輸送の余裕

昨日のブログで新幹線オフィス車両について書きました。

東北・上越・北陸新幹線の8号車をオフィス車両に設定し、同じ列車の乗車券と特急券をお持ちのお客様へ開放しているのが新幹線オフィス車両。
一応「車内でオンライン会議やパソコンを使ってお仕事や打ち合わせなどができます。」ということが大義名分ですが、中には多分自由席のお客さんでしょうね。最初から着席目当てで8号車に乗り込んで来て、スマホをいじっている女性もいましたし、私などはとりあえずパソコンは開いたものの、そのまま爆睡してしまっても車掌から「ここはお仕事をするところですよ。」などと声を掛けられることもなく、まして、「乗車券拝見」もなく、そのまま快適に目的地まで到達できましたから、ありがたいことだと思います。

新幹線や特急列車などは、昭和の時代から輸送力増強の名の下にどんどん増発を繰り返してきていて、とにかく旺盛な需要に対応していくのが精一杯でした。

当時、輸送にはまったく余裕というものがなくて、編成中に共用スペースのように存在していた食堂車さえいつの間にか座席にしてしまうような、そんな状況でしたが、これは何も鉄道ばかりでなく航空の世界でも1969年に登場したB747ジャンボジェットは、当時、2階部分はファーストクラスのお客様用に設定されたラウンジでしたが、いつのころからか座席になってしまいました。

つまり、経済成長が続いている時代は、輸送には余裕というものがなく、旺盛な需要にどうこたえていくかが問われていたために、乗客としてみれば窮屈な座席に押し込まれて目的地まで我慢するしかなくて、それが当たり前だと思っていたのです。

そうなると、どういうことが起きるかというと、乗客の心理としては、狭い座席に押し込まれている時間はできるだけ短い方がよく、同じ狭い思いをするのであれば料金が安い方が良いという2つの傾向が生まれます。

つまり、国内輸送の場合ですが、鉄道車両の中で狭い思いをするのであれば、同じ狭さなら多少お金を払っても早く到着する飛行機の方が良いという需要と、同じ狭さなら運賃が安い高速バスの方が良いという需要が現れて、鉄道というのはそのどちらにも対応できなくなってきていたのです。

そんなことを考えていたら思い出したのが1980年代後半から1990年代初めごろにかけて、ブルートレインの食堂車が営業を取りやめ始めて、その食堂車をラウンジカーやロビーカーとして乗客に開放していた時代がありました。

1990年代の時刻表の列車編成表です。
あさかぜ3・2号と瀬戸にラウンジカーという表示が見られます。

同じあさかぜでも1・4号や上の富士、みずほには食堂車のナイフとフォークのマークがあります。

あさかぜ1・4号は東京から博多まで行くのに対して3・2号は下関止まりですし、瀬戸は高松までですから東京駅発の寝台特急の中では走行距離が短い列車です。
こういう列車は食堂車は需要が少ないと見切って営業を取りやめたのですが、その食堂車のスペースをラウンジカーとして列車の乗客に開放したのです。

このあさかぜと瀬戸のラウンジカーはフリースペース用のソファーを備えた客車を新造して編成に組み込んだもので、その客車というのはパンタグラフを備えた電源車の役割を持った車両でしたが、その他にも営業をやめてしまった食堂車をそのままフリースペースとして開放している列車もありました。


▲出雲1・4号は営業休止した食堂車がそのまま連結されて乗客のフリースペースとして利用されていました。

こういうフリースペースのような取り扱いがなぜ起きたのかというと、これはまさにブルートレインの衰退をあらわしていて、利用客が少なくなってきたから食堂車の営業をやめる。余ったスペースをラウンジとして利用するというところから来ていたのですが、一時的な需要喚起策となったものの最終的には列車そのものがなくなってしまいました。

今回の新幹線オフィス車両も、あくまでもコロナでお客様がいなくなって列車がガラガラで、なおかつ出張需要の再興が難しいと考えられていることから、出張のお客様に便宜を図ろうということがスタートラインです。
パソコンの音がうるさいとか、仕事をしやすいということは二の次で、その証拠にWifiを強化しているようでもありませんから、みんなで使うと途端に通信速度が遅くなってしまい、電車の中で書いた昨日のブログは写真をUPするのでさえいつもよりも時間がかかりました。

とは言えこの新幹線オフィス車両は、土休日や年末年始などの観光や帰省需要が旺盛な時にはそのまま座席を販売しますから特別な造作はせずにいつでも転用できるようにしてあること。また、北陸新幹線の場合はJR東日本とJR西日本とにまたがる区間を走るのですが、この毛色の違う2つの会社が同時に同じことを始めた、それもコロナが落ち着いているすきを狙って間髪を入れず始めたのですから、私はその点に関してはきちんと評価できると思います。

かつてのラウンジカーやロビーカーは、なんだかやたらに詳し気な顔をしたマニアのような人たちが長時間占有していましたし、その前の食堂車の時代は自由席に座れない乗客が着席目当てでやってきてビールとハムサラダで粘るなんてことがありまして、売り上げが上がらずに衰退していったことなどを考えると、日本人はこういう共用のフリースペースを使うのが下手な国民だと思いますが、日々の需要に合わせて編成を小まめに組み替えることができない固定編成の新幹線電車の使い方としては、とりあえず「やってみなはれ」だと私は思います。

ただ、登場の状況がコロナで輸送の余裕ができたことですから、いずれ需要が回復すればなくなるでしょうし、このまま需要が回復しなければ列車の編成そのものが短くなるのですから、乗るなら「今でしょ!」と考えています。