オーバーブックとは。

アメリカの国内線でオーバーブックがあって、乗客を機内から引きずり降ろしたという報道が流れています。

報道というよりも、乗客が撮影した動画がネットに流れて、それをもとにマスコミが解説している後追いのようなニュースです。

そういうニュースって、「本当なんだろうか?」と私はいつも思います。

今の時代は素人が写真や動画を撮ってそれを直接UPできますから、どんなマスコミでも、そのスピードにはかないません。

だから、まず映像が流れて、その後を追うようにマスコミがニュースを流して、会社が事情説明するという今の体制は、私はいかがなものかと考えるのです。

 

オーバーブックというのは、座席の定員以上の予約を受け付けることです。

例えば200席しかない飛行機の便に205席とか210席とか、あるいは230席分の予約を受け付けます。

どのぐらい余分な人数の予約を受けるかは、予約管理の担当者がそのルートの過去の利用状況や、暦などを考慮して数字をはじき出します。これは、予約をしていても空港に来ない人がいるからで、当日の空席待ちを含めて、いくら「満席」と表示されていても最後の最後で乗れることがあるのはこのためなのでありますが、鉄道会社では全く考えられませんね。

 

座席数以上の切符を販売するなんてことは、鉄道会社の規則に精通している人から見たら、「航空会社はけしからん商売をしている。」と怒りを覚えるかもしれませんが、これはシステムや考え方の違いによるもので、例えば鉄道会社では、特急券とグリーン券を予約していて、もちろんお金も払っていても、列車が発車してしまったらもう使えなくなります。せっかくお金を払っているのに、それがパーになってしまうことを、「自分が乗り遅れたから仕方ないでしょう。」と考えるのが鉄道利用者の常識で、「お金払ったんだから次の便に振り替えてよ。」というのが航空利用者の常識なのです。

そのために、航空輸送の場合はチェックインというシステムがあって、いくら予約をしていても、切符を買っていても、出発前にチェックインカウンターでチェックイン(搭乗手続き)をしなければ、飛行機には乗せてもらえないというのがシステムなんです。

最近では航空券は電子化されましたし、事前座席指定していたりオンラインで搭乗券を発券すればカウンターに来る必要はなくなりましたが、決められた時間までに空港に来なければ予約していても乗れないというのは昔から一緒です。

 

予約をしていても来ない人がいるというのは、飛行機というのはお客様の都合の良いようにできていて、正規航空券を高い値段で買っていただいたお客様には、自由に旅程を変更できたり、あるいは払い戻しができる権利が与えられているからで、その旅程変更や払い戻しの権利を与えない代わりに、割引の航空券を発行していますから、割引航空券や格安航空券は鉄道と同じように、自分の都合で乗らなければその航空券は使えなくなるというのも、昨今見られるようになりましたが、それでも、予約をしていて来ない人がいますから、座席を空席で飛ばすことを避けるために、オーバーブックという、定員以上の予約を取るのです。

 

簡単に一言でいうと、ギャンブルなのです。

では、どういう風にギャンブルかというと、予約をしていて来ない乗客のことを「ノーショー」と言いますが、このノーショーするお客様の数というのが、路線や時間帯によってさまざまで、わかり易く言うと、沖縄やハワイのような観光路線ではノーショー率が低く、東京ー大阪などのビジネス路線ではノーショー率が高い傾向があります。

ビジネスマンの方が仕事の都合で変更やキャンセルが多いのに対し、観光の人たちは人によっては何か月も前から予約して準備していますから、必ず来るというわけです。

予約をしていて来ない乗客をノーショーというのに対し、予約がないのに空港に来る乗客を「ゴーショー」と言います。

このゴーショーのお客様が多いのがビジネス路線であって、観光路線ではゴーショーのお客様はほとんどありません。

そりゃそうですよね。だって大阪出張が急に入ったという人はあっても、今日急にハワイのビーチへ行くことになったという人はまずいませんからね。

こういう路線や特徴を過去のデータに基づいて予測して、オーバーブックをさせるのが予約担当の仕事で、座席数以上の予約を取っている便を、ぴったり定員ちょうどで出発させるのが空港担当の仕事。つまり私の仕事だったのであります。

 

さて、では、オーバーブックさせている便に予約以上のお客様が実際にいらしてしまったらどうなるでしょうか。

 

実は、こんなことはしょっちゅうあることでして、その度に私のような空港の現場責任者は、お客様から罵声を浴びながら薄くなった頭を下げるのがお仕事なのでありますが、だからといって、今日のニュースのような、飛行機からお客様を引き摺り下ろすなんてことはめったにありません。

 

皆様ちょっとお考えいただければすぐにお分かりいただけると思いますが、飛行機の場合はチェックインカウンターでの搭乗手続きというのがあって、そこで航空券を搭乗券に引き換える作業が発生します。航空券は座席以上の数を販売していても、搭乗券は原則座席数しか発券できませんから、飛行機の座席が満席になった段階で、カウンターに並んでいる残りのお客様の搭乗券が発券できなくなります。ということは、オーバーブックのお客様は、搭乗口へたどり着くことができないわけです。

だから、単純なオーバーブックでは、降機対象のお客様は飛行機に乗ることはありません。

そして、カウンターから別便へ振り替えてもらうなどの手続きを取るわけです。

 

でも、実際にはときどき一度乗ってもらったお客様に降りていただくことがありまして、私も何度も経験していますが、それはどういう場合かというと。

 

まず、航空券に不備があった場合。

搭乗手続き後、お客様の航空券に不備があることが判明する場合があります。

このあいだの旅行会社の倒産のような場合もそうですが、お客様が持っている航空券が無効であることがわかった場合は、当然降りていただきますし、その席の搭乗券は別のお客様に発券します。

ところが、こういう人が一番もめます。

自分はきちんとお金を払っているつもりですからね。乗ってしまった座席から梃子でも動かないなんてのは、こういう場合が一番多いです。

 

条件付輸送の場合も降りていただくことがあります。

一番わかり易いのは職員や関係者向け航空券。

航空会社職員やその家族、旅行会社関係者の方は、格安運賃で旅行できますが、空席があることが前提であったり、予約を取っていても他のお客様が優先されることがあります。

当日の状況を見て、完全に無理な場合は搭乗券を渡しませんが、乗れる可能性がある場合は、搭乗券を渡してゲートへ進んでもらいます。そして、例えば、出発の30分前ぐらいに搭乗が始まって、その人が乗ってしまった後に、予約を持った一般のお客様が現れた場合は、関係者には降りていただくことになります。

 

職員や関係者なんだから降りてもらうのは当然と思うのですが、ところが、これが意外と手こずるんです。

まず、職員の家族の場合。

職員本人はそういう規則を知ってはいますが、家族となると、「どうして降りなければならないんだ。」とごねる人がいます。

例えば、娘が職員で、オヤジさんが一人で職員家族切符で旅行する場合。

「お前、何言ってるんだ。うちの娘は職員だぞ。どうして降りなければならない。」

という話になる人もときどきいます。

他にも、旅行関係のお仕事をされている方に航空会社が提供する切符は予約可能なものがあります。

そういう航空券を使用して空港にやってきて、搭乗券をもらって、機内に入っても、オーバーブックしている場合は、その旅行会社関係者の航空券は優先順位が低いですから、正規の予約を持たれているお客様に座席を譲っていただくことになります。

そういうことを理解したうえでご利用いただくお約束なんですが、「御社の航空券を一番販売しているのはうちだぞ!」的な関係者もたまにいらっしゃいますから、まあ、もめますね。

そのうち判明するでしょうが、今回のケースももしかしたらそういう人かも知れない可能性もあると思います。

 

でも、職員用の航空券であっても、運航乗務員の移動用の場合は、一般のお客様よりも優先順位が高くなります。

簡単な話、この飛行機に乗って行って、その乗務員が折り返し便に乗務して帰ってくるような場合は、その職員の航空券は一般の乗客よりも優先になりますから、一般のお客様に降りていただかなければなりません。

今回のケースがこういう理由だった可能性もありますね。

ただ、そういう場合は基本的にはお客様は飛行機の中に入る以前にカウンターで足止めされますから、もしそうだとしたら旅客取扱い上の不手際があったのではないでしょうか。

 

その他にもいろいろありますが、昨今ニュースになっている搭乗口でのミスなんてのが一番ありがちで、つまり、チェックインカウンターで搭乗券を2枚発券してしまい、それをゲートで気づかずにそのまま乗せてしまうケースです。そうすると機内に入って1つの座席に2人のお客様が鉢合わせになって、どちらが降りるかで大もめにもめます。

搭乗券を2枚発券するというのは、簡単な話、システムの不具合か、あるいは係員が間違えて一度手続したお客様をキャンセルしてしまい、その座席を別のお客様に販売するなどで発生します。

 

でもって、なんだかんだ言って、最終的に座席定員以上のお客様を乗せてしまって、誰かに降りていただかなければならない場合はどうするか。これは、本当にもめるんですが、機長と相談して乗客の中から降りていただくお客様をノミネートするわけです。

 

何人に降りていただくかにもよりますが、今回のように3~4名に降りていただかなければならないは、私だったら家族連れを狙いますね。それと預けた荷物の無いお客様。荷物を預けていればその荷物も降ろさなければなりませんからね。そして狙いを付けて交渉するのです。

20年以上空港にいれば、こういうことは何度もやりました。

ビジネスクラスのゴールドカードの人に降りてもらったこともありますし、自分の会社の重役に降りてもらったこともあります。

どちらもよく日本に来る顔見知りだったもので、事情を話して、次の便に振り替えてもらったわけですが、とにかくオーバーブックしている便で座席以上にお客様がいらしてしまった場合は血の気が引きますし、座席ピッタリで出発して行った時などは達成感ありますよね。

だからハラハラドキドキのギャンブルなんです。

航空会社職員で、そういう仕事をやっている人は、仕事でギャンブルやってますから、競馬やパチンコを含めて、ギャンブルやらない人が多いと思います。

 

私もさんざんこういうことをやってきましたが、きっと今だったら、動画を撮られて、UPされて、つるし上げられているのは私だったかもしれません。

 

まあ、ユナイテッド航空の肩を持つわけではありませんが、素人の動画から始まって炎上したものを火消しする立場というのは、私は引きずり降ろされたお客様よりも、航空会社に同情したいと思います。