昨日は同窓会でした。
夕方から飲んで帰宅が午前様でしたので、ブログの更新ができずご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。
大韓航空の同期の集まりと言いますか、正式な同窓会ではなくて、なんとなく時々集まって飲む仲間たち。
35年も経って、こうしてみんなで集まってくれるのですから、ありがたい仲間たちです。
場所は静岡県の掛川駅前。
どうも酒が弱くなったなと実感しました。
生ビール3杯、その後芋焼酎の水割り4杯飲んで撮りました。
芋の水割りのグラスがなぜか生ビールと同じ大きさだったからか。
私、悪い癖があるんです。
気の合う仲間と飲むと、とことん飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで。
となるわけです。
この写真のおっさんたちは皆63~64歳。
真ん中の裕美ちゃんだけがまだ50代前半。
彼女は短大出てすぐに入ってきたので、10歳ぐらい年下であります。
で、その裕美ちゃんが、「私、ソウルに研修へ行った時の写真出てきた。」と言って見せてくれたのがこれ。
前列右から3人目が彼女です。
なんか、バブルの名残りを感じますねえ。
「今と全然変わらないねえ~~」
こういう時はそう言うものです。(爆)
これは1992年の写真のようですのでこの時私はすでにこの会社にはいませんでしたが、昨日集まったおっさんたちは皆このソウルのトレーニングというのに行ってるのです。
当時、大韓航空(韓進グループ)の研修施設がソウル郊外の水原(スウォン)というところの山の中にありまして、午前6時に大音量で音楽がかかって起床!
2段ベッドの部屋で飛び起きて5分後にはグラウンドに集合!
私は1月でしたが、1月のソウルの午前6時はまだ真っ暗で、土のグラウンドで10センチぐらいの霜柱が立ってる中をランニングです。
霜柱を踏みながら照明灯に照らされたグラウンドをこのユニフォームを着て何十人もがランニング。
ザクザクザクザクという音がピーンと張りつめた氷点下の空気の中を鳴り響いているのです。
そう、かの国は徴兵制の国ですからね。企業の研修もまるで軍隊です。
当時私は確か28ぐらいでしたが、喫煙者でしょ。
喫煙者にとってランニングはきつい。
韓国人部隊はザクザクザクザクとランニングしてますが、外人部隊はついていかれないのです。
日本人ばかりじゃなくて、アメリカ人、ドイツ人、カナダ人、台湾人、シンガポール人などが各ステーションから研修に送り込まれてきていましたからねえ。
「これは一体なんだ?」
「今時こんなトレーニングあるのか」
などなど、文句ブーブーでしたよ。
飯もまずかったし。
というような話をみんなで懐かしがってする飲み会です。
で、この会は思い出したようにやっていて、前回が2017年9月。
先週、上越妙高でNゲージのジオラマを発表した元JTBの佐藤英也さんと、偶然千頭の駅でお会いしたお話をしましたが、その前日に浜松でこうして皆で飲んでいて、翌日大井川鐵道のSLに乗って千頭へ行ったのです。
焼肉食べて、2件目に居酒屋へ行って出てきた卵焼きが瓦のようなものに乗っかってきて大きかったなあ。
この人は韓(ハン)君と言って元日航ホテルのホテルマン。
一緒にSLに乗って、千頭へ行きました。
そうしたらそこに佐藤英也さんが居まして、二人同時に「どうしてこんなところにいるの?」となったのであります。
で、私は前日の深酒に、このビールの迎え酒がたたって金谷に着いたらお腹が痛くなりまして、その日は名古屋に寄る予定だったのですが、掛川から急遽新幹線で東京へ帰ったのであります。
と、そんな話をしていたのですが、
「いやぁ、あれから7年か。早いもんだなあ。」
と私が言うと、
「鳥塚、お前覚えてないのか?」
と言われまして、何を覚えてないかというと、実はその2年後の2019年11月に、またみんなで会っているのです。
「あの時さあ、確か中津川に行く用事があるから、帰りに寄ろうか?って言ってくれて、掛川で飲んだじゃないですか。」
ガ~ン!
全く記憶にない。
みんなの言うところでは、掛川の駅の中にある魚民で飲んで、くれたけインに泊まったらしい。
「みんなで掛川駅をバックに写真撮ったじゃないか。」
いやいや、本当に全く記憶にない。
記憶がぽっかりとぬけているとはこのことです。
で、今日ハードディスクの中の写真を調べたら出てきたんです。
確かに私は2019年11月14日の19時過ぎに掛川に降り立っていたのであります。
この時は新潟での仕事が始まったのでご挨拶がてら皆の顔が見たくなりまして連絡したのです。
ではなぜいつも掛川かというと、裕美ちゃんが掛川の出身で、隣町で飲食店を経営しているからで、細身の韓は名古屋から、あとの二人は神奈川と東京なので中間地点のこの場所が集合するのにちょうどよいからであります。
「鳥塚さん、買い物どこへ行ってるの? あたし、現地妻やってあげようか?」
「それいいんじゃない?」
「裕美子、おもしろそうだからやってみたら?」
「いつもお世話になってますって言って、会社へ行っていい?」
と勝手に盛り上がりやがって
バカヤロー、やめてくれ!!!
この年になって波風は立てたくありませんぜ。
まして、昔の自分を知っている連中にそう言われると、なんだか古傷が痛むようで。
いやいや、怪我したことはありませんよ。(冷や汗)
ということで、昨日は帰宅したのが午前1時半。
でもって、ぽっかり空いた記憶の隙間を確かめようと、今日はハードディスクの中を調べたところ、確かに私は2017年9月1日と2019年11月14日に静岡で飲んでいたのでありました。
で、いろいろな写真が出てくるものですが、写真を見れば前後のストーリーまできっちりと思い出す。
9月1日の前日、8月31日に私は長野県の松代へ行ってました。
それから10日後の9月10日の写真がこちら。
私は夜の女満別空港で美女とビールを飲んでいたのです。
この美女は皆さんご存じのいすみの将軍様、しほさんです。
2人で北海道デートしていたわけではありませんよ。
実はこの時、りくべつ鉄道のイベントがありまして、その帰りです。
その証拠に私の後ろにT先生と池ちゃんが写っています。
そしてこのテーブルの正面でシャッターを切ってくれたのが鈴木助役でした。
助役の隣が有名な川島令三先生。
この時、女満別空港の食堂でみんなで和気あいあいとご飯を食べていたのですが、その時にテレビのニュースが流れてきました。
小田急電車が沿線火災で停車したところへ火の手が迫ってきて、電車の屋根が燃えてしまったというニュースです。
私が
「先生、たいへんなニュースですよ」
と画面を指すと、このにこやかな先生の表情がサッと緊張した面持ちに変わりました。
そして、先生の携帯が鳴り初めまして、あちらこちらと電話のやり取りをした後に、
「羽田に着いたら、そのままテレビ局へ行くことになりました。」
という話になったのであります。
写真を見ただけで、ちゃんとこういう細かいところまで思い出すんですけどね。
でもなぜ、この2年後の11月に掛川で飲んだことは全く覚えていないのでしょうか?
まだらボケ?
どうやらそういうお年頃なのかもしれませんね。
毎晩アルコール消毒していると、記憶まで消えてしまうようです。
ということで、明日に備えて今夜はこの辺でお開きにいたしましょう。
ありがとうございました。
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