昔のオフィス、昔の仕事

私が社会人になったころは事務所の机の上にはコンピュータはありませんでした。
今のようにキーボードがあったり、モニター画面があったり、サーバーがあったりすることもありませんでした。

顧客台帳や売上台帳などが並べてあって、電話を取りながらその台帳を引っ張り出して注文を受けたり問い合わせに答えたり。

20代で航空会社に入ったときはチェックインや予約はコンピューター化されていましたが、今のようなカラーの液晶画面にマウスでカーソルを合わせるのではなく、もちろん画面タッチでもなく、ブラウン管のモニターに緑色のアルファベットが並ぶだけのもの。
頭の中でフォーマットを覚えていて、航空券の発券もチェックインも予約も文字を打ち込んでいくスタイルでした。

航空券の発券なら
C*TYOYYSEL/XYYPUS
という感じ

チェックインなら
KIM1M1/20SELKO□NW
というように文字を打ち込んでいってエンターすると答えが表示される仕組みでした。

KIM1M1/20SELKO□NW
これを解読すると
旅客名キム、男性1名、荷物1個の20キロ、行先ソウル、国籍韓国(本国)、そして禁煙窓側を希望。

国籍を入力する際には日本人ならJPと打つのですが、韓国籍の場合はKO(韓国本国の人)、KJ(在日韓国人)、KA(在米韓国人)、KX(その他の地域に住んでいる韓国人)と細かく入れなければなりません。
その理由は、きちんとパスポートをチェックしなさいということ。
当時は北朝鮮の女スパイが飛行機を爆破したりといろいろありましたから、チェックインの際にはパスポートを詳細に確認することが求められていましたし、その情報が乗務員にまで伝わるようになっていました。

こういう情報を14インチぐらいのブラウン管画面に打ち込むと、システムが答えを出してくれるのですが、入力を1つでも間違えると「invalid」と一言返って来るだけ。

「違いますよ(invalid)」と言われても、今のように間違っている部分が赤くなったりしないから、どこが違うのかわからない。
コンピューターは教えてくれないのです。
画面の前でジーっと固まっていると、横から同僚や先輩が画面をのぞき込んで、「ここだよ。」と間違っている場所を教えてくれました。

NW(禁煙窓側)の前に「□」のマークがありますが、これは「lozenge」と呼ばれるキーがありまして、そのことです。私は蝋善寺と覚えましたが、今でいうところの「@」のようなものですね。

こうやって、打ち込んだ答えに座席が返ってきて、「蝋善寺P」と打ち込むと搭乗券が印刷できるのですが、その搭乗券も1枚1枚手差しで入れたものに、機械がカタカタと音を立てて印字して出てくるスタイルで、当時はまだビジネスクラスはありませんでしたが、ファーストクラスとエコノミークラスの搭乗券が用意してあって、職員が選んで印字させる仕組みでした。
さらに、エコノミークラスには2種類の色があって、座席の列番によって使い分けろと言われていました。
後ろの方の人は茶色の模様の搭乗券。
前の方の人は青色の模様の搭乗券。
そうすれば搭乗開始の時に、「40列目から後ろの方からどうぞ」などと言わなくても、「茶色の搭乗券の方からご登場ください。」と言えば一目瞭然ですからね。
だからチェックインの際にスタッフがお客様の座席番号によって印刷する搭乗券の色を選んで機械に差し込んでいたのです。

今のように飛行機に乗るのが当たり前の時代ではなく、まだまだ国民が海外旅行へ行くことが一世一代の儀式のようなところがあった時代です。
特に韓国や台湾という所は、男の人がお金を持って遊びに行くところというイメージの場所でしたから、今のように若い女性同士がふらりとおいしいものを食べたり、ショッピングに行くなんてことは考えられませんでした。

まぁ、そういう時代の変化を見てきた身としては、観光地でも何でもないところが人々がこぞって行く場所になるというのも、いくらでも可能だと考えるのではありますが、その時にキーポイントになるのは当時も今もやはり女性と子供たちだと思います。

さて、そんな感じでチェックインをして、搭乗ゲートでお客様を飛行機にご案内して飛行機が出発すると、事務所へ戻ってきて残務整理や明日の準備をするのですが、下っ端の役割はテレックスの処理。

ロール紙が仕込まれたプリンターからカタカタと英文のテレックスが際限なく打ち出されていて、しばらくぶりに事務所へ帰ると打ち出された紙がだらだらと床にまで広がっている状態で放置されています。
プリンターのロール紙は2重になっていて、1枚目は本文ごとに切り取って仕分けをして各担当者に渡し、2枚目の複写は記録として保存しておきますから、もう一度ロールにしなければなりません。

一度広がった紙をもう一度ロールに戻すのは至難の技ですが、実はちょっとしたコツがありまして、私は多分今でもピタッと元のようにロールにできると思います。

そうこうしていると、航空券をチェックしていた先輩から声がかかります。

「おい、703便、チケット1枚足りないぞ!」

当時はEチケットなどありませんから、1人1枚紙の航空券。
飛行機に乗った人数とチェックインカウンターでもぎった紙の航空券の枚数が合わないのです。
そうなると事務所の人間が全員で確認作業に入ります。
チェックインのデータから乗客名簿をプリンターで印刷して、手元の航空券と照合していく作業です。
韓国人の場合、ジャンボジェットが満席だとKIMさんやLEEさん、PARKさんなど同じ姓の人が1便に30人も40人もいますから、航空券も同じ名前で仕分けして、手分けして搭乗リストから消していきます。

当時の航空券は裏が赤いカーボン式でしたから、みんなの手も赤く染まります。

この作業は時間との戦いで、なぜなら成田を離陸した飛行機は2時間後にはソウルに到着してしまいますから、それまでにもぎり忘れた乗客を突き止めて、ソウルにテレックスを打って、降機するお客様の中からその人を捕まえて、航空券を確認し、東京-ソウルの分をもぎってもらわなければならないからです。

そうしないと成田支店のミス扱いにされてしまって、その分の金額が本社から成田にチャージされるという仕組みでしたから、みんな真剣になるわけです。
私は、航空券というのは発券した段階ですでにお金が会社に入っているのですから、ミスしたところにその金額をチャージするなんておかしいのではと考えていましたが、下っ端ですから黙って作業するしかありません。
その時は、もぎり忘れたのは自分ではないことを祈るばかりです。

「はい、わかりました。43A、お名前はLee/SJ MS」

全部調べ終わると、1枚足りない航空券の主が判明します。

「誰だ~!」

と主任が鋭い目つき。

誰がチェックインしたかはコンピュータに残っていますから、逃げようがありませんね。

幸いなことにミスした人間をつるし上げるような雰囲気の事務所ではありませんでしたが、反省反省。
そしてソウルにテレックスを打つのです。

これもブラウン管に向かって、暗号のように文字を打ち込みます。

Y.QU SELKIKE
.NRTKIKE
///URGNT RQ///
RE KE703/D NRT/SEL
PAX LEE/SJMS
SN 43A
PLS P/U TKT FR NRT/SEL ON ARR
RGDS

とこんな感じ。

するとしばらくして、ソウルから、「お客さん見つけて取りましたよ」という返事が来て一件落着。

お疲れさまでした。
という毎日でした。

当時の私。
29歳。
左は5歳上の先輩の神谷さん。
神谷さんからは仕事からお酒の飲み方までいろいろと教えていただきました。
大変お世話になった先輩です。
今、どうしてるかな。
デスクの上にはコンピューターはありませんでしたね。

那覇空港にいる当時の仲間の遠藤さんがこんな写真がありましたよと言って送ってきてくれたものですから、当時のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。
遠藤さん、ありがとうね。
近々遊びに行きますね。

そういえば中にはひどい客もいて、予約がないのに予約OKで空港に来るんです。
バブルに向かっていた時代でしたから、とにかくどの便も満席で席が取れない。
そういう時に、旅行会社によっては予約が取れていないまま航空券に「OK」と書き込んでお客様に渡してしまうんです。
「お客さん、この便は込み合ってますから、できるだけ早く空港へ行ってチェックインしてください。」とか言ってね。
自分のところの大切なお客様ですから、旅行会社も必死なのはわかりますが、予約が取れてもいないのに航空券面上にOKと書いて「はい、どうぞ」と渡してしまうのですから、はっきり言って出鱈目です。

でもって、満席どころかただでさえオーバーブックしている便に予約がない人が「予約OK」の航空券を持ってくるのですから、チェックインカウンターにいる私はそりゃあ、焦りますよ。
目の前のコンピュータを操作しても名前が出てこない。

「お客様、ご予約ありませんが・・・」

などと言おうものなら、当時の韓国便の客ですから瞬間湯沸かし器のように真っ赤になって机をたたいて「ふざけるな!」と怒り出す。
仕方がないので、その航空券をもって主任のところへ行くと、主任は「わかった。こちらにご案内しろ。」と言う。
お客様を主任のところにご案内すると、主任はニコニコしながら「はい、どうぞ。お気をつけて。」なんて言いながら搭乗券を渡してるし、お客もニコニコしながら去っていく。

一体どういうこと?

とか思ってると、今度は予約があるのにチェックインしても搭乗券が出ないお客様が。

ああ、そういうことね。
主任がさっき予約の無い人に搭乗券を渡してしまったのだから、予約があっても搭乗券をもらえない人が出るのですよ。

「すみません、お客様、今、お席がご準備できないので少々お待ちください。」
などと言おうものなら、
「ふざけるな、バカヤロー!」

当時の皆様は瞬間湯沸かし器系が多かったものですから、毎日毎日バカヤローの連続でした。

気になるから後で調べてみると、予約のデータの中にリクエストベースのデータというのがあって、その中にさっきのお客様の名前がある。航空券のデータもちゃんと入っているからお客様が怒るのも嘘じゃない。いったい誰がこんなことをやっていたのかとさらにその先を見ると、旅行会社から航空会社へ「こういう人を送りますからよろしく」といったメッセージも入っていたりして。

ジャンボジェットが登場して以来、席を埋めるのに四苦八苦していた航空会社と、お客様を探してきてくれる旅行会社との力関係が如実に出ていた時代でした。

今思うと、面白い時代でした。

何しろ、適当なことを言っても、コンピュータなどありませんのでいくらでもごまかしがきいた時代でしたからね。
お客様の最前線に立つ航空会社の現場職員としては、毎日がギャンブルでしたけどね。

ところで、予約がないにもかかわらずお客様に「できるだけ早めに空港へ行ってください。」と渡された航空券の発券箇所に「東急観光」と書かれていたかどうかは記憶しておりませんが、そういう時代に旅行会社の職員として積極的に営業に回っていた方を私は知っておりまして、今回その方をトキめき鉄道にお迎えして、再度積極的にお仕事をしていただこうと目論んでいるのであります。

予約が取れてもいないのに、航空券を発券して(しっかりお金だけは頂いて)空港に送り込んでしまう旅行会社のスタッフと、何とか適当にごまかして目の前のお客を納得させて、1席も空けずに飛行機を出発させる航空会社のスタッフ。
出鱈目と言えば出鱈目ですが、30年後にその成れの果てが一緒になって同じ会社で悪だくみをするのですから、トキめき鉄道は業界最強の会社なのであります。

日本広しと言えども、幹部にこういう猛者がそろっている鉄道会社は、今の時代他にはないと思います。

だから、これからどんどん面白くなるのであります。

何とかと鋏は使いようですから、皆さん上手に使ってくださいね。

昔の友人から送ってもらった1枚の写真から、こんなことを思い出した一日でした。