新幹線か飛行機か その3

東京―大阪ぐらいの距離になると私は新幹線よりも飛行機派だということを申し上げましたが、航空輸送には色々な弱点があります。
この前の冬はまさにその弱点が露呈した形になって、大雪で何日も飛行機が飛びませんでした。
でも、動かなかったのは鉄道も同じで、送電が止まった寒い車内で乗客が缶詰めになったり、何だか昔よりも鉄道は雪に弱くなった印象を受けますが、天候に左右されるのは飛行機も鉄道も、そして高速道路も同じです。
天候ばかりでなく、航空輸送では空港までの距離というのも弱点になります。
町から遠く離れた所に空港があればあるほど、アクセスに時間を要しますから、飛行機と鉄道を比べた場合、空港が遠くにある都市では飛行機が不利になります。
1970年代には空港は嫌われ者の存在でした。
航空輸送がまだ一般的でなく、飛行機はぜいたくな乗り物だという考えの人がほとんどを占めていた当時は、騒音をまき散らす空港はできるだけ町から遠いところへ作ろうというような考え方が主流になりました。それまでの空港は戦争当時に建設されたものがまだ残っていて、ジェット化に当たり滑走路を長くしなければならなくなった地域では、それまで近いところにあった空港を思いっきり遠くへ持って行ってしまうところがありました。地域でいうと秋田や広島、鹿児島などは市内の近くにあった空港を遠くの山の上に持って行ってしまいましたが、今頃失敗に気づいても遅いかもしれません。
当時は、騒音を嫌ったり、既得権を守ることが最優先で、将来に対するビジョンがなかったんでしょうが、文明の発達というのはいつの時代も当人たちにとっては初めて経験することですから、よほど視野を広くしておかないと、対応できないんですね。今の時代も全く同じことが言えると思いますが、まあ、このあたりは一般的に交通評論家の方々もおっしゃってることですが、私は、こんなことも航空輸送の弱点だと考えます。
A380という総2階建ての飛行機がデモフライトで初めて日本に飛んできた時のことです。
関係者は皆、これからの時代はB747(ジャンボ)に代わってこの飛行機が世の中の主流になるだろうと言いました。
新しい航空の時代の幕開けと言われた時のことです。
この総2階建てのA380は、国内線仕様にすると800人以上のお客様を乗せられるそうです。
B747-400Dが500名ちょっとでしたから、6割も多くの人を乗せられるようになる。
そうすれば、効率も良くなるし、コストも下がるから、使い方によっては国内線の主力機にもなりそうだ。
当時はそんなことも言われていましたが、私は、そうはならないと思いました。
当時、国内線の搭乗口で、B747に500名のお客様を乗せるのにどれだけの時間がかかっていたか。
搭乗開始してから飛行機が動き出すまで短くても30分は必要です。
それが800名になるのですから、3つ口に分かれた搭乗ブリッジを使うとしても40分はかかります。
目的地へ着いて、最後のお客様が降りられるまでにも30分はかかるでしょう。
東京―大阪の所要時間が60分として、出発地で最初のお客様が飛行機に乗ってから、到着地で最後のお客様が飛行機から降りられるまでに2時間10分かかるわけで、1時間の区間とはいえトータルでこれだけ時間を要しては、どうしたって新幹線に軍配が上がります。
これも、航空輸送の弱点だと私は思います。
昨今のLCCはどこも皆小さな飛行機を使います。
満席でも百数十名ならば10分か15分で搭乗完了できますし、降りるのも早い。
サッと乗って、サッと降りることができれば、折り返し地点での駐機時間も短いですから、飛行機の運用効率も上がるわけで、それがコストに反映して航空運賃を安くできるというのがLCCの発想です。
航空輸送を考えた場合、ただ単に飛行機を大型化すればよいという時代はとっくに過ぎていて、この春にB747が日本の空から姿を消しましたが、最新型の超大型機であるA380は、長距離国際線などに使って初めて性能が発揮される飛行機なのです。
さて、では、このような弱点を持つ航空輸送に対する鉄道の弱点とはなんでしょうか。
いろいろあるとは思いますが、私が考える最大の弱点とは、鉄道は線路の上を走らなければならないということだと思います。
JRの幹線で言えば、だいたいどの路線も80年から100年、それ以上も前に建設されたところがほとんどです。
当時の建設技術では長いトンネルを作るのが困難でしたから、線路は山を避けるようにくねくね曲がっていたり、山そのものを迂回していたりする。
そこへ最近になって高速道路が開通したのですが、高速道路は最新技術で作られていますから、山をまっすぐ長大トンネルで貫いて最短距離で走るところが多いのです。
鉄道が1時間かかって山越えする区間を高速道路は30分かからないで通り過ぎてしまうところなどざらにありますし、山越えだけでなくて、例えば九州では博多から大分へ行く場合に鉄道は小倉を廻って進行方向が変わるなんてこともあるわけで、大分へ行く人は用もないのに遠回りをして小倉を廻らなければならないし、座席の向きも変えなければなりません。
こうなると、線路の上を走らなければならない鉄道は実に不利な存在なんですが、それに追い打ちをかける制度が運賃制度でしょう。
同じ区間を高速道路が直線でまっすぐ行くのに対して、くねくね曲がった鉄道はその分距離が長くなりますから、距離を基準に運賃を計算するとどうしても高くなる。
昔、鉄道しかなかった頃は、A町からB町まで35キロが当たり前だったかもしれないけれど、高速道路ができたから25キロに短縮された。でも、鉄道だと遠回りしているのに、その遠回りの分も運賃を取られて割高になる。
お客様には関係ない遠回りをしておきながら、余計に時間がかかる上に、その代金をしっかり請求するのが鉄道の運賃制度ですから、これでは競争相手に勝てるわけないんですね。
このような運賃制度も、私は今の時代、もう限界にきているとみています。
私が航空業界に入った30年前は、日本からヨーロッパへ行くのに、東南アジアやインドを経由する南廻りルートと、アラスカのアンカレッジ経由の北廻りルートがありました。
これは、当時の飛行機の性能の関係から、日本からヨーロッパの各都市へ直行することができないため、途中で給油をしながら目的地へ向かっていたのが理由ですが、アンカレッジ経由の北廻りだとだいたい18時間でヨーロッパへ着きましたが、南廻りだと30時間ぐらいかかっていました。
そうなると、当然ですが、遠回りして時間が余計にかかる南廻りの方が航空運賃は安かったので、貧乏学生がヨーロッパへ行くときには、南廻りで30時間かけて行くというのが当たり前だったんです。(ちなみに今はだいたい12時間です。)
そう考えると、鉄道は100年以上も前のルートをきれいにトレースして走っているのに、その遠回りの分をお客様に請求するシステムになっているわけですから、世の中とは逆の動きをしていることになります。
私のように趣味で鉄道を利用している人であれば、遠回りするのも良いかもしれませんが、用があって目的地へ行くために利用している人にしてみたら、わざわざ遠回りしているのに高い運賃を請求されるのはたまったもんじゃありません。
だから、鉄道会社は、スピードアップをして、何とか区間所要時間を短縮するということを、これもまた100年以上前から続けてきていて、地べたの上を走らなければならないというのに、今でも、少しでも早く到達するにはどうしたらよいか、真剣に考えているんですから、時として私は笑ってしまうのです。
だって、新幹線がどんなに速く走ったとしても飛行機にはかないませんから、これ以上新幹線を速くすることを考えるんだったら、私はJRも別会社を作って航空会社をやった方がよいと思うんです。
まして兆がつく金額のお金を使って東京から名古屋までリニア新幹線を建設することに、どれだけの意味があるのでしょうか。
だったらJRも航空会社を経営して飛行機のオペレーションも始める。そうすればJRという会社の中で新幹線と飛行機という2つの商品の品ぞろえができて、お客様に自社商品から選択していただけるし、無理して羽が生えたような新幹線を開発して、「3分短縮できました。」なんてことをする必要も無くなれば、その分、価格を下げられるかもしれません。
でも、JRの人たちはJR生え抜きの人たちばかりですから、地べたを這って行くという方法だけで速く到着する方法を探っている。
だから、10数年しか使っていない新幹線の車両を全取り替えしてまで、1分でも2分でも速く走らせようとしたり、国家予算を論じるときに使う単位のお金をかけてリニアを作ることしか頭にないんですね。
ローカル線だけでなく、幹線も高速バスも航空も、そろそろ交通を一元化して考える時期に来ていると私はみていますが、鉄道会社、バス会社、航空会社がそれぞれ別の頭で考えていては、いつまでたっても一元化することはできないんじゃないでしょうか。
ちょうど良い機会だから、北海道を立て直す時に、鉄道とバスと飛行機をトータルに考えて域内交通をプランしてみたらいかがでしょうか。
もともと、北海道という特殊な環境の土地に、本州と同じような競争原理を持ち込んで、鉄道とバスと飛行機に別々に企業努力をさせてきた30年の結果が今現われていると考えれば、今までのやり方を変えない限りは、JR北海道がどんなに努力したって、徒労に終わることは目に見えています。
新千歳空港以外にも、せっかく札幌市内に空港があるわけだし、高速道路も益々整備されて、おまけに新幹線まで入ってくるのですから、鉄道と飛行機と高速バスの強みと弱点を把握すれば、きちんと棲み分けで来て、利用しやすい交通システムが作れると思うんですがいかがでしょうか?
そういう点では、私は、評論家の先生方以外で、鉄道と航空を一体に考えることができる数少ない日本人経営者の一人なのです。