「要らないものを売る商売」を展開していくことで、競争相手がいないブルーオーシャン戦略として、小資本でも十分に勝算がある。
そこまではご理解いただけたと思います。
では、昔ながらの昭和の里山風景が残り、お花畑の中を走るいすみ鉄道を観光鉄道として売り出すために、どうやって付加価値をつけ、新規需要を開拓していくか。
いすみ鉄道にはお金もないし、人手を掛けることはできません。
そこで私がローカル線ビジネスの基本ポリシーとして考えていたのは、「今までやってこなかったことをやる。」ということ。
日本におけるローカル線問題は、過去40年も45年もやっていて、それでも解決できていないわけですから、だったらやり方を変えなければならない。
つまり、前例にとらわれずに、今までやってこなかったことを積極的にやっていくことで、将来を切り開いていくことができると考えたのです。
逆に言えば、今までのやり方の延長線上に、ローカル線の将来ビジョンはないということですから、その自分で決めた基本ポリシーに忠実になる必要がありました。
また、前回もお話ししましたように、SLやトロッコ列車など、他の鉄道がやっているような観光列車戦略では、他の鉄道の競争相手になるだけですから、お金も人手もないいすみ鉄道では真っ向勝負を挑むことはできない。
そんな中で私がコンセプトとして考えたのが、
「ここには、なにもないがあります。」
ということです。
いささか禅問答のようではありますが、一言でいえば、「良さがわかる人だけいらしてください。」ということです。
このキャッチコピーを出すことで、いすみ鉄道はSLを走らせたり、トロッコ列車を走らせたりしてたくさんの注目を集めている他の観光鉄道とは違いますよ。と、そう宣言したのです。
そして、まず第一番目の商品として導入したのが皆様ご存知のムーミン列車です。
よく、皆様方から、「なぜ、ムーミンなんですか?」と質問を受けますが、
答えは次の通り。
・ムーミンファミリーはお花畑の中でみんな仲良く暮らしている。
・ムーミンファミリーは、ストーリーが完成されていて、哲学的であり、現代の環境問題などにもぴったりと対応できる。
・そういうムーミンの世界が、房総半島のいすみ鉄道と、今の世の中にマッチする。
そう考えたからですが、もう一つの大きな理由。
それは、女性をターゲットとしていることです。
今まで、ローカル線趣味というのは、男性の世界だと言われてきました。
ところが実際問題として、男性は、独身貴族の方々は別として、家庭を持ったりしていると趣味に使えるお金などほとんどありません。
でも、成田空港にいると良くわかるのですが、海外旅行に出かける人たちは妙齢の女性ばかりで、女性は経済力も行動力も持っている。
だから、ローカル線ビジネスの顧客ターゲットとしては、女性の方がふさわしいわけですが、どこのローカル線も女性をターゲットにする戦略は打ち出していませんでした。
そこで、私は、「前例のないことをやる。」という意味で、女性をターゲットにした戦略を立てたのです。
ムーミンというのは日本では昭和のアニメとして親しまれてきましたので、ムーミンを見て育った方々は皆さん30代以上で、今の日本の観光需要を支えている女性がほとんどです。
そして、そのムーミンファンの方々は、ムーミンの哲学を理解して、しっかりとした考え方、ブレない芯を持った方々がほとんどですから、そういう方々であれば、「ここには何もないがあります。」のいすみ鉄道をありのままの姿で受け入れてくれることができると考えたのです。
これが一般の観光地戦略と違うところで、ブルーオーシャン戦略、競争相手を作らない戦略として、一般受け、万人受けする必要性をあえて選ばなかったわけです。
次に、第2番目の商品として導入した昭和の国鉄形ディーゼルカーも同じコンセプトです。
こちらは、第2段階の戦略として、女性ばかりでなく、女性と一緒に来た男性、家族連れの男性もターゲットにしているのですが、「古いものをわざわざ田舎に持ってくる。」という戦略は、やはり前例のないもの。
それまでの田舎の鉄道は、動力近代化と称して、車両をどんどん新しくすることが素晴らしいと思っている節がありましたが、いすみ鉄道では前例がないことをやらなければなりませんから、今から50年も前に作られたオンボロディーゼルカーをわざわざ走らせてみたのです。
それも、急行料金をいただいて各駅停車より遅いのですから、ふつうの人には理解できることではありませんが、私がいすみ鉄道の観光列車のターゲットとしているお客様は「ここには何もないがあります。」が解る人たちですから、皆さんオンボロで速度が遅い割には急行料金が必要な列車にわざわざ乗りに来ていただいているのです。
これが、私がいすみ鉄道で展開している観光列車です。
そして、いすみ鉄道にいらしていただくお客様は、ムーミン列車がお目当ての方も国鉄形ディーゼルカーがお目当ての方も、皆さん共通しているのは、自分の考えに一本芯が通っていて、ブレない方々であり、自分なりの価値観をお持ちで、いすみ鉄道の観光列車にご自身で付加価値をつけてお楽しみいただくことができる方々だということなんです。
そういう方々は、人口比率でいうと当然少数派ですから、「要らないものを売る商売」のお客様としてはちょうど良い数だと思いますし、逆に大多数の人たちを相手にするような商売で要らないものを売るとしたら、一般の人たちには理解できない「観光商品」ということになりますから、これはクレームの嵐になりかねません。
そういう、マス(大きな集合体)を相手にするような商売は、お金がある大きな会社がやればよいのですから、いすみ鉄道は、あくまでも自分自身で付加価値をつけることができるお客様だけにいらしていただければ十分で、それ以上の皆様方にいらしていただいても、乗せきれない、運びきれない事態になることが目に見えていますから、それがいすみ鉄道ができる商売の「器」の大きさということになるのです。
いすみ鉄道は時刻通りに列車を走らせる「素材」を提供しています。
その「素材」にどのような色を付け、どのような演出をするかは、お客様の仕事です。
だから、自分で「素材」を楽しむことができないような方は、いすみ鉄道にいらしても、観光列車をお楽しみいただくことはできません。
そういう人たちは、SLやトロッコ列車を走らせている観光鉄道にお出かけいただくということで、商品の差別化を行っているのが私のやり方です。
これが前回お話しした、人手をかけない商品サービスということで、いちいち付きっきりで説明やガイドをしなくても、お客様がご自身で、自分だけの世界を見つけて楽しんでいただければ、それだけで十分に観光鉄道であり観光列車といえるわけです。
だから、いすみ鉄道へ乗りに来て、「何だこんな鉄道は、面白くもなんともないじゃないか。」という人は、来るところを間違えましたね。と申し上げることにしているのです。
例えば、小林幸子さんのコンサートに行って、「小林幸子なんてつまらない。」という人がいたら、「あなたは来る場所を間違えていますね。」ということになるからです。
コンサートも生活必需品ではありませんから、趣味人以外にとってみれば「要らないものを売っている。」商売の部類に入ります。だから、その人にとっては、別に買っても買わなくても困らない商売なんですから。
(小林幸子さんの歌は日本のローカル線の情景シーンには無くてはならない必要なものですので誤解の無いように。八代亜紀さんも、川中美由紀さんも必要ですよ。)
どうです、皆様。
「要らないものを売る商売」、ご理解いただけましたでしょうか。
「私はそうは思わない。お前の考えは間違っている!」
そうおっしゃる方は、いすみ鉄道という商品をお買い求めにならなければよいのです。
それが観光鉄道だからで、観光地としてのいすみ鉄道は、別になくても困らない「要らないもの」だからなんです。
そして、その「要らないものを売る」ビジネス展開することで、地元の人たちにとって必要な地域交通を維持していくというのが、私の目指すローカル線のビジネス展開なんです。
(おわり)
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