公募社長総括 2 「第3セクターって何ですか?」

いすみ鉄道は、JRじゃなくて、私鉄じゃなくて、第3セクター鉄道です。

 

第3セクター鉄道は大きく2つに分けられるんですが、1つはいすみ鉄道のような国鉄の特定地方交通線(廃止対象路線)を地元の人たちが引き継いだ路線であり、もう1つは、最近あるように、新幹線が開通したことによりそれまでの在来線を地元の都道府県が引き受けた路線です。

後者は、国とのお約束の中で取り決められた考え方ですが、前者であるいすみ鉄道のような国鉄の支線を引き継いだ路線というのは、国鉄からJRになるにあたって「赤字だから引き継げませんよ。」と言われた路線です。

国鉄ですから国ですよね。その国が、今から30年以上も前の国鉄時代の末期に、上から目線で全国の田舎の地域に対して、「お前たちのところには鉄道なんか要らないんだ。バスで十分だ。」と宣言したのです。

廃止対象路線に指定されたところは、北海道から九州まで、全国に80路線以上に上りました。

そして、素直に国の言うことを聞いて廃止にしたところと、第3セクター鉄道として線路を残したところとに分かれました。

 

つまり、いすみ鉄道のように第3セクター鉄道として鉄道を残したところは、ひと言で申し上げると、「国の意に反した地域」なんです。

「冗談じゃない。国がやらないなら、俺たち自分たちでやるんだ。」

そう言って、いすみ鉄道の場合は、千葉県と沿線市町の行政や、地元の企業が出資をして鉄道会社を設立しました。

これが国鉄の特定地方交通線を引き継いだ第3セクター鉄道で、山形鉄道や由利高原鉄道、若桜鉄道など、同じ成り立ちの鉄道が日本にたくさん存在しますが、すべて、当時の国の方針に反して、自分たちの力で鉄道会社を設立したところということになりますね。

だから、線路の草刈りや駅の掃除なども皆さん自主的に行っているのです。

 

駅の掃除をする地元の皆さん。

線路の草刈りも地域の皆様方が率先してやってくれています。

いすみ鉄道は人がいませんから、こういう時は見張り役として職員を立ち会わせるだけです。

高校生もやりますよ。

小学生だって。

中学生だって、みんないすみ鉄道を守る活動をしてくれています。

掃除だけではありません。

高校生が列車の中で演奏会を開いたり、いろいろ工夫して、自分たちができることをきちんとやってくれている。

それも昨日今日はじめたことではなくて、国鉄から転換した直後の昭和の末期からこういう活動を続けている。

第3セクター鉄道の沿線というのは、地域全体がそういうところなのです。

 

もちろん、線路の草刈りや駅の掃除、高校生の活動ばかりではありません。何しろ、国が「鉄道は廃止にしてバスにしなさい。」と言った鉄道を、国の意に反して自分たちで残した鉄道ですから、「では勝手にしなさい。」とばかりに国は欠損補助のためのお金を出してくれません。

だから、昭和の末期から、自分たち地域の財源で毎年毎年の欠損補助も行ってきているわけで、つまり、血も流しているんです。

そこまでして、自分たちの鉄道を自分たちの力で守ってきた地域なんですが、私が就任した当初は、「もう持ちこたえられない。いよいよ力尽きる時だ。」という状況だったんです。そして、最後の望みとして、公募社長を募集して何とか頑張れないかやってみようという状況でした。

 

私は公募社長です。

公募社長の使命は、「いすみ鉄道を廃止にしないこと。」です。

とにかく、地域の人たちは汗をかいて、血も流していすみ鉄道を守ってきたことに対して、「いすみ鉄道を廃止にしなくてもよい方法を提示して実行すること。」が私の公募社長としての使命です。

 

そのためにどうするか。

一番わかりやすい方法の一つは「黒字にすること。」

黒字になれば、廃止する必要はありませんからね。

でも、人口減少が止まらない地域で地域鉄道の利用者(通勤、通学客)を伸ばすためには人口を増やしてもらう必要があります。東京から1時間ほどの距離にある同じようなローカル線にひたちなか海浜鉄道があります。公募社長の吉田社長さんが一生懸命頑張っていらっしゃいますが、ひたちなか市の人口は15万人。すぐお隣の水戸市は27万人です。これに対して、いすみ市の人口は3万7千人。大多喜町は9千人ちょっとです。

ローカル線というのは都会の人たちから見ると十把一絡げで同じように見えるかもしれませんが、地域によって経営環境が大きく違うわけで、ひと言で「ローカル線」とかたずけることはできません。

そして、人口を増やすのは鉄道会社の仕事ではないんです。

だから、ひたちなか海浜鉄道がうまくいっているからと言って、同じことをいすみ鉄道でやることはできません。

そこで、私は別の方法を取ろうと考えました。

それが観光鉄道政策です。

 

ざっくりとしたビジネスモデルとして、「土日に観光客に来ていただいて稼いだお金で、月曜日から金曜日までの地域の足を守る。」ということです。

 

利用者を増やすためには人口を増やす必要があります。

でも、オギャーと生まれた赤ん坊が高校生になるまで15年かかりますから、通学需要を増やすことに即効性はなく現実的ではありません。

マイカーも一家に一台ではなくて、一人一台の地域ですから、「乗って残そう」ってのもまったく現実的でありません。

でも、「交流人口」なら増やすことができる。そして、その交流人口というのは、いすみ鉄道沿線で言えば「観光客」にいらしていただくということなのです。

 

いすみ市という市は2005年12月に大原町、岬町、夷隅町の3町が合併して誕生した詩です。

私が就任した時点で、まだ3年半しか経っていませんでした。

「いすみ市です。」と言ったって知ってる人はほとんどいない。

「外房線の大原です。」と言えば知っている人がたくさんいますが、いすみ市の知名度はとても低かったんです。

 

私が9年前、いすみ鉄道の社長に就任した時に、いすみ市の太田市長さんにコミットメントしました。

 

「私はいすみ鉄道の社長として、いすみ鉄道を全国区にします。そうすれば、いすみ市も自動的に全国区になります。」

 

これが就任してすぐに太田市長さんにお話しした私のコミットメントです。

 

「鉄道があれば、そういうことができるんですよ。」

 

その時、太田市長さんは私の顔をじっと見ながら、「よしわかった! いすみ鉄道を残すぞ!」とおっしゃっていただきました。

まだ、就任したばかりで、何の実績も上げていない私の言うことをしっかりと聞いて、信じて任せてくれたんです。

 

この時、私は決心しました。

今まで地域の皆様方が一生懸命守り育ててきてくれたいすみ鉄道がやらなければならないのは、地域に対する恩返しだと。

何度も言いますが、国の方針に逆らってまで、自分たちで毎年の赤字補てんまでして守ってきた鉄道が、きちんと地域に恩返しすることができれば、地域の皆様方は「守ってきてよかった。自分たちがやってきたことは間違っていなかったんだ。」と思っていただける。そして、国の意に反して残した鉄道が、その地域にきちんと利益を与えることができれば、こんな「あっぱれ」なことはないだろう。鉄道を守ってきた地域が元気になるとすれば、鉄道に対する国の考え方も変わるだろうし、そうなれば、全国津々浦々、鉄道のある地域が元気になっていくだろう。

今から9年前、2009年6月に就任した当時の私は、まるで雲をつかむような話ですが、大きな方針を決めて進み始めたのです。

 

先日、いすみ市役所から、いすみ鉄道が沿線にもたらす広告宣伝効果がこの3年間だけでも10億円以上だと発表してくれました。

テレビやCM、雑誌などに登場した場合の広告効果をお金に計算する計算式があるようで、全国の行政が率先してフィルムコミッションなどをやっているのはこのためなんですが、いすみ市の課長さんにお聞きしたら、「あの数字は、本当に少なく見積もった数字で、実際にはもっと高いはずですよ。」とうれしいお言葉をいただきました。

 

いすみ鉄道株式会社という会社としてはなかなか黒字にはなりませんが、インフラとしての鉄道会社の使命は、「いすみ鉄道が走ることで、地域をどう利するか。」だと私は考えます。

いすみ鉄道が走ることで、地域が有名になり、地域がブランド化され、地域に人が来て、特産品が売れ、地域経済が栄えるようになれば、たとえ会社単体としては赤字でも、トータルに見たら黒字になる。こういうトータルデザインを私は長年やってきているのであります。

 

そして今、「少しぐらいの赤字はしょうがない。それよりも安全に走ることを心掛けてくれ。」といすみ市の太田市長さんは言ってくれるようになりました。

つまり、ローカル線がしっかり地域に貢献しているということなんですね。

 

地域がこのように盛り上がってきている状況を見て、私は公募社長としての私の使命である「いすみ鉄道を廃止にしない。」という目的は、十分に達成されたと考えているのです。