのですが、良いでしょうか?」

もちろん夜間外出は厳しく禁止されていました。
でも、私は修学旅行の委員でもありまして、クラス委員も務めていましたし、先生は私が大の電車好きということも知っていましたから、「気を付けて行ってくるんだよ。」と言ってOKをくれました。

それを聞いていたクラスメート数人が、「おっ、いいな。僕も入場券を買いに行きたい。」とか、「僕もスタンプ押したいです。」とか言い始めて、先生も苦笑いをしながら「しょうがないな」とOKをくれたんです。

で、ホテルの建物を出て、みんなで夜道を歩いて行ったのですが、私の後をついてきた数人の同級生が口をそろえて言うんです。

「鳥塚がいてくれて助かったよ。」って。

なぜかわかりますか?

みんな、そろそろ禁断症状が出て来ていたのです。
何の禁断症状かって?

ニコチンですよ。

「鳥塚がいてくれて助かったよ。」というのは、ホテルの外へ出て煙草を吸う機会を狙っていたのです。

「しょうがねえなあ。」と私。

当時の私はまだ喫煙はしていなかったので、湯田温泉の駅で入場券を買って、スタンプを押している間に、クラスメートたちは仲良く一服。

「お前ら、ちゃんと入場券を買ってスタンプを押せよ。証拠が必要だろう。」と、私。

私は、山口線にはその数年前に蒸気機関車を追いかけて来たことがあって、とても懐かしかったのでどうしても駅に行きたかったというただそれだけでしたが、友人たちの禁断症状をなだめる大役も果たせたということです。

当時の高校生はそんなもんでしたよ。
大人の喫煙率が高く、職員室もたばこの煙で充満していましたから、高校生になると自然に煙草へ手が伸びたもんでした。

という話を部活の遠征で鹿児島へ行く彼にしたんです。

もちろん彼は鉄道ファンですから、行った先で入場券は欲しいでしょう。

そうしたら、数日後に写真が送られてきました。

「社長さん、僕も入場券を買いました。」とコメントを添えて。
で、私はすぐに返事をしたんです。
「よく、ホテルを抜け出られましたね。」と。

すると彼からの返事は、
「別に外出禁止ではありませんから。」

あっ、そうか。
そういうことか。
そうそう、そういうものなんですよ。

彼は優秀な高校ですから。
優秀な学校というのは私の経験から言うと規則が緩い。
そんなに規則や校則で縛り付けなくたって、自分たちできちんと「自治」ができるんです。

それに比べると私が行ってた学校は、修学旅行中にどこでニコチンを補給しようか考えている連中がたむろしていた学校ですから、修学旅行中だって当然「夜間外出禁止」なのでした。

同じクラスに野球部のキャプテンがいまして、当時流行していた花の応援団という漫画に出てくるようなごつい顔立ちをしていました。
私に外出の許可をくれた担任の先生というのは、まだ20代のお兄さんのような先生で、その野球部のキャプテンに向かって「お前の制服のジャケット貸してよ。」というような茶目っ気のある人でした。

キャプテンは自分が着ているジャケットを先生に渡して、先生のジャケットを着ます。
修学旅行のバスの一番前の席に2人並んで座っていると、いかつい顔をしたキャプテンの方が先生に見える。
童顔の先生は生徒のジャケットを着ているから、ガイドさんは完全にキャプテンを先生だと思っている。

そういう状況の中で、生徒の制服を着た先生がタバコに火をつけてプカ~。
当時はバスの中は禁煙ではありませんでしたから。

お母さんぐらいの年齢のバスガイドさんでしたが、それを見て目を丸くするんです。
そして先生のジャケットを着たキャプテンに話しかけました。

「まぁ、先生、この学校では生徒さんが平気でタバコを吸うんですか?」

するとキャプテンは、まじめな顔をして、

「こいつ、ダブってるんですよ。(留年してるってことです。) だからもう二十歳過ぎてるんです。気にしないでください。」

ガイドさんは腰を抜かしそうな表情。
バスの中は大爆笑。

そんな修学旅行でした。

ではなぜ今日こんなことを思い出したのかというと、高校野球で慶応が勝ったから。
ご存じの通り、彼らの頭髪は自由です。
丸坊主ではない。

時々そういう学校が出てくるんですけど、共通するのは生徒の自主性に任せることができるような学校だということでしょうか。

50年前の私たちの時代でいうと「偏差値」ということになるのでしょうけど、最近この地域ではその言葉は使わない方が良い雰囲気ですのであえて申し上げませんが、つまりはいちいち規則で縛らなくても、生徒自治ができるような生徒が集まっている学校ということだと思います。

うちの息子の2男と4男が野球部で当然のように丸刈りでしたが、私は正直申し上げてそんなことはどうでもよいと思っていますし、上の人間の言うことを有無を言わせず聞かせるのが統治方法としては一番楽なわけですから、丸刈りというのは長年にわたってそういう「野球道」の象徴だったわけで、この国においては、スポーツというのは長年、企業が使いやすい人間を育てるための手段になってきていて、その典型が高校野球だと私は感じていましたので、そういう意味では今年の慶応高校の優勝というのは、痛快というか、アッパレなのであります。

慶応高校のキャプテンは言ってますね。
「エンジョイ、ベースボール」だと。

そう、そういう気持ちが私はとてもうれしいと思います。

おめでとう慶応。
OBの皆様方も、今夜はおいしいお酒を飲んでください。

おめでとうございました。

でも、私は自分が通っていた高校は誇りに思います。
エンジョイ、ハイスクールでしたからね。

残念なことにお兄さん先生は数年前に鬼籍に入られてしまいましたが、本当に楽しい修学旅行でした。

クラスメート諸君、ありがとう。