このところ連続する大企業の謝罪会見を見ていて不思議に思うことがあると書きました。
日本では、企業のトップがマスコミの前で謝罪をするときに、会見する側で、あまり細かな配慮がなされていないと思うからです。
私は外国の会社に長くいました。それも航空会社です。
航空会社というのは安全運航を第一に掲げ、事故はあってはならないものとして考えられています。
ところが、そのあってはならない事故は、実はいつ起きるかわからないとも考えているわけで、いつ事故が発生してもいいように、それに対応するための準備も並行して行われています。
これが、電力会社と違うところで、電力会社は「事故は起こらないもの」として、実際に大きな事故が発生した場合の準備ができていないばかりか、事故が発生するであろうという想定すらされていなかったことが今回明らかになりましたが、航空会社では無事故・安全運航を掲げていながら、いつ事故が発生するかもしれないという想定で準備をしているのです。
でも、そういう航空会社に対して「安全、安全と言っておきながら、事故が起きる前提で準備しているなんてけしからん。」という人は、物事を順序立てて理解できない人以外にはいないでしょうから、事故は想定内だといえるわけです。
私が航空会社にいたときに通常の業務以外の管理業務としてBCPとEPの一部を担当していました。
どちらも日本企業ではあまりなじみがない言葉かもしれませんが、BCPは(Business Continuity Planning)といって、ふだんから何があっても業務ができる体制を整えておくこと。航空会社でいえば、例えば空港のターミナルが火災になった時、それでも飛行機を通常通り発着させるためにはどうしたらよいかなどということをあらかじめプランしておくことです。
EPというのはその名の通りEmergency Planning。
緊急事態が発生した時のマニュアルを作り、非常事態訓練を定期的に行って、万が一の時に備えることです。
マニュアルの内容は、事故発生と同時に対策本部を設置しコールセンターを開設。かかってきた電話はすべてコースセンターに取り次ぐ。
コールセンターの対応としては、電話の相手、連絡先、問い合わせの乗客名、乗客との関係を尋ね、いったん電話を切る。
そして30分以内に相手にこちらからかけなおす。
というようなことが詳細に記載されているマニュアルを地域ごとに作成し、15センチ幅ほどのA4バインダー数冊に分けて、また同内容のデジタルデータとしていつでも参照できるようにしておくこと。もちろん、定期的な見直し(チェック)も必要です。
それが、各空港に設置されているばかりでなく、同じものが対策本部が開設される本社の専用ルームにも各空港ごとにファイルとして保管されていて、おもしろいのは、そのマニュアルが今の時代でも必ず紙に印刷されてバインダーにファイルして置かれているということ。
もちろんシステムにも入っていますし、ROMにもなっていますが、緊急事態ということはシステムだって使えなくなることを想定して、きちんと紙に書いたものをいつでも使える状態で手が届くところにファイルして置いてあるのです。
そんなマニュアル作り中で、まず第一番目に考えるようにと言われているのが、事故発生の第一報の記者会見を含むマスコミ対策です。
皆様の中にご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、今から10数年前にS航空が台湾で事故を起こした時のことです。
記者会見では副社長と名乗る黒人がテレビカメラの前に登場し、きちんとした英語で一語一句選ばれた言葉で対応しているシーンが印象に残っています。
東南アジア系のこの会社で黒人が副社長として出てきた時には、一瞬目を疑いましたが、外国の会社の場合、副社長というポジションはかなりあいまいなポジションで、この時に登場した副社長も、こういうマスコミ対策を専門に行う会社に所属する人間だといわれました。つまり航空会社は緊急事態の記者会見に備えマスコミ対応のプロと契約していたということです。
また、記者会見も当然きちんと設定された場所で行われるのはもちろんのこと、使う言葉はもとより、ネクタイの色、スーツの丈の長さまできちんと決められているというのが、外国の会社の場合の基本事項です。
テレビカメラを通じてその記者会見が全世界に配信されるわけですから当然といえば当然ですが、中には記者会見の席の後ろの壁に時計を設置しておくなんてこともあるわけです。
これは、マスコミが取材した映像を編集加工して会見の言葉の順序を入れ替えて放映することを防ぐ目的があるのですが、航空会社の場合は世界時計が壁にかかっている会議室など普通ですから、そういうところを利用することで、さりげなくマスコミ対策ができるわけです。
(日本でも政治家の方々は、アメリカの大統領や政府報道官を見習って、最近ではだいぶ立ち居振る舞いを研究するようになってきたのは、皆様方もご存じのとおりです。)
そういうことを考えると、日本における大企業トップの記者会見は実に危なっかしく、記者会見場の壁に「社是」なんて掲げたままにしておくのはもってのほか。
いくら外人がトップといえども、謝罪する、つまり頭を下げる練習ぐらいはしておくのは当然で、こういうことは、普段から専門の会社と契約さえしておけば、記者会見場の設定、会見の際にトップが使う言葉、はては背広やネクタイの色まできっちりと演出をしてくれるものなのです。
そして、そういうことすら行っていない、というか、「この人たちにはそういう発想すらないんだろうなあ。」と思うのが、このところの一連の大企業の不祥事の会見を見ていて思う率直な気持ちです。
特に、私はJR北海道の大ファンですから、火を消すどころか、データ偽装なんかが出てきて、燃え盛る炎をどんどん大きくしてしまうような対応は実に残念で、せっかくの会見がもったいない、惜しい、何かお手伝いできないものか、という観点からテレビを見ていると、強くそう感じるのです。
かつて、乳業メーカーが不祥事を起こした時に、社長が新聞記者に向かって、「私は寝てないんだ。疲れてるんだ。」と叫んだシーンがテレビで放映され、その会社は会社が消滅するところまで追い込まれましたが、あれから10数年経って、少しは良くなったものの、世界的企業とはいえ、日本の会社はこの部分がまだまだ弱いなあと感じます。
(そういうところにはまだまだビジネスチャンスがあるといえますね。)
いすみ鉄道では何か大きな事故や事件が発生した場合には、もちろん社長である私がマスコミ対応をいたします。
ただし、私は不在の時も多いので、社長不在時の緊急なマスコミ対応は総務部長が行います。
いすみ鉄道は鉄道会社ですから、いつ何が起きても対応できる体制をとっておかなければなりません。
社長がいれば対応できることかもしれませんが、不在時の緊急対応は、初期消火と同じくとても大切なことで、その対応責任はすべて総務部長が負っています。
鉄道会社の幹部というのはそういう職なのであります。
ということで、総務部長、あとはよろしくお願いしますよ。
(おわり)
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