象徴の役割

象徴としての天皇について、いろいろ議論されていますね。

今の憲法が制定されたときに、「天皇制を維持するかどうか。」でいろいろあったようですが、日本が戦争に負けたときに、兵隊さんや国民がゲリラ化して山の中ヘ潜り込むようなこともなく、進駐軍に素直に従って統治が始まったことは、天皇陛下が国民をきちんとコントロールできる存在であったことが大きいということにアメリカが気付いて、だったら天皇制を維持しましょうと新しい憲法で「象徴天皇」と位置付けたというようなお話です。

それが良いとか悪いとか、そういうことは私は歴史研究者でもなければ法律家でもありませんからわかりませんが、やっぱりある意味において、象徴というのは必要なんだろうなあということは感じています。

 

例えば、このゴールデンウィークに合わせるかのように運行を開始した豪華列車の「四季島」や、九州の「ななつ星」もそうですが、ああいう超豪華な列車が営業のツールとして必要かどうかは別として、あのような列車は一つの象徴であって、自分の会社にああいう列車が走っているということは、その会社の従業員にとっては誇りにもなりますし自慢にもなります。

自分の会社を誇りに思うことができるようになるというのは、これは経営的に見ると大切なことでありまして、少し大げさな言い方をすれば、全社員が一丸となって一つの方向に向かって行くという点で、結束が高まるのです。

例えば、最高級の列車が走る会社として恥ずかしくないサービスを提供しなければならないとか、ああいう列車を走らせている会社が事故など絶対に起こすことはできないなど、自然と社員一人一人が自分の仕事の仕方を振り返るきっかけにもなりますし、向上心も芽生えると思います。

 

豪華列車ではありませんが、いすみ鉄道でキハを走らせるということも同じです。

私が7年前に大糸線からキハ52を譲り受けていすみ鉄道で走らせたいと言ったときに、うちのスタッフのほとんどは「無理です。」という反応でした。でも、実際にキハ52を大多喜に持ってきてみたら、マスコミを始め鉄道ファンの皆様方から大きな注目をいただきました。すると、「何とかしなければ。」という機運が芽生えました。

ちょうどその時、まだ現役だったJR出身の運転士さんたちが、「こうやってエンジンかけるんだ。」と言って、自ら車両の下へもぐりこんでエンジンのかけ方を若いスタッフに手ほどきし、「ブレーキはこう取り扱うんだ。」と言って、自ら教官となって、自動ブレーキなど取り扱ったことがない若手社員に教え始めました。

エンジンなどの車両の整備なども一筋縄ではいかない代物でしたが、運転主任で整備を担当している影山さんが、インターネットを調べたり、自ら古本屋を歩いて国鉄時代の教本や整備の資料を探したり、あるいは国鉄育ちのベテラン運転士さんたちが、自宅の本箱をひっくり返して、自分たちが運転士になったり整備の勉強をしたりした40年も50年も前の時代の教科書を会社に持ってきたりして、今ではきちんとキハの維持管理ができるようになりましたし、古い車両につきもののトラブルも、ある程度予測して対応できるようになりました。

 

それもこれもキハがいすみ鉄道にあって、お客様から注目を浴びる存在であることが、つまりいすみ鉄道の象徴でありますから、職員はそういう列車を走らせることに誇りとプライドを持って、何としてでも頑張ろうという機運が自然に生まれているのだと私は思います。

このゴールデンウィークは、おかげさまで今のところキハは順調に動いていますが、不思議なことに季節の変わり目になると毎年機嫌を損ねるのも古い車両ならではです。だから、そうなっても良いように計画性を持って、事前に対応できるようになってきましたが、こういう技術力のアップも、象徴あってのものだと私は考えています。

 

今、ローカル鉄道が観光資源であるということが広く認知される時代になりました。

そして全国各地のローカル線に趣向を凝らしたいろいろな観光列車が走り始めました。

そういう会社では、職員の皆様方の士気も高まっていくと考えています。

全国的に見てほとんどのローカル線は、昭和の時代から「要らないもの」「役割が終わったもの」として低く見られてきました。

ある時は「赤字の垂れ流し」と揶揄されたりする中、職員の皆様方はそれでも一生懸命に安全、正確、ローコストで鉄道の運行を支えてきました。

そういう職員の方々が、地域からきちんと評価され、自分たちの会社の仕事に誇りを持つことができる時代になったと私は考えています。

そのために重要な役割を果たすのが「象徴」なのでしょう。

 

鉄道を上手に利用することで、地域全体が浮上してくる。

そういう時代になれば、そのローカル線そのものが「象徴」になるのではないでしょうか。

そして、象徴ということは、それがあることによって地域が自信を持って、胸を張って前進できるようになる。

ローカル線がそういうツールになれば。日本全国、ローカル線を守ってきた地域が、そのローカル線から恩恵を受けることができす。

 

憲法で定めるかどうかは別としても、地域の人たちの象徴となることができれば、ローカル線がある地域はモチベーションが上がる。

そういう時代になってきたのだと私は考えています。