ビジネスの伸びシロ その2

沿線人口が確実に減り続ける中で、「地域の足を守る」運動で地域交通としてだけのビジネスを継続していくことは困難な状況にあるのがいすみ鉄道の現状です。
平日に高校生やおじいちゃんおばあちゃんのために列車を走らせる地域の足としての役割には、今のいすみ鉄道には「ビジネスとしての伸びシロ」がないわけですが、では土休日の観光鉄道はどうかというと、こちらは逆に飽和状態で、所有する車両数を考えてもこれ以上列車を走らせて観光客を呼べる状況にはありません。
例えば、ムーミン車両を2両ばかり増やして、列車交換できる駅の設備を増やせば、あと3割程度列車本数が増えるし、そうすれば観光鉄道としての収入が増えるわけですが、そういうビジネス需要を見込んで設備投資するというような話をすることは、今のいすみ鉄道ではタブーですから、現有車両、現有施設で営業する限り、もうこれ以上土休日の観光需要を伸ばすことができない状態にある。つまり、現状では「ビジネスとしての伸びシロ」が土休日にも無いわけです。
ところが、そういう八方ふさがりの状況でも、社長としての私は何らかのビジネスの伸びシロを見つけ出して、そこを開拓していかなければなりません。そこで、休日前夜に夜行列車などを運転してみるのですが、そのマーケットのボリュームと対応するスタッフの手間を考えると、夜行列車はできてもせいぜい年間数回程度のイベントであって、経営の柱にはなりません。
そういう現状の中で私が今考えているのは「平日の観光需要」で、今の日本の旅行マーケットを見た場合、ここになら伸びシロを見込むことができ、突破口になると気づいたのです。
この5年間で沿線人口は着実に減り続けていて、平日の「地域の足」としてのビジネスマーケットも完全にシュリンクしている状態ですから、同時に並行して平日の日中の列車ダイヤを根本的に見直して、出血を減らさなければなりません。現有設備でできることといえば、利用の少ない列車の運転をやめて、そこに観光列車を走らせてはどうだろうかと考えているわけです。
私は、自慢ではありませんが、就任以来1本も列車を減らしてないんです。
本来ならば就任した直後、経営の立て直しをするにあたって真っ先に取り掛かるのが列車の減便なのですが、減便どころか逆に列車本数を増やしてきたのです。
その理由は、ローカル線というのは今まで「乗らないから減らします。」と鉄道会社が言ってきて、更に乗らなくなってしまった経緯が全国的にみられるからですが、でも、沿線の人口減少が止まらない状況下で、私に求められる経営的なスキルは「黒字にすること」ですから、これ以上誰も乗らない列車を走らせておくことができない状態にあります。
こうすることで、運行経費、人件費を削減し、それにより発生する余力を観光輸送などの伸びシロがある部分に積極的に投下していく。これが私がやらなければならないことなんですね。
そして、今までの常識で言うなら、「列車を減便する。」と言おうものなら地域の人たちから「とんでもない。」と反対意見が出るのが世の常だったんですが、沿線地域にそう問うてみても、そんな反対意見は出ないんですね。
「そうしなければいすみ鉄道が残れないなら仕方ない。」
ありがたいことに地元の皆様方は、いすみ鉄道のことをまず第一に考えてくれているようですから、そういう地元の皆さんの期待に応えるためにも、私としては早朝、深夜の列車の中にも減便対象はあるのですが、通勤通学の利便性の確保を最優先考えて、そこには手を付けずに、平日の日中に利用率が極端に低い列車の運転を取りやめて、そのスジを利用して観光列車を走らせるという方針で、来年3月のダイヤ改正に向けて現在ダイヤを調整しているところです。
このように、ビジネスを維持継続していくためには、どこに伸びシロがあるかを見極めることが大切なことで、いくら地域の大切な足とはいえ、鉄道事業も慈善事業ではなくてビジネスとして考える時には、伸びシロが見込めないところに会社の経営資源を投下することはできませんし、伸びシロがあると判断したら、しっかりと取りに行かなければならないんですね。
ところで、話は大きく変わりますが、日本全体を見たときに、どこにビジネスとしての伸びシロがあると皆さんはお考えになられますか。
アベノミクスで経済を活性化しようという掛け声が聞こえますが、企業がお金や人財などの経営資源を投入して、そこから利益を上げようとする場合、伸びシロがあるところを探してそこを掘らないと、いくら努力しても徒労に終わることは目に見えています。
私は外資系企業にずっと勤めてきましたので、おそらく皆さんよりも少しだけ広い視点で物事を見ることができるのではないかと思っていますが、その私を良く知る私の友人で、私よりもはるかにグローバルはものの考え方をする人が、先日、私にこう言うんです。
「以前から見させていただいてるけど、君のやっていることは、とても面白いことだね。世界では君と同じようなものの見方、考え方をしている人たちがいて、そういう人たちが今、君と同じような目で日本を見ているよ。」
私も彼のことをよく知っていますから、ピンと来たんです。
だから、
「ビジネスの伸びシロのことですか?」
と答えたんです。
そうしたら彼はニコッと笑ってうなずきました。
「東京はすでに飽和状態だし、危機管理的にはとても危うい部分がある。でも、いすみ鉄道沿線のようなところは、まだまだ伸びシロがあるんだよね。そういうことに日本人は気づかない。でも、世界の中では気付いている人たちがいるんだよね。」
つまり、東京はすでにいすみ鉄道で言えば土休日の状態で、もういっぱいいっぱい。これ以上伸びシロが無いし、伸びシロを作り出そうとすれば大きなお金がかかる。でも、田舎はまだまだ伸びシロがあって、意外に容易にその伸びシロを具現化することができるし、大きなお金を掛けなくてもそこから採れる甘い蜜をいただくこともできる。その人はそう言うんです。
日本人は「田舎はダメだ」と思っているようだけど、外国人の目で日本を見た時に「田舎には可能性がある。」と、そう見えるんですね。
そしてそれは、私がいすみ鉄道を使って一つのモデルを形にしたことで、さらにはっきりとわかるようになったというわけなのです。
どうです、皆さん。
田舎にはまだまだ伸びシロがあるんですね。
つまり、田舎には可能性がある。
私は以前からそのことに気づいてずっといすみ鉄道を通じて沿線地域の可能性を追求している。なぜなら、今の日本で可能性があるのは東京よりも「何もない」田舎だということを、東京育ちの私はよくわかっているからなんです。
(つづく)