香港での入院

先日、私が海外出張が嫌いになった話をしましたが、そのきっかけというか、決定的になった事件がありました。
もうかれこれ10年以上前の話ですが、香港へ1週間の出張に出た時のことです。
フライトプラン(飛行計画書)の作成と、ロードコントロール(重量バランス計算)に新しい方式が採用されるとあって、香港で、アジアの空港に勤務する仲間たちが集まってトレーニングを受けたのですが、成田からは他に2人の仲間と一緒に、3人で出かけました。
1週間の香港出張で、この時は香港島のホテルに滞在しましたので、一緒に行った2人は、毎日トレーニングが終わると、「今夜はどこで何を食べましょうか?」とやっているのですが、私は、見かけ通りにデリケートで、なれないものを食べると、すぐにおなかをこわして寝込んでしまう性分ですから、真夏の香港で、友人2人が好むような安くてうまそうな、地元の人が入るような屋台や、一般の食堂に入る気になれず、最初1~2回はお付き合いしたものの、3日目ぐらいには、目の前のそごうデパートの地下で簡単なお総菜を買ってきたりして、一人で食べたりしていました。
そして1週間後、トレーニングが無事に終わり、社内審査試験に合格して、3人とも晴れて新システムの資格所持者になり、明日は日本に帰るという晩、今夜が最後だからおまえもメシに付き合えよ、ということになって、3人で食事をすることになりました。
ただ、私としては真夏の香港に1週間も滞在し、胃腸がそうとう疲れているという感じがしましたので、市中へ出かけ、得体のしれないものを食べる気にはどうしてもなれず、妥協案として、じゃあ、ホテルの中のレストランで食べましょうということになりました。
バフェと呼ばれるバイキング式のレストランで、日本円で3000円~するところですから、ちゃんとしたレストランです。
そのレストランで夜景を見ながら3人で仲良く食事をして、そのあとデパートでお土産を買ったりしながら時間を過ごし、「じゃあ、明日の朝8時半にロビーで」と言ってそれぞれ部屋に戻りました。
そしてベッドに入ったのですが、夜中におなかが痛いのに気づき、目が覚めました。
時計を見ると午前2時ごろ。
食事をしてから4~5時間が経過しています。
下痢が止まらず、トイレから出られないまま、朝を迎えました。
こうなってくると尋常ではありませんから、医者でなくても何かに当たったことぐらいは察しがつきます。
ロビーでの待ち合わせの時間になっても降りてこない私に気づいて、同僚が部屋に電話をくれました。
「悪いけど、おなかが痛いので、先に行っててくれる? あとで追いかけるから。」
私がしょっちゅうおなかが痛くなるのを知っている同僚は、「わかった、じゃあ先に行く」と言ってホテルを出ていきました。
ところが、それからしばらく経ってもおなかの痛みは止まりません。
七転八倒するうちに飛行機の出発時刻も過ぎてしまいました。
滞在していたホテルは、会社と契約しているホテルでしたから、フロントに電話をかけて会社の契約ドクターを紹介してもらいました。
そして、その契約ドクターに電話をすると、「住所は○○だから、タクシーで来い」とのこと。
「わかった、少し様子を見て動けるようになったら行く。」と言って電話を切りました。
でも、おなかの痛みは止まらず、時間ばかりが過ぎていくだけ。
気が付けば午後4時を回っています。
ドクターも閉まってしまう。
そう思って私はもう一度ドクターに電話を入れました。
「おなかの痛みが止まらない。下痢も止まらない。とてもじゃないけど、そちらに行くことができない。」
そういうと、ドクターは「わかった、心配するな」と言って、何か考えがあるようです。
20分ほどして、部屋のチャイムが鳴りました。
壁伝いに歩いてやっとの思いでドアを開けると、ホテルのマネージャーという女性が立っていました。
声を聞くと、朝から何度も電話でやり取りをしている女性です。
「あら、あなた、かわいそうに。本当に具合が悪かったのね。」
「だから、朝から動けないって言ってるでしょう。」
どうやら私の訴えを本気にしていなかったようです。
そして5分後、再びそのマネージャーが私の部屋をノックした時には、車いすが用意してあり、黙って車いすに乗せられると、業務用のエレベーターからホテルの裏口に降ろされ、そこに待機してあったタクシーに乗せられて、香港島の山の中腹にある大きな病院に連れて行かれたのです。