ローカル線はファンビジネスです。

最近ではありがたいことに、いろいろなところに講演で呼んでいただいたり、大学の講義で話す機会をいただいたり、テレビや雑誌のインタビューで尋ねられたりする機会が多くあります。
そんな時、私は「ローカル線ビジネス」の考え方の基本として、「ファンビジネスです。」と申し上げています。
ファンビジネスというのは、AKBだったりジャニーズだったり、はたまた小林幸子だったり、簡単に言えば、そういうビジネスと同じ種類のビジネスだということです。
これは、根本的に、スーパーマーケットや百貨店、ファミリーレストランなどと違う点です。
何が違うかというと、「マス」を相手にしていない。
つまり、一般受けするようなビジネスではないということです。
今までのローカル線の商売というのは、どちらかというと、一般の人たちに広く訴えて、「私たちの路線は廃止になりそうなんです。だから皆さん乗りに来ていただけませんか?」と、世間にお願いをするビジネスとして考えられていました。
ところが現状を見ると、そのやり方で、国鉄末期から30年以上もやってきて、未だにローカル線問題は解決していないのです。
だから、私は、シンプルに考えて、「今までのやり方を変えなければ、今までと違う結果は出せない。」つまり、「今までのやり方ではローカル線は存続できない」と考えて、ファンビジネスの形を取ることにしました。
簡単に言うとファンの方々、いすみ鉄道を気に入ってくれた人だけがいらしていただければそれでよいのです。
小林幸子のコンサートに行く皆さんは、小林幸子のファンで、彼女の歌う姿を目の前で見て、感じて、一体感を得たいためにコンサートへ行くわけです。
AKBのファンの人も嵐のファンの人も、お気に入りだからわざわざ出かけるのです。
いすみ鉄道のようなローカル線も、気に入った人にいらしていただくべきもので、そうでなければ「つまらないところ」なんです。
いすみ鉄道沿線は田舎で、取り立てて観光地でもありません。
町の人たちも、観光客になれていません。
だから他の観光地に比べると無愛想で、印象も良くありません。
特に漁師町は荒っぽいですし、城下町は旦那衆で気取っている。
地元でもそういうイメージがあるところです。
でも、そういうところを体験しに来るような、行ってみたいと考える人から見れば、
「やっぱり、漁師町は気風が良いねえ。」
とか
「城下町はしっとりとしていて品があるなあ。」
となるわけです。
いすみ鉄道のようなローカル線の列車は1時間に1本。いや、それよりも少ない。
そういうローカル線にふらりとやってきて、自分の時間を見つけ、自分を再発見する。
そういうのがローカル線の旅の楽しみですから、そういうことができる人にとっては楽しいところなわけです。
ところが、菜の花の季節やゴールデンウィークのようなピークシーズンになると、たくさんの人たちがやってきます。
テレビで見たから来たとか、ついでに寄ってみたとか、そういう人は、なかなかローカル線の良さや地域の人たちのことを理解できないから、
「こんなところ、つまらない。」
「列車本数をもっと増やせ。」
「なぜスイカが使えないのか。」
「従業員が無愛想だ。」
といった内容のクレームが増えるわけです。
でも、私は思うのです。
通りすがりに小林幸子のコンサートに入って、みんな盛り上がっている中で、
「小林幸子なんて大したことないね、つまらないよ。」
という人がいたら、その通りすがりの人が間違っているわけです。
ところが、そういう人は、自分はお客様だと思っているから、マスビジネスのお客様と同じように、いろいろ意見や要望を出すわけです。
「あしろ、こうしろ。」
とか
「こうあるべきだ。」
何てことを言って、
「社長として会社の見解をお返事ください。」
何て言っていく。
マスビジネスではどんな大きな会社でもきちんとお客様にお返事を出すのが通例となっているようですから、田舎もそれが当たり前と思っているわけです。
こういうことを日本語で「勘違い」と言います。
小林幸子のコンサートへ行って、小林幸子に向かって
「あなた、その歌い方はダメよ。こうしなさい。」と言っているのと同じですから。
そういう人は、小林幸子のコンサートへ行くべきではない。
ただそれだけのことなのです。
いすみ鉄道沿線地域は、過去50年にわたって衰退してきています。
相手は東京です。
何もかも東京に負けている。
だから、みんな東京に負い目があるのです。
そこへ、東京からやってきた観光客が、
「だめねえここは。」
「本当にしょうがないところねえ。だからダメなのよ。」
と言いたい放題言っていくようなことになれば、田舎の人たちはますます凹みます。
「やっぱり、俺たちのところはダメなんだよ。東京から来た人たちがそう言うんだから。」
となって、どんどん元気が無くなっていくのです。
だから私は、「ここの良さがわかる人にだけ来ていただく。」ということをポリシーに、ファンビジネスを展開しているのです。

「ここには何もないがあります。」
この言葉がわかる人だけがいらしていただければよいのです。
そうすれば、いらしていただいた皆様方の口から
「ここは良いところですねえ。」
という言葉が出ます。
田舎の人たちにしてみれば、
「東京の人たちの目で見ても、俺たちの町はいいところに見えるんだ。」
と思うことができて、だんだんと自信がついてくる。
そうすると、地域もだんだん元気になる。
子育てや部下の教育などで言われている
「長所を伸ばす。ほめて育てる。」
という方式が、田舎にも必要だと感じているからで、そのためには、クレームをするような人はお客様になっていただく必要がないわけです。
今の時代、よく、「口コミが大事」と言われています。
ところが、この「大事」という点を気にするあまり、「口コミが怖い」となってしまう例がたくさんあります。
そうなるとビジネスも人も伸びません。
口コミを操作することを請け負う会社も出てくるようになります。
そうではなくて、口コミの裏を読むわけです。
「あんなところ、行ったってつまらないよ。」という口コミに賛同する人たちが90%いたとします。
でも、残りの10%の人たちは、
「つまらないって言ってるけど、本当につまらないところか行ってみよう。」
という人たちかも知れない。
つまり、マス(一般人)を相手にする商売じゃないのですから、これでいいんじゃないでしょうか。
首都圏には3500万人の人口がいると言われています。
私が考えるマーケット、ローカル線のお客様になっていただけるビジネスのターゲットは、そのうちの1%の皆さまです。
多分、残りの99%の方々は、こういう私の考えに反論を抱かれるでしょうし、観光客を迎え入れる準備ができていない鉄道や地域に批判的な意見を言われると思います。
でも、残りの1%の方は、「良いところねえ。」と言っていただける。
それだけで、年間35万人ですから、ひと月あたり3万人です。
ということは週末ごとに1万人近くの方々にいらしていただくことになるわけですから、いすみ鉄道規模のビジネスはそれだけで十分成り立つということなのです。
小林幸子のファンでもないのに、小林幸子のコンサートへ行って、
「つまらないわねえ。」
「もっと違う歌い方できないの?」
何て言っているあなたは、小林幸子のお客様にはなれないということなのです。
これが私がいすみ鉄道で展開しているファンビジネスのポリシーです。
だから今でもキハ52とキハ28が手をつないで走っているわけで、
「そんなボロ買ってどうするの?」
「何でこんなオンボロに追加料金払うの?」
と言われる方は、最初から旅行の候補地にいすみ鉄道を入れなければよいだけの話なんです。
そして、この考えがお分かりいただけるあなたは、今の時代を幸せに生きられる人だと思いますよ。