着席ライナーの考察

このところ着席通勤特急がいろいろなところで話題になっています。通勤距離が長くなって、それに伴い当然乗車時間も長くなる。そうすればどうしても座って通勤したくなりますから、そういうサービスが出てくるのは当然と言えば当然なのですが、以前にも増してこういう列車を各社が登場させてくる背景は、実は通勤輸送需要が頭打ちして、これ以上の伸びが見込まれなくなっているからだと私は見ています。



日本の高度経済成長とともに、郊外の宅地開発が進み、通勤需要が伸び、それに伴って輸送力の拡大が求められたのは1970年代からで、複々線化や相互直通乗り入れなど、スムーズな輸送体系を作り上げてきた鉄道会社は、当時はとにかく運ぶのが精いっぱいで、優等車両を連結したり、特別料金を徴収する特急電車を通勤時間帯に走らせることはタブー視されてきました。
ただでさえ運びきれないほどのお客様がいるのですから、のんびり座って通勤するなどというのは考えられないことだったのです。
ちょうどそのころ、サンフランシスコにBARTという通勤電車が走り始めましたが、のんびりと座って通勤する姿を見て、アメリカのサラリーマンは恵まれているなあと思ったことを記憶しています。
例えば東海道線や横須賀線などはそのころからグリーン車を連結していましたが、これはかなり昔からの地域的な特殊需要から発生したサービスであり、編成が15両もありますから、庶民としては何とか受け入れてきたのだと思います。
ところが、昨今は着席保証の通勤ライナー型列車が各路線に登場し、中央線の快速電車にもグリーン車が連結される計画が持ち上がっていますが、これはいったい何を意味するかと言えば、やはり通勤旅客数の減少であり、ひところに比べると、それほど混まなくなってきたことの表れだと私は考えています。


この傾向がいち早く現われたのが関西圏で、1980年代には南海電車がすでに通勤旅客の減少傾向に気づき始めました。全体のパイが減り始めると、一番シェアの低いところ、つまり弱いところが最初に影響を受けるというのは世の常で、それが関西圏では南海電車だったのです。はっきりとは覚えていませんが1980年代にはすでに鉄道雑誌で将来通勤客の減少が見られるようになると予測していた人が何人もいて、あれから30年が経過して、その波がついに首都圏にも到達したと見ることが私は自然だと思っています。


例えば京成の通勤ライナーが今回のダイヤ改正で船橋に停車するようになりましたが、これはテコ入れであり、京成のライナーの乗車人員が減ってきていることを表しています。なぜなら、路線のちょうど中間地点にあたる船橋に停車をさせるということは、上野や日暮里、青砥で座席が埋まらないからであり、関西で一番シェアが低いとされているのが南海電車であるとすれば、関東では京成電車がこれにあたると考えれば、昔から東京の電車事情に詳しい皆様方でしたらご理解いただけるのではないでしょうか。


さて、このように着席できる通勤電車が首都圏でもいたるところに走り始めていて、来春には京王電鉄も導入するということは、まぎれもなく現状の通勤輸送がかつてのように混まなくなってきて余裕ができているということで、将来的な乗客減への対策の一つかもしれませんが、着席通勤電車のスタイルとして大きく2つに分けられるのが「専用列車タイプ」と「併結列車タイプ」になります。


実は、この議論は最近では誰も論じなくなっていますが、1980年代から90年代にかけては鉄道研究家や学者先生たちがどちらのスタイルが良いか、いろいろと論じていた時期がありました。


「専用列車タイプ」は、かつて国鉄時代に赤字解消の増収策として、上野に到着した上りの特急列車が大宮の車庫に引き上げる回送列車に通勤客を乗せられないかと「ホームライナー」を始めたのがスタートと言われていて、確か300円ぐらいだったと思いますが、ライナー券を購入すればゆっくり座って家に帰ることができるというサービスが始まりです。
これに対して「併結タイプ」は通常の列車に座席指定車両、または比較的着席できる車両が連結されているもので、先述の東海道、横須賀線に連結されているグリーン車がこれにあたりますし、南海電車の特急「サザン」の座席指定車両や名鉄電車の特急に連結されている指定席車両などが「併結タイプ」になります。


この2つのタイプの着席型通勤電車(JRのグリーン車は自由席ですが、比較的着席可能性が高いのでこのグループに入れます。)は、実はどちらが優れているかというと、当時の議論では以外にも後者で、できれば併結タイプの着席サービスが望ましいとされていました。


その理由は、例えばライナー券のような切符は着席サービスのための物であって、速達サービスではないというのが考え方の基本にあります。


つまり、「コーヒー1杯分の金額で座って帰れます」(当時のキャッチコピー)という列車ですから、着席できればよいわけで、逆に考えると、そのわずかコーヒー1杯分の金額を払ったお客のために、その金額を払わない人が途中駅で通過を退避させられるということが理に合わないのではないかということです。当時は200円か300円。今なら400円か500円程度の金額で着席できるのは理解できても、その人たちの乗った列車が専用列車であるとすれば、途中駅で何本もの列車がその着席専用列車の通過を退避しているわけで、退避する列車に乗っている何千人という通勤客が足止めを食らうわけです。帰宅時なら誰でも早く家に帰りたい気持ちは一緒ですから、着席サービスと速達サービスは分けて考えるべきだというのが当時の結論だったと記憶しています。


そう考えると南海電車の「サザン」や名鉄の特急電車は、編成の一部に座席指定車両が連結されていますから、着席したい人は座席指定料金を払えば良いし、節約したい人や立ってても構わない人は自由席車に乗車すればよいわけで、目的地までの到着時間に差はありませんから、これが本当の「選択」になるのではないかと私は考えます。


最近では常磐線や高崎線、東北線にもグリーン車が連結されていますし、今度は中央線にも走り始めるようです。「けしからん」という感情論的な意見ばかりを耳にしますが、実は座れるか座れないかということと速達性を分けて考えている点、私は優れものだと考えています。
京成の通勤ライナーは、スカイライナーという空港専用特急の時間外運用ですから、どうしても専用列車にならざるを得ないのは理解できますし、着席券の発売や料金のとりっぱぐれがないようにする乗客管理の観点からすると専用列車の方がやりやすいことはやりやすいのでしょうが、30年前に「いずれ通勤客は減る」と言われていたことが今現実に起こっているのですから、今後20年後、30年後を見据えた対策は今から考えておくべきだと私は思います。
だからといって8両編成の通勤特急に食堂車を連結しろ、などというつもりはありませんので、京成さん、どうぞご安心くださいませ。

ライナーに救われている一利用者のたわごとでございます。