ファーストクラス・ビジネスクラスのお客様

トータルで20数年間成田空港に勤務していました。
外資系航空会社ですから出張はほとんど海外。
私は運航の責任者として、社内での査察官の任務も持っていましたから、自分の勤務地である成田空港だけでなく、会社が就航しているアジア・パシフィック地域の空港で、きめられた規則や手順通りに飛行機の運航が行われているかを調査し、チェックするのが私の仕事の一つでした。
当時、私が担当していたのはシドニーとシンガポール、そして台北、北京、上海。この空港を年に2回訪れ、査察を行います。
また、管理者としての教育や、技量の維持などの訓練が本社があるロンドンや、アジアの中心地である香港で行われますので、その度に出張が入ります。
その他に、新しいプロジェクトの会議などもありますから、多い時では毎月どこかへ出張していました。
これだけ海外出張があると、さぞかし羽が伸ばせそうで皆さんうらやましいと思われるでしょうが、通常の業務にプラスしての出張ですし、8時間とか12時間とか夜通し飛行機に乗って出かけるわけですから、旅気分を楽しめるのは最初の数回だけ。そのうちだんだん苦痛になってきます。
学生時代にはヨーロッパに行くのに、航空運賃が安くて余計に時間がかかる南回り便を、わざわざ選んで、「安いのに長く乗れて、機内食も数多く食べられるから得だ」と思っていた自分が不思議に思えてきたのです。
私の仕事場は空港でしたから、会社からそのまま飛行機に乗ります。
ぎりぎりまで仕事をして、ポンと飛び乗って、延々と飛行機に乗って、目的地に着いた空港が仕事場となるわけです。
ロンドンについても、シドニーでもシンガポールでも、どこへいっても空港近くのホテルにチェックインして、街に出ることもほとんどなく、ルームサービスで食事をして、会議に出席したり査察の仕事をしたりして、用がすんだらそのまま帰ってくるのです。
近くにコンビニがあるようなところでは、デリと呼ばれる持ち帰りのお惣菜にその国の缶ビールがお友達です。
そんな出張でも、ホテルに泊まれればましな方で、今思えば、一番忙しかった出張はシドニーへの日帰り。
日帰りと言っても片道9時間かかるわけですから、夜行日帰りになりますが、
夜成田を出て翌朝シドニーについて、1日仕事をして、夜シドニーを出る便に乗って翌朝6時に成田着。
0泊3日のコースです。
今は知りませんが、当時、成田―シドニー間の便は夜行便だけで、昼間飛ぶ便がありませんでしたので、今夜の便の次は翌日の夜の同じ時刻。
夕方仕事が終わって、翌朝の便があればホテルに泊まりますが、翌日の夜まで便がないとなると、「じゃあ、このまま帰るか」となるわけです。
航空会社勤務だから、予約なんてどうでもよくて、席があれば、「乗ってくよ!」と一言言えば直前でも乗れるのも、はたして便利と言えるかどうかわからないですね。
ということでシドニー滞在12時間で、再び機内の人となり、夜通し飛んで成田に戻ってくる。
成田に戻ってくると、着いたところが仕事場ですから、シドニーから朝帰ってきてもそのまま仕事です。
出張に行く前の日も朝から仕事をした後に夜の便に乗ってますから、会社から飛行機に乗って翌々日の朝、また、会社に出勤してることになるのですが、うちのカミさんには、3日間たっぷり出張へ行って羽を伸ばしてきたと思われているのが切ないところなのです。
若いころ、それこそ20代のときは出張が楽しくて、嬉々として出かけてましたが、その頃は平社員ですから決まってエコノミークラスの座席。
それでも、飛行機に乗って出張へ行くのが楽しかったから何の苦にもならなかったのですが、だんだんと年齢が上がるにつれ、それに伴って会社での地位が上がってくると、ビジネスクラスやファーストクラスに乗っても良いよ、となってきます。
最近ではビジネスクラスもフルフラットになるシートがほとんどですから、まっ平らな座席でぐっすりと眠ってしまえば、それまで12時間が長いと思っていた距離も、半分の6時間か7時間ぐらいにしか感じなくなりますから、体は楽になりました。
でも、若いころ、エコノミークラスで出張していたころは、あまり大きな仕事はしていなかったし、抱えている仕事も少なかったですから、のんびりと開放的な気分で行けた出張も、時間に追われ、仕事に追われる立場になると、たとえビジネスクラスやファーストクラスに乗って良いよといわれても、行きたくなくなるものなのです。
世の中にはビジネスクラスやファーストクラスで移動している人たちがたくさんいらっしゃいますが、皆さんたくさんの業務を抱え、さぞかしお忙しい方々なんだなあと思います。
出発前の空港のラウンジに、なぜシャワールームがあるのかもご理解いただけると思います。
シャワーを浴びているときに、「なぜ、ホテルじゃなくて、こんなところでシャワーを浴びてるんだろう」と考えるものなのです。
エコノミークラスの客席から見ると、飛行機の前の方で、カーテンが閉まった向こう側の世界。
お酒は飲み放題だし、おいしそうな機内食がワントレーではなく、お皿を変えてサーブされるんだろうなと思うと、うらやましいし、いつかは乗ってみたいと思われるでしょうが、人生、意外とそう思っているうちが幸せなのかもしれませんね。
いざ、ビジネスクラスやファーストクラスに乗れるようになると、その頃には、体がいろいろな料理やお酒を受け付けなくなり、食事制限などが課せられるようになっているものだと思います。
私は、もう海外出張へ行く仕事からは解放されましたし、飛行機に乗って出かけるとしても、せいぜい台湾か南の島以外へは休暇の旅行でも行こうと思わなくなってしまいました。
それよりも、田んぼの中をキハ52で風を切って走る瞬間が最高に幸せなのです。

[:up:]前菜のサラダとほうれんそうのスープ。この後、メイン料理、そしてデザートと続きます。
「俺は眠いから、早く食事を出してくれ!」という需要が高くなり、便によっては空港のラウンジで食事をして、機内では一切サービスがないという「サービス」も、ビジネスやファーストでは主流になりつつあります。
自分を振り返ってみると、飛行機に乗るときは機内食が楽しみと思っていたときが、けっこう幸せだったのだと思います。
飛行機が大好きな私でも、こう思うのですから、ビジネスクラスやファーストクラスで移動されているお客様は、ほんとうにご苦労様です。