商売のスタート

よく、「私、お店をやりたいわ。」というような人がいます。
カフェだったり雑貨屋さんだったり、今流行りの○○だったりと、そういう人は、お店をやりたい一心なわけです。
だから、そういう人は、お店をやってもすぐに立ちいかなくなる。
なぜなら、開店前には、そこにお店を出すビジネスチャンスがあるかどうかを見極めなければなら大事な時期ですが、そういう人は、お店をやりたくてしょうがないから、まずお店ありき、で考えてしまうので、本当は店舗を構える必要などなくて、通販で十分かもしれないのにお店を作ってしまったりして資金が足りなくなってしまうのです。
また、お店というのは物件ですから、ちょうど良い出物などというのはなかなかない。
そういう時に、「おあつらえ向きの物件ですよ」と不動産屋が紹介してくれるのが「居抜き」と呼ばれる物件。
どういう物件かというと、以前にそこで商売をやっていた形がそのまま残っている物件で、例えば居酒屋であったりラーメン屋であったり、テーブルやイス、厨房設備までそのまま残っている「居抜き物件」は、お店を開店するために新しく改装したり設備投資したりする金額が少なくて済む場合がほとんどだから、不動産屋さんは「ちょうどいいんじゃないですか?」と得意になって勧めてくれる。
でも、これが落とし穴。
なぜなら、不動産屋さんにとって大事なのは物件の成約だから、そのあとでその人の商売がどうなろうが関係ないのですから、無責任に「ここに決めたらどうですか?」と勧めてくる。
でも、例えば居酒屋さんをやりたいと思っている人が、ちょうどおあつらえ向きの居酒屋の居抜き物件を見て、「ここなら開店費用も安くて良いなあ。」と思うのは間違えなわけです。
なぜなら、その物件は、以前に誰かがその場所で居酒屋をやっていて、うまくいかなくて閉店した場所だからで、その場所で同じ商売を始めてもうまくいくはずがないからです。
こんなことは冷静に考えてみればすぐに気が付くことなのに、お店をやりたいという人は、そういうことに気づかないわけです。
前にやっていたお店が閉店したということは、売り上げが上がらなかったということです。
だから、その場所で同じ種類の商売をやってもうまくいくわけはない。
でも、絶対にうまくいかないわけじゃなくて、やり方によってはうまくいくかもしれないけれど、そういううまくいくやり方をできる人は、まず、居抜き物件を見て不動産屋さんの口車で「ここ良いなあ。」と思うことはないわけですから、お店をやりたいという人にとって商売はなかなか難しいということになります。
商売というのは、利益を出して継続していくためにやるわけで、お店というのはそのための手段なわけです。
ところが、お店をやりたいという人は、本来手段であるはずのお店が「目的」になってしまっているからうまくいかないことは目に見えている、ということなのです。
次に、これから商売を始めようとする人がはまりやすい落とし穴は、業種、業界です。
例えば飲食店を始めようと考えている人は、自分がラーメン屋さんで修業をした人ならラーメン屋さん、お寿司屋さんの職人さんならお寿司屋さんを始めようとします。
当たり前と言えば当たり前ですが、私から見たらあたりまえじゃないのです。
なぜなら、その時点ですでにマーケットに合わせられなくなっているから。
自分はラーメン屋をやりたいとか寿司屋をやりたいという人は、お店をやりたいというのと同じで、本当にその地域にその業種が適しているのかを考えることができないからです。
ある人がラーメン屋さんをやりたいと考えているその地域、その物件は、本当はお寿司屋さんをやった方が良い地域かもしれません。
だけど、その人はラーメン屋さんで修業をして、独立してラーメン屋さんをやることを夢見てきた人だから、お寿司屋さんをやった方が良いと思われる場所でもラーメン屋さんを始めようとするわけで、そのスタートの時点ですでにマーケットを見誤り、ターゲットをとらえることができなくなるからです。
これは、商売ばかりでなく、町おこしにも言えることで、「自分たちの地域はこれだ!」、「自分たちにはこれがある。」ということにこだわりすぎて、お客様が何を求めているかということを考えていなかったり、見誤っていたりすることが多いわけです。
例えば大多喜を例にとると、駅前の番所のマスターは「大多喜と言えばイノシシでしょう。」と、何の疑問も抱かずに一生懸命町おこしのためにイノシシの肉を焼いている。
でも、確かに大多喜はイノシシが取れるけど、観光で房総半島にいらっしゃるお客様は、イノシシの肉を食べに来ようと思うか、という点が考慮されてないわけです。
東京の人が房総にやってくるお目当ての一つは、何と言っても海産物なわけだから、私としてみたら勝浦や御宿、鴨川まで行かなければ食べられないような海鮮丼を大多喜で出したら、そっちの方がお客様には喜ばれると思うわけですが、大多喜というところは面白いところで、「ここは山だから。海のものが喰いたければ、海まで行きなさいよ。」と言ってるかどうかはわからないけれど、海鮮料理を食べさせるお店はない。
だから、皆さん大多喜を素通りして海岸まで行ってしまう。
みすみすお客様を逃しているわけです。
これが、私の商売に対する考え方ですが、そういう考えの私が、いすみ鉄道に就任して再建を請け負った時に直面したのもこの問題。
まず第一に、お店をやる場所が選べない、ということ。
例えば、田んぼの中の無人駅である国吉駅などはお店をやるには全く適していない場所で、「誰がここで商売をやって成功するか?」とみんなが口をそろえていう場所。大多喜だって駅は商店街から離れた場所にあるから、商売をするには向いていない場所なわけです。
ところが、いすみ鉄道に就任した私は、お店をやる場所を選べないわけです。
第二に、いすみ鉄道はローカル線です。
再建のためにバス会社にしましょうとか、不動産会社にしましょう、レストランにしましょうと、その町や時代に合った商売に鞍替えすることはできないわけで、鉄道業を引き続きやっていく中で再建しなければならない。
つまり、ラーメン屋さんが、ラーメン屋さんには不適当な場所で、好むと好まざるとにかかわらず、引き続きラーメン屋さんをやることで再建しなければならないという状況だったのです。
昨今では、いすみ鉄道で私が展開しているビジネスを見て、「な~んだ、簡単そうじゃないか。」と思っている人もたくさんいるようですし、同じようなやり方をやれば、自分の商売も上向きになるんじゃないか、と安易に考えている人もいるかもしれないけれど、私がこの4年間にいすみ鉄道で展開してきたビジネスというのは、商売の基本を知っている人から見ると実に可能性の少ない、ありえないようなやり方で展開してきたビジネスということになるのです。
こういうことをきちんと押さえておかないと、商売というものは簡単にはできないわけで、それが顕著に表れているのは、親の跡を継いで同じ商売を十年一日のようにやってきた商店街が、どんどんすたれていくというのも、あながち予測できないことではないわけです。