北海道の観光列車は「ハロシネユニ」で行こう!

北海道の観光列車をどうやって走らせようか。

こういう会議をやっているという話をさせていただきましたが、観光列車にもいろいろのタイプがあります。

 

1:ニュースなどでよく言われているのが「クルーズトレイン」。

豪華な専用車両で、車内は個室になっていて、中にはお風呂がある部屋もある。

車内で数泊を過ごし、会社線内のいろいろな路線を巡るお金持ち向けの列車です。

 

2:次はもっと簡単に景色を見ながらお食事を楽しむようなレストラン列車。

いすみ鉄道のレストランキハもこのタイプですが、2~3時間の乗車時間で、沿線の食を楽しめるような列車が日本全国で走り始めています。

 

3:もう少しお手軽なのが特急券や指定席券だけで乗れるお手軽タイプの列車。

昔から走っているSLやまぐち号がこのタイプの元祖的存在ですが、駅弁を食べたり写真を撮ったり、車内で思い思いの時間を過ごすタイプの列車で、売店があったりアテンダントが乗っていたりと、きめ細やかなサービスが用意されています。

 

観光列車と一言で言っても、大きく分けるとこういう3種類になるのですが、JR北海道の観光列車を考えた場合、まず、どういう列車が必要になるかというと、私は1ではなくて、2と3を融合させたような列車が必要なのではと考えます。

その理由は、JR北海道はまず車両が足りない。そういう状態のときは観光客が増えて行けば第一義的に輸送に支障をきたす可能性がありますから、豪華車両を作って一部の人にのみのサービスを提供するようなことをする以前に、輸送という使命をきちんと達成することが求められるからです。

でも、今走っている特急列車のように車内販売をはじめとする各種サービスが全く無しで、ただ「運んでやっている」的な輸送では、すでにみられるように旅客離れが進んできているのも事実ですから、同じ輸送であっても、乗りたくなるような列車、乗って楽しくなるような列車が求められるわけで、そのためには速度はある程度犠牲にしても構わないと考えています。

札幌から釧路まで、わき目も振らずに一目散に走って5時間かかる区間を、途中で地域の人たちと触れ合ったり、ゆったりと食事を楽しみながら7~8時間かかっても、トレインツーリズムという点でお客様にはご満足いただけますから、輸送と観光を兼ねたサービスの提供ができると考えます。

観光客をどうやって輸送するかではなくて、輸送そのものを観光にするという発想が必要なのです。

 

だから、豪華専用列車ではなくて、一般の乗客も切符を買えば乗ることができるような列車の中で、各種サービスを展開する方式にしなければ、今後確実に発生する観光客の輸送需要に応えることはできないのです。

 

さて、では具体的にどういう列車を走らせたらよいのかというと、私はこんなことを考えています。

 

それは、皆様ご存じのハロシネユニですが、これを1本の列車に全部組み込んで走らせましょう。ということです。

 

ハ:普通座席車

ロ:グリーン車

シ:食堂車

ネ:寝台車

ユ:郵便輸送車

二:荷物輸送車

 

こういういろいろな用途の列車を、1つの列車として編成を組んで走らせたら面白いと思います。

 

昨今観光列車の議論が盛んですが、豪華観光列車として特別のお客様のためだけに走らせるのではなくて、地元のお客様も当然乗れるようにするべきだし、貧乏学生も乗れなければいけないし、郵便も荷物も一緒に運べるようにするのです。そして、もしそういう列車が走ったら、おもしろそうだし写真も撮りたくなるから、撮り鉄さんたちもやってくる。

 

観光列車だけを走らせるのでは、地元に観光客が落とすお金は入りますが、「では、いったい1列車で何人観光客が乗って、いくら落とすんですか?」という話になるし、そうなるとできるだけ客単価を上げたくなるのが素人の考えだから、地元の人にとっては鉄道に対する親近感や愛着が増えるわけでもなく、知らないところを知らないうちに観光列車が走ることになるので、一部の熱心なマニア以外は、いつ、どこで観光列車が走るかもわからない。

でも、一般の旅行者や地元の人間が乗れるようにするということは、時刻表に掲載される列車になりますから、誰でも観光列車が走る区間や時刻がわかります。乗りのも撮るのも計画ができますから沿線に出かける人の人数が増えます。

 

それと、私が昨今の観光ブーム、特に北海道で一番危惧しているのは、観光需要というのはいろいろな社会情勢に左右されやすいということ。自然災害やテロが発生すると観光どころではなくなるのはもちろんですが、政治家の先生が何か一言口を滑らせただけで、外国人観光客など明日から来なくなるのです。

私は国際線の航空会社に長年勤務していましたから何度も経験しているのですが、地球の反対側でテロや戦争が発生しただけで、昨日まで予約で一杯だったジャンボジェットが今日からガラガラになるのです。そして、それが何か月も回復しない。

こういう危険が観光というものにはつきものですから、観光列車を走らせて、たとえ大人気で予約が取れないような状況になっても、それが特に外国人観光客相手の商売だったりすると、ある日突然お客様がいなくなる。こういうことが予想されますから、何十億円もかけた豪華列車の稼働率が採算分岐点をはるかに下回る現象がいつ起きるかわかりません。

 

そういうことを予想して、特に北海道の場合は観光列車の採算分岐点を極力下げる必要がありますし、そのためにはできるだけ車両に設備投資をしないことが大前提になるのですが、それ以外にも地域輸送や郵便、荷物の輸送などをその観光列車で受けておけば、営業的な危険分散になると考えるのです。

 

では、そのためにどういう列車を走らせたらよいかというお話ですが、札幌からの特急列車の続行で、その特急列車を補完する急行列車を走らせるのです。

その急行列車というのは、それほど高速性は求められません。

また、一般乗客を乗せる客車には豪華な造作は不要です。

郵便車や荷物車にも豪華な設備は不要です。

こうなると、先頭の機関車が後ろの客車をけん引する機関車牽引列車というのが威力を発揮します。

動力は機関車だけが持っているのですから、後ろについている客車には動力装置もいりませんし運転席も不要です。

空調などのサービス電源としての発電機が付いていればそれで良いわけですから、安価に製造できますね。

いすみ鉄道のような小型のディーゼルカーでも、動力エンジンが付いていて両端に運転席が付いていれば1両1億5千万円以上しますから、非常に高価です。でも動力なし、運転席無しの客車であれば、その3分の1程度で作れますから、つまりディーゼルカー1両作るのであれば客車が3両作れる。それを貨物会社にお願いして機関車で引っ張ってもらえれば、特急列車を補完する急行列車の出来上がりです。

 

会社としてはこの急行列車を一生懸命宣伝して、乗りたくなるような列車にすれば、観光客を特急列車から急行列車に乗せ換えることができますから、特急列車はビジネス客や道内の用務客が乗りやすくなるし、特急列車に余裕ができれば、今後さらにお金を投入して高価な特急列車用車両を増備する必要性も減るわけです。

 

その急行列車の後ろに郵便車と宅急便を搭載した車両を連結して、途中の主要駅で積んだり降ろしたり、あるいはその車両を切り離して新しい別のを連結したり。主要駅で10分も停車時間を設定すれば十分可能ですね。そして、その停車時間中に乗客は駅弁を買ったり地元の人が売りに来る商品を買ったり、あるいはスタンプを押したり入場券を買ったり。

1分1秒を争う特急列車にはそういう役目は持たせられないけれど、特急ほど先を急がない急行列車であれば、そういう昭和の旅を再現することも十分可能なはずです。

たとえ車内販売がなかったとしても、途中駅で食べ物や飲み物、お土産物を仕入れることができれば、十分に旅客需要を満足させることができるはずです。

 

昭和の時代、時刻表の下の方に、各駅ごとに販売している駅弁が書かれていました。旅行者はあの欄を見ながら、どこで駅弁を買おうと考えて事前にプランをして旅行をしていました。列車はそういう駅には数分間停車して駅弁や飲み物を仕入れることができましたから、車内販売がなくても何とかなったのです。

では、どうしてそういう主要駅でしばらく停まっていたかというと、郵便や荷物の積み下ろしをしていたからです。

 

こういうことをもう一度列車でやってみる価値は、北海道にはあると思います。

 

そして、国が、できるだけ効率的にあらゆる努力をしなさいと言ってるのですから、こういう時は逆にチャンスなんです。

今まで北海道は国からいろいろな制約を受けてきましたから、そういう制約を解除してもらうには絶好のチャンスですよね。

 

こういう時に、「いや、線路容量が足りない」とか、「機関車は無理」とか、そういう「できない理由」を言い出すようでは、JR北海道という会社には未来はありません。別にJR北海道じゃなくたって、今の時代は航空会社が特急列車をやったって全く問題ないし、海外では前例だってありますからね。むしろその方が安全性もサービスも高いのかもしれません。

自称有識者の皆様方も、費用対効果だとか、赤字だ黒字だとか、そういうわかったようなことを言っていてはダメですね。

なぜなら、費用対効果を考えるのであれば、鉄道は要らないし新幹線も要らない。高速道路だって怪しいもんだし、極端な話、田舎の市や町そのものが要らなくなりますから。

数字というのは過去の検証ですが、今求められているのは将来への展望ですから、過去の数字の積み重ねの延長線上に未来はないのです。

最近では経営改革の掛け声が独り歩きして、「儲からないことは何もやらなくてもよい。」「儲かることだけをやっていればよい。」ということを言い出しているようですが、単年度利益にばかりこだわっていると、どんどんどんどん小さくなっていって、将来の利益の損失になるのです。

なにしろ、500億の赤字を毎年出している会社ですから、「儲かることだけをやりましょう。」という話をするとすれば、「あなたたちの会社を一辺仕切り直すことが、一番利益が出るのですよ。」ということになるのです。

 

そういうことを踏まえた上で、ローカル線をどうするか、JR北海道をどうするか、北海道をどうするかということになるわけで、それはすなわち、この国をどうするかということになるのですからね。

 

まず、JR北海道という会社を残すことありきではなくて、北海道の鉄道を何とかするために、JR北海道という会社に任せておいて大丈夫なのだろうか、ということが問われるのがこれからの2年間なのです。

 

私は、今のままで行ったらJR北海道という会社は近い将来なくなると考えています。でも、列車は走らせなければなりません。

だとしたら、JR北海道に変わる会社組織があればよいだけの話ですから、桑園の本社連中が何を考えているかは知りませんが、自分たちの立ち位置が安全地帯であるという前提で物事を考えているようでは、「会社はなくなるんですよ」ということを理解しないといけません。

 

若いころから航空会社に勤めていると、会社が無くなるなんてことはいくらでも経験してきていますから、鉄道会社だっていつ無くなってもおかしくないと考えていますが、鉄道会社の人たちはローカル線の廃止以外は自分の会社が無くなるなんてことは考えてもいないでしょうね。でも、会社はなくなっても、列車は継続して走らせるシステムを考える方が、会社を再生させるよりも簡単だって、利用者や国民が思い始める前に、「JR北海道という会社が必要だ。」と利用者や国民の誰もが思ってくれるような態度を示さなければならないのです。

 

だから、観光列車の議論は、そのまま会社の将来を示すものなのです。

 

「協力しますよ。」ではなくて、「一緒にやりましょう。」なのですが、たぶん理解してないだろうなあ。

 

だとしたら、一辺潰してみるしかないのですが、いまだにH-100とか考えているようでは、まあ御先が知れていると言った方が早いかもしれません。

 

製造費の安い客車に荷物、郵便、そしてグリーン車、食堂車を連結して機関車で引かせる。

もう一度こういう列車を走らせてみる価値はあると思いますが、いかがでしょうか?