鉄道会社は国鉄時代からサービスというものにあまり積極的ではありませんでした。
そこで、かなり以前から航空会社のサービスをお手本にしてきたというお話をしましたが、航空会社のサービスをお手本にするのであれば、見た目や格好だけでなく、きちんと本質の部分のマネもするべきで、ではその本質とは何かというと、それは「ホスピタリティー」ですよ、と申し上げてきたのですが、鉄道会社の職員の中には、こうしたお話をしても根本的に良く理解していない人たちがたくさんいますから、「あいつは何を偉そうに言ってるんだ。」とか、「航空会社出身だからと言って、気取ってるんじゃない。」という話にもなるものです。
それはなぜかといえば、鉄道会社が航空会社のサービスをマネするということは、それは航空会社に対するある種の憧れであって、人間というのは憧れていればいるほど、ある瞬間にその憧れがともすれば憎しみに変わりますから、「なんだあいつは。」となるのも仕方ありません。
ただ、ホスピタリティーという点では足元にも及ばないという事実は変わりませんから、私は「それで良いのですか? お客様居なくなりますよ。」と申し上げているのです。
さて、その航空会社ですが、何も皆様が憧れているような完璧なサービスを常に提供してきたわけではありません。
私が勤めていた会社もそうですが、航空会社というのは世界の趨勢として、かつては特権の上に胡坐をかいて商売をしているようなところがありました。組合運動が強く、自分たちの労働条件や権利を何とかして守ろう。それが、世間からどれだけ乖離しているかなどということを顧みずに、木で鼻をくくったような商売をしていました。つまりは国営航空時代です。
そして、1980年代にはいよいよ立ちいかなくなって、世界各地で民営化が始まりました。
この点は国鉄と同じです。
これは当時の時代の波というもので、それが良いとか悪いとかではなく、会社が立ちいかないからやらざるを得なかったのです。
こういう中で、その時代の波に乗ることができなかった会社は淘汰されていきました。パンアメリカンとかトランスワールドといった、かつて世界中を牛耳っていた航空会社が次々と消えて行きました。
私の勤めていた会社も1980年代に国営航空から民営化して民間企業になりました。
民間企業になるということは、つまり国営の赤字垂れ流しを何とかしなければならないわけですから、民営化当初の数年間はとにかく「コストを何とかしろ。」ということで、いろいろなコストの切り詰めが行われました。
当時の私の先輩方というのは、親の年代ですから皆さん戦前派で、進駐軍で英語を覚えたような猛者ばかりでしたから、そういう人たちが50になった時に「考え方を変えましょう。」と言われたって「はい、そうですか。」というわけにはいきません。会社の中は喧々諤々状態でした。
ところが、その会社の中でも「変わらなければだめでしょう。」と言い出した人たちもいました。
航空会社と一言で言っても、いろいろな職場があります。今思い起こせばですが、旅客営業部門や接客部門、客室乗務部などは、常にお客様に接していますから、世間の風当たりを直接感じるわけで、ストライキなどという話になれば大変な思いをすることになります。でも、どちらかというと裏方にあたる整備部門や貨物部門で働く人たちは、お客様と直接接するわけではありませんから、社会的にどう評価されているかなどということも理解しづらい環境にあります。そういう人たちと、私たち旅客サービス部門とで、同じ労働組合の中で大きな意見の食い違いが出始めたんです。
おそらく国鉄も同じだったと思いますが、駅員さんや車掌さんなど、直接お客様と接する人たちは、世の中の変化や、社会の自分たちに対する風当たりを実際に直接肌で感じる職場ですが、同じ乗務員でも運転士や機関士のような、お客様から隔離されて分断された場所で、マイペースで十年一日のような仕事をする人たちは、毎日毎日規則を守って安全運転しているという自負もありますから、「俺たちのどこが悪いというのか。」という気持ちになります。
このように、ひとつの会社の中でもいろいろな部署があって、その部署ごとに仕事だけではなくて、考え方そのものも違っていたのです。そして、民営化に理解を示す部署と、民営化後も、民営化に反対している部署とで、同じ会社が分断していくような状況が起こりました。
そんな中で、私の会社で大きな事件が起こりました。機内食部門のストライキです。
機内食というのは、民営化前まではどちらかというと豪華な食材をふんだんに使用する優雅な職場でしたが、民営化後、コスト削減のやり玉に挙げられたのが機内食で、なぜなら、航空運賃に含まれているのが機内食サービスですから、会社としてはその部分のコストを何とか削減したい。ところが機内食部門の担当職員は、直接お客様に接する仕事ではありませんし、自分たちが作った料理をお客様が笑顔で食べているのか、それともまずくて残しているのか、などということすら直接目にすることのできない職場です。そういう、世間の風や会社の状況を一番わかりづらい部署が、長年にわたってコスト削減を強いられて努力してきて、最後の最後に堪忍袋の緒が切れてストライキを起こしたのです。
機内食部門がストライキになるとどうなるか、皆さんご理解いただけますか?
そうです。機内食が出ないのです。
LCCのような短距離の会社ならいざ知らず、全世界を飛び回っているフルサービスキャリアが、機内食を搭載しない。
東京からロンドンまで12時間以上かかる飛行機の機内で、食事が出ないのです。
さあ、たいへん。大問題になりました。
機内食部門がストライキをやるということは、機内食が出せない。
12時間も飛ぶ路線で機内食が出せないのならば、飛行機を飛ばすべきではない。
そういう意見も多く出ました。
でも、それをやってしまったら、ストライキをやっている機内食組合の思うつぼだし、第一、会社の収入がゼロになります。
いろいろ議論があった中で、最終的に会社が決断したのは、機内食サービスを出さないで飛行機を飛ばすということ。全世界で私の会社の飛行機が、1週間だったか、半月だったか忘れましたが、そのぐらいの期間、機内食を搭載しないで飛び続けました。
皆様方はご存じないと思いますが、本社があるロンドンの機内食部門がストライキを起こすと、ロンドン発の便に機内食が搭載されないばかりでなく、折り返しとなる東京発の便にも機内食の搭載ができません。ロンドンに到着しても、積んでいった使用済みの食器やカートを下げに来る人たちがストライキをやっているわけですから、つまりは東京からも機内食が搭載できない。だったら紙の容器でもよいだろうというのは机上の空論であって、毎日800人分の紙容器を、それも機内食用や機内搭載品の基準をクリアしたものをどう手配してどう搭載するか、それも全世界で、となるとストライキの告知があってから数日では対応できない。ましてテロの問題もある。そういう状況が発生したのです。
その時の私の立場は現場、すなわち接客部門の責任者。お客様のクレームの矢面に立って、毎日毎日とても楽しい体験をさせていただきましたが、まあ、簡単に言うと、チェックインカウンターでお客様に事情を説明して謝罪し、食事のバウチャーを渡して、搭乗前に自分の好きな食事を用意してもらって飛行機に乗ったもらうわけです。あくまでも結果論ですが、これが意外に好評で、皆さん、お寿司やサンドイッチ、おにぎり、中にはピザなど、それぞれ好きなものを嬉々として持ち込んでいかれましたが、実はその時に、私たち管理職部門の会議で、「12時間飛行する飛行機に食事を乗せなくて問題ないのか?」という疑問が持ち上がりました。
そこで本社が全世界にはっきりとした見解を示しました。
それは、「航空法では、機内食は載せなくてもよろしい。ただし、水だけは載せなければならない。」
というものでした。
国内線のような短距離便は例外がありますが、数時間以上飛行する飛行機には、万一に備えて水だけは載せなければならない。
逆に言えば、水さえ載せていれば、飛行機を飛ばして構わないのです。
今のようにLCCがこれだけ飛び始める遥か以前の話ですから、当時としては信じられないことでした。
私は、この「水さえ載せていれば、飛行しても構わない。」と言われたことを今でもはっきりと覚えているのです。
その理由は、何があるかわからないから、水だけは積めということ。
飛行機の中は一度乗りこんだら缶詰め状態、密室状態です。
途中で何があるかわかりません。
ゲートを離れて、離陸するまでに数時間かかることもあります。
目的地が悪天候で、代替着陸地へ降りて、そのまましばらく機内待機になることもあります。
そういう、予期せぬことが発生したときに、とにかく水だけあれば、お腹は減るかもしれないけど、生死にかかわるような状況は避けられるというのが、「水だけは積んでおきなさい。」と法律に書かれていることなのです。
さてさて、振り返って日本の特急列車の話に戻りますが、今、車内販売もなければ車内の自動販売機も撤去されてしまい、お弁当どころか飲料水も手に入れることができません。そういう状況の列車が3時間も4時間も走行するわけですが、では、途中で何かあって山の中で立ち往生してしまったら、お客様はどうなるのでしょうか。各駅停車ならまだしも、密閉されて途中駅でドアも開けられないような列車が、飲料水の確保もできていない。そういう特急列車が全国で走っているわけで、「車内販売はありません。あらかじめご了承ください。」とお客様に自己責任での対応を求めているのですから、これは、私から見たらホスピタリティーのかけらもないということなのです。
ここ数日も、大雪で一晩列車の中に缶詰になったニュースが聞こえてきていますが、ホスピタリティーというのは何もお客様のかゆいところに手が届くということばかりではなくて、基本的な生存権をどう守るかという所がスタートにもかかわらず、鉄道会社ではその最低限なところも認識されていないのです。
これが、航空会社と鉄道会社を両方経験している私から見た鉄道業界の「まやかし」であって、安全、安全と口を酸っぱくして言うのはあくまでも走っている列車がぶつからないようにとか、時刻通りに走るようになど、自分たちの側の安全であって、乗っているお客様のことを真剣に考えているかどうか。
例えば、飲料水一つとってみても、全員の分とは言わないけれど、特急列車であれば、せめて50人、100人分ぐらいの飲料水は車内のどこかに常に確保しておくべきで、本当ならそういう仕事の担当をするのが車内販売の職員なのではないか。
だとすれば、車内販売員だって保安職員であると考えられるのではないか。
わたくし的にはそのように思うのであります。
来週はその北海道の特急列車に4時間ほど揺られます。
朝7時の列車なのですが、実は途中駅からの乗車なんです。
ダイヤ改正前だからまだ車内販売はあるのかな。
でも、もし車内販売がなかった時のために、乗る前に食料を仕入れておこうか。
でも、その途中駅で、列車に乗る前に、食料が確保できなかったらどうするか。
今からインターネットで近隣のお店の営業時間を調べなければなりません。
さもなければ、カロリーメイトのような固形食をカバンに忍ばせて行きましょうか。
特急列車に乗るということは、今の時代、そういうことなのです。
自分たちの都合や内部事情ばかりを優先させて運営を行ってきた結果として、そういうことになっている。
鉄道の運営は、根本から変えない限り、どうにもならない状況です。
車内販売が無くなるというのは、実は車内販売の問題ではなく、鉄道の運営そのものにかかわることなのです。
「都民ファースト」と言われたのは小池知事ですが、やはり「お客様ファースト」をどこかに忘れてきてしまっている、いや、もしかしたらこの30年間、最初から無かったのかもしれませんね。
だから鉄道会社は自分たちの職場を自分たちでダメにしていくのですが、ぜひ、お気づきいただきたいと思います。
とはいえ特急列車の車内販売は私の仕事ではありませんから、憎まれ口はこのへんでおしまいにしておきましょう。
皆さん、列車に乗る時は十分に対策を取って下調べしてから乗らないと、後悔しても自己責任ですからね。
鉄道会社のお客様になろうとする人は、そのぐらいの知識が必要な時代のようです。
これが「現代風正しい特急列車の乗り方。」ということで、傾向と対策をどうぞ身に着けてご利用ください。
(おわり)
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