三陸鉄道へ行ってきました。

今日は、先日全線で運転再開した三陸鉄道さんへ行ってきました。
三陸鉄道は南リアス線と北リアス線が4月5、6日に全線で運転再開し、全国版ニュースで大きく報じられましたので、皆様の関心も高いと思います。
2011年3月11日の震災と津波で大きな被害を受けた時は、誰もが「もうだめかもしれない。」と思われたでしょうが、望月社長さんを先頭に、全職員の皆様方が一丸となって復旧に努めた甲斐があって、震災から3年で完全に復旧したのです。

今日は、久しぶりに望月社長さんと宮古駅の本社で再会できてなんだか涙が出てきました。
「運転再開おめでとうございます。」
と私が申し上げると、望月社長さんは、
「鳥塚さん、震災の後、いすみ鉄道さんが一番最初に来てくれたことを私は忘れません。本当に感謝しています。応援していただいた皆様方に、本当に感謝しています。」
とおっしゃられました。
3年前の震災の後、私は5月10日に皆様からお寄せいただいた義捐金を持って、女優の村井美樹さんと宮古駅に望月社長さんを訪ねたんです。
(2011年5月12日のブログはこちら。)
その時は震災から2か月ほど経っていましたが、まだ復興が始まる前で、夢も希望も持てなかった時期でしたが、望月社長さんは、
「私は3年以内に三陸鉄道を復活させます。見ていてください。」
と力強くおっしゃられたことを覚えています。
おそらく、その頃は世の中がまだ放心状態で、望月社長さんご自身もどうしてよいかわからない状態だったと思います。
それでも、「3年以内に復活させる。」と方針を示して、自分の会社だけでなく、マスコミや行政、そして国をも動かして、誰もが無理だと思っていた運転再開を、本当に3年で実現させてしまったんですね。
私は、この望月社長の言動こそ、リーダーとしてのコミットメントとリーダーシップの姿だと思います。
目標を定めて、そこへ向けて一人一人の力を集めて、大きな力にして、成し遂げてしまったんです。
本当にすごいことなんですね。
その望月社長さんから、応援していただいた皆様へのメッセージです。
「三陸鉄道を応援していただいた皆様方へは本当に感謝しています。ありがとうございました。おかげさまで全線で運転再開をすることができました。しかしながら、本当の勝負はこれからなんです。まだ、駅の近くには家がありません。だから以前のような利用者が見込めないんです。これから、どうやって経営していくかということが大きな課題です。少しずつ復興を進めていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。」
本当に、まだ被災地全体が厳しい状況なんです。
でも、みんな、精いっぱい生きている。
だから、心の片隅にいつも彼らのことを置いて、忘れないでほしいと思います。
そして、できれば一度は乗りに行ってください。
自分の目で見ることが、何よりも大切なことですから。

列車から見た田老の町。
かつてここにはたくさんの集落がありました。
「以前は列車から海は見えなかったんです。ずっと松林があったので。」
同行していただいた富手部長さんがおっしゃいました。
瓦礫はなくなりましたが、厳しい状況です。


復活した島越駅。(線路前方左手に見えるところ。下の写真の位置が前に駅があったところ。かつては黄色い重機のあるところにかわいい駅舎が立っていました。)
津波で高架橋ごと流されてしまった島越駅ですが、100メートルほど久慈側に移動して、再会しています。
駅から裏山へ登れるようになっていて、津波警報が出た時には避難所になるとのこと。
いつも使っている駅が、そのまま避難所になるという考え方は優れものですね。
皆様、三陸鉄道は運転再開をしましたが、これはゴールではなく、スタートラインなんです。
これからも三陸鉄道にご声援をいただきますよう、よろしくお願いいたします。