新幹線で2駅の距離感

私は社会人になってすぐの頃、しばらくの間進学塾で先生をしていました。

国鉄に入ることもできず、飛行機乗りの職もなく、親の言うことも聞かずに早くに結婚したので女房子供抱えて生活していかなければならないという現実もありまして、学校は嫌いでしたが勉強は嫌いではなかったので、一般の仕事より給料が良かったこともあってチェーン店の進学教室にお世話になりました。

当時はバブル前夜で教育熱も高く、チェーン店の進学塾も拡大戦略で、イケイケの時代でした。

教えていたのは主として中学受験生と高校受験生。
高校受験はほぼ100パーセントの中学3年生の需要がありましたが、中学受験というのは特殊なマーケットで、実に面白かった。
経験した方はお分かりいただけると思いますが、数学よりも算数の方がはるかに難しくて、教える側にとってはそれが実に面白かったのです。

さて、そんな学習塾時代の数年間に私は2つのことを学びました。

1つは、「親は優秀な子供にはお金をかけるが、莫迦な子にはお金をかけない。」ということ。
もう1つは、「優秀な学校は通学範囲が広い。」ということ。

私は世の中の法則のようなものを探すのが趣味なんですが、この時に見つけた法則がこの2つです。

法則というからには時代を超えて全国どこでも通じなければなりませんが、あれから35年以上が経過した今でも、ほぼ間違ってはいないと思います。

実はある時、鹿児島県の肥薩おれんじ鉄道を訪ねたときのことです。
出水(いずみ)というところに車両基地があって、そこを訪ねた帰り道に、ホテルのある鹿児島市内まで新幹線で向かうべくホームに上がりました。
当時の古木社長さんが一緒でしたが、その時私はホームである発見をしました。

夕方の5時過ぎの出水駅の新幹線ホームに制服姿の高校生がたくさん電車を待っているのです。

私は古木社長さんに聞きました。

「こんなに新幹線通学の生徒さんがいるんですか。」

すると古木社長さんはニコニコしながら、「予備校に通ってるんですよ。」とおっしゃいました。

「予備校ですか?」
「そう、そう。ここら辺は新幹線ができて鹿児島市内まで20分ちょっとになりましたから、それまでの鹿児島本線時代にはできなかったことができるようになって教育水準が上がりました。新幹線ができたら鹿児島中央駅の周りに急にたくさんの予備校ができましたよ。」

どうりで新幹線の電車を待つ高校生たちは皆さん参考書を熟読している。
在来線のホームで地べたにベタっと座ってダベッている連中とは人種が違います。

出水から鹿児島中央まで往復すれば7000か8000円の交通費がかかります。
週2回として月に6~7万。それに予備校の授業料を入れると教育費としては大きな出費になりますが、それでも新幹線ができる前は自分の子供に高い水準の教育を受けさせたければ、県庁所在市の高校に入れて下宿をさせなければならなかったことを考えれば、家から通って志望校を目指せるのですから、お金の問題だけではないのでしょう。

優秀な子供には親がお金をかけるということなのです。

また、そういう優秀な生徒が集まる優秀な学校というのにも傾向があって、それは何かと言うと通学範囲が広いということ。
私も学習塾に勤務していた経験がありますから、自分の子供も本人の希望と能力によって遠くの学校へ通わせた口です。
息子たちは千葉県の佐倉市から渋谷や、都内を通り越して練馬の方の高校まで通っていましたが、親としては黙って学費や交通費を用立てましたし、同じ兄弟でもそれなりの子は電車で2駅のシティスクールに入れました。

このように優秀でない子供は親は近場の学校に入れますが、優秀な生徒というのは広い範囲から集まってくるというのも事実ですから、交通が便利なところでないと優秀な学校というのは存在しないのです。

例えば、高田には毎年たくさんの東大合格者を出す学校がありますが、そういう学校は生徒が遠くから通ってくるという傾向があります。
トキ鉄の朝の通学電車は信越本線の柿崎、柏崎方面から4~6両編成で直通でやってきますが、その理由は優秀な学校の生徒は遠くからやって来るからです。

だから、そのためにトキ鉄としては前の晩に柏崎方面に回送を兼ねて長い編成の電車を送り込んで夜間駐泊させて、翌朝の片道輸送のために一見無駄と思われるようなことをきちんとやっているのです。

私は就任前から自分なりのリサーチをしてそういうことに気づいていましたから、就任してすぐに直江津駅のホームに高校生のための自習室を設置しました。
朝は直通列車でやって来るとしても帰りは直江津で乗り換えになります。
糸魚川方面からの生徒さんもたくさんいます。

そういう生徒さんたちに時間を有効に使ってもらいたいからで、同じ通学定期旅客とはいえ、ホームの地べたに直接座り込んでダベッている連中とは一緒に扱うべきではないと考えたからです。(私が高校生の頃は地べたに直接座り込んでダベッてる側でしたけどね。)

直江津駅ホームの自習室はおかげさまで利用率高めです。
夏休み中は日中もエアコンの効いた部屋でいつも数名が勉強中でした。
ここから将来の日本を背負って立つ人材が出てきたらうれしいなあと思います。
それが、公的な企業の一つの役割ではないでしょうか。

さて、我々交通事業者というのは交通のプロで、交通のプロというのは基本的にはそういうことまできちんと考えて事業を行っているのですが、いつのころからか、この国ではそういう交通というものに対して「赤字か黒字か」しか言わなくなりました。

行政の担当者は数年ごとに配置が換わりますから交通に関しては素人ばかりです。
その素人が交通事業者に向かって、「お前ら赤字なんだから減車しろ、減便しろ、廃止しろ。」と権力をかざすのが全国的な日常になってきていますが、そんなことをしていたら地域はますますダメになるのです。

なぜなら交通が不便な地域には優秀な生徒が出ないからです。
自分が親だったら、交通が便利なところへ引っ越しますよ。
これが全国共通で見られる現象なのですから。

例えばこんな話を聞きました。

北海道の超田舎の町に移住した家族がいます。
移住ですから、もともと都会に住んでいた意識高い系の方々でしょう。
田舎の町にとっては、そういう方が移住してきてくれるというのはとてもありがたいことです。
その方には娘さんがいて、音楽の才能が有るらしい。
親としては娘さんのその音楽の才能をもっともっと伸ばしてあげたい。

ではどうしてその意識高い系のファミリーが鉄道も無いようなそんな超田舎の町に移住してきたのか。
その理由は、町はずれに空港があるからです。

自宅から15分の所に空港がある。
空港があれば札幌へも東京へも直通で行かれます。
お父さんが自分の仕事で東京へ日帰りできることはもちろんですが、娘さんが札幌の先生の所へ音楽のレッスンに通うこともできる。
空港まで15分、札幌まで1時間ですからね。
月に1~2回のレッスンならば札幌は十分射程距離内で、特急で3時間5時間というところよりもはるかに便利が良いのです。

これが交通というものなのです。

ふだん田んぼで草刈りをしてるような田舎の町の町長さんならまだしも、国や県レベルになったら、赤字黒字といった話ばかりではなくて、もっと大きな視野に立って、この国を、あるいは自分たちの地域を将来どうしたいのか、どうあるべきなのかをきちんと考える癖をつけましょうね。

さてさて、本日のタイトル、「新幹線で2駅の距離感」。
九州新幹線の出水から鹿児島中央まではちょうど2駅。
このぐらいの距離感であれば、新幹線は今や地域交通なのであります。

例えば上越妙高から2駅だと長野ですね。
糸魚川から2駅だと富山ですね。
上越地域の人たちは新幹線で2駅、わずか20数分でお隣の県ではありますが県庁所在地へ行かれるのです。

そしてそこには優秀な高校や予備校がたくさんある。

何しろ新潟県に比べると長野県も富山県も教育熱心ですから東大合格者数も桁が違います。
北陸新幹線の効用というのは、何も東京まで日帰りできるようになったということだけではないのです。

新幹線が上越地域に通ったということは、そういう直接的には目に見えないような、国家百年の逸材を輩出できる可能性がこの地域にもたらされたということなのです。
これが新幹線が地域にもたらす目に見えない利益なのです。
そしてその新幹線が通ったからトキめき鉄道があるのです。
ここが大事なのでもう一度。
「そして、その新幹線が通ったからトキめき鉄道があるのです。」
なぜなら、それが並行在来線だからです。

地域の皆さん、そういうことを考えていらっしゃいますでしょうか?

日本国中で鉄道が廃止になって地域そのものが廃れたところはたくさんありますが、その傾向はまず教育水準に現れます。

ウソだと思ったら調べてみたら良いんですよ。
鉄道が廃止になった地域、交通が不便になった地域の学力が3年後、5年後、10年後にどうなっているか。
こんなものはすぐにわかるでしょう。

でも、怖いですよ。

とてもじゃないけど、発表できない数字になっていると思いますから。

だから、鉄道というのはふだん田んぼで草刈している田舎の町から出たことがない町長さんのような権力者が存廃議論に加わってはいけないのであります。

皆さん、もっと大きな目で交通というものを見る癖を付けましょう。

国家百年の計ですからね。

先を見ることができなければ国や地域は廃れるのです。

何のために、今、このタイミングで渋沢栄一物語をやっているのか、よ~く考えましょう。

この後のお話しは「鳥塚亮のローカル鉄道オンラインサロン」で、お待ちしております。

https://lounge.dmm.com/detail/3777/index/


▲申し訳ございませんが、規約に同意して入会しないと入れない有料サロンでございます。