なぜ直江津でD51なのか。

来月、直江津にD51がやってきます。

すでに和歌山県で機関車と炭水車等に分解されて旅立ちの日を待っています。


▲D51を所有するアチハ株式会社さんの作業風景です。

でも、なぜ直江津にD51が来るのか、なぜ直江津でD51なのか、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
まぁ、社長の私が蒸気機関車が大好きだというのはこの際置いといて、今夜はなぜD51なのかというお話をさせていただきたいと思います。

まず、直江津駅構内には扇形車庫と転車台が残されています。
数年前に撤去して更地にして宅地に転用しようという話もあったようですが、地元の皆様方が「直江津は鉄道の町だ」という気持ちが強く、何とか活用できないかと考えて、保存しようという方向になったようです。
これは私が来る前の話なので、あくまでも聞いた話ですが、就任してから地域を回ると、地域の皆様方は「直江津は鉄道の町だ。」と皆さんおっしゃるのですから、何とかもっと鉄道を身近に感じていただいて、「鉄道があること」の価値をご理解いただきたいなあと考えていたのです。

そんな折、以前からお付き合いをさせていただいているアチハさんから、和歌山にあるD51をお貸ししましょうかというお話をいただきました。

これは圧縮空気で動く本物のD51で、私は何年も前からこのD51、今回直江津にやって来るD51827号機の動態化復活にかかわってきているものですから、「D51持って来れるんですけど。」と会社の中でチラッと話をしてみたところ、「それは良い話だ。」と地域の皆様方も併せて賛成してくれまして、とんとん拍子に進んでいるということであります。

でもって、D51が来るということは、きっと地域に元気を呼び起こすことだろうという意味があるのは事実ですが、私がD51を直江津に呼びたい一番の理由は、地域の子供たちに見せてあげたいからなのです。

以前にもお話させていただきましたが、実は私は昨年の2月に直江津小学校の5年生のクラスを訪ねておりまして、その時、ちびっこの皆さんが1年間一生懸命研究した学習成果を見せていただいているんです。

ひょんなことから全く縁がなかった直江津に来て、直江津小学校の5年生の皆様方の研究発表を見せていただいて、子供たちが「直江津は鉄道の町」と言っているのを聞いて、ある種の感動を受けました。
本当は、この子たちだって家では車のはずだから、なかなか鉄道に乗る機会はないはずです。
でも、先生が一生懸命鉄道の歴史や大切さを教えてくれていて、子供たちも「鉄道の町」と自分たちの町に誇りを持っている。

実は私はトキ鉄のような「並行在来線」というのは、大人の事情が満載の鉄道ですからできるだけかかわりたくないと考えていたのですが、この時、直江津小学校の皆様方に接したことで、トキめき鉄道の社長にさせていただくモチベーションをいただいたようなものなのです。

だから、地元の子供たちに本物のD51を見せてあげたい。
トキ鉄の予算では火を焚いて、煙を吐いて走る機関車は無理だけど、自分がかかわってきた空気で走る機関車なら持ってくることができるはずだ。
そう考えたのです。

去年の2月に出会った5年生の皆さんは今は中学1年生になっていると思います。
でも、直江津にD51がやってきたらきっと見に来てくれるでしょうし、今、地域のことを勉強している小学生の皆さんも本物のD51を見に来てくれるでしょう。

「直江津は鉄道の町だ」と言っている地域の皆様方も、親子で、あるいはお孫さんを連れて、あるいはかつての仲間同士で見に来てくれるでしょう。
D51を見に来てくれるということは、駅に来てくれるということです。
車社会では鉄道に乗ることもないし、駅にも来ることもない。
でも、D51がやってくれば、わずかな距離だけど構内を行ったり来たりしている姿が見られるとなれば、地域の皆さんは駅に来てくれるだろう。

鉄道に乗ってくれと言ってもなかなかハードルは高いけど、D51がいるから駅に来てくださいということであれば、家族みんなで来てくれるだろう。

今は駅はシーンとしていますが、町もシーンとしています。
でも、昔、駅がにぎやかだったころは町も元気だったんです。
だから、トキ鉄の仕事としては、まず駅をにぎやかにすること。
そうすればきっと町も元気になるのではないか。

それが私がD51を直江津に持ってこようと考えている大きな理由です。

そして、トキ鉄が持ってきたD51がおそらくある種の起爆剤になって、この町は面白くなるのではないか。
そんな期待感も持っています。

もともと「直江津は鉄道の町だ。」と言ってくれている地域の皆様方に、名実ともに鉄道の町を実感していただきたい。
これが今、私が考えていることです。

そうやって、地域の皆様方が駅に来てくれて、鉄道を身近に感じてくれるようになれば、そこからトキ鉄にとっての新しい道がきっと開けるのではないか。
今、私はこんな風に考えているのであります。

数年前からこのD51にかかわっていると申し上げましたが、過去のブログを紐解いてみました。
そのことが良くご理解いただけると思いますので、よろしければどうぞご一読ください。

2016年12月8日 「アチハ株式会社さん」

2017年6月30日 「D51復活の裏側」

お読みいただけるとお分かりいただけますが、本当はこのD51827はいすみ鉄道に行くはずだったんです。

やはりチャンスというのは前髪しかないということなのだと、今振り返ってもそう思います。

ちびっ子たち、
もうじきですよ。

鉄道の町直江津にD51がやってきます。