ビジネスには伸びる部分と伸びない部分があります。
伸びない、つまり需要が見込めない部分や、すでに飽和状態にあるようなマーケットを一生懸命開拓しようとしても、労力の割には出来高が少なかったり、売り上げが上がらなかったりするものです。
反対に、今はまだ誰も手を付けていないけど、そこには需要が眠っていたりして、「ここ掘れワンワン」じゃありませんが、意外にたやすく大きな鉱脈が見つかる場合もあるのではないでしょうか。
これがいわゆる「伸びシロ」の部分だと思います。
女性が男性を一生の伴侶に選ぶ場合も、今その人がお金を持っているとか、良い会社に勤めているかということではなくて、自分の伴侶になる男性の将来性を見極めること。つまり、相手に伸びシロがあるかどうかを判断するのが賢明だということも、幸せになるための基本事項だと思いますね。
さて、ビジネスの伸びシロの話ですが、いすみ鉄道の沿線は約26km。鉄道を利用できる範囲に住んでいる人口は3万人に満たない数です。
私の考えでは、いすみ鉄道のように国鉄の赤字ローカル線を引き受けた第3セクターは、だいたいどこも路線長が20km~40km程度の支線ですが、そのような路線では沿線人口が最低でも8万人、いや10万人ぐらいいなければ鉄道本来の使命である地域の足としてビジネスを展開しても、経営を成り立たせるのは無理だと考えています。
つまり、「週に一日はノーマイカーデー」とか、「乗って残そういすみ鉄道」などのキャンペーンで、鉄道の建設当初の使命である「地域の足」としての戦略を立てても、そこにはビジネスとしての伸びシロは無いんですね。
いすみ鉄道は昭和5年に国鉄木原線として今の線路が開業しましたが、もうすでに85年も経っているわけですから、マーケットだって変化しているわけです。
デパートやスーパーマーケットだって、開店してから10年、20年経てばお客様の嗜好もライフスタイルも変わるわけですから、それと同じことが鉄道にだって言えるわけです。
これは、何もいすみ鉄道のようなローカル線だけじゃなくて、今、一生懸命新幹線を作っていますけれど、当初の計画から20年も30年も時間が経って、今やっと新幹線が開通するわけですから、計画当初に見込まれた需要が本当に今でも存在するかなんてことははなはだ怪しいと思うのが当然ですが、この国では為政者側にいる人たちは、そういうことは決して口にしないルールがあるようですから、新幹線の建設は粛々と進んでいるわけです。
でも、例えば私が尊敬する角さんが「よっしゃ、よっしゃ」で作った上越新幹線が今どうなっているかと言うと、越後湯沢までは毎日毎列車満席だけど、越後湯沢を過ぎるとどの列車もガラガラで閑古鳥が鳴いている状態ですから、来年の3月を過ぎたら果たしてどうなるのかは推して知るべしで、新幹線開業前には特急「とき」だけじゃ足りなくて急行「佐渡」も合わせると1日何十本もの列車が行き来していた当時の面影はもう見られません。
その理由は高速道路なのかと思えば、実はそうでもなくて、地方都市が地盤沈下している象徴がもしかしたら上越新幹線かもしれないと私は思っているわけです。
話が横道にそれてしまいましたが、いすみ鉄道で私が実践していることは、地域交通としての伸びシロは見込めないけれど、観光鉄道としての部分に伸びシロがあると見込んで、この5年間というもの、観光鉄道化に取り組んできているのは皆様ご承知の通りですが、経営としては、土休日に観光鉄道に乗りにいらしていただいたお客様が払ってくれたキャッシュフローで、平日の地域の足を守ろうという取り組みをしているわけですから、決して観光客を相手にした鉄道というわけではありません。
観光鉄道は週2日間だけで、残りの5日間は地域の足として、地域の人たちの生活を支えているわけで、「こういう形ならローカル線が維持できますよ。」というモデルケースをお示ししているわけなのです。
しかし、私が就任してからすでに5年半が経過し、沿線の人口減少は止まらない状態です。大多喜町の人口も今年ついに1万人を切って、ますます過疎化が進んでいて、簡単に言えば、今まで乗っていたおじいちゃんおばあちゃんが、最近姿を見なくなりましたねえ、というのは一人や二人じゃなくて、特に平日の日中の列車は誰も乗っていない車両が走っている状態がふつうにみられるようになってきました。
つまり、ただでさえ平日の列車は赤字なのに、その赤字がますます多くなって、列車が走るたびにお金を捨てている状態なわけです。
また、土日の観光鉄道の方はどうかと言うと、おかげさまでレストランは満席でもうお客様のご予約をお断りしている状態だし、黄色いムーミン列車は長期経営計画で減車を余儀なくされていますから、これ以上列車本数を増やすことができない。つまり、土休日の観光鉄道の方も、もう伸びシロが無い状態になっているんです。
平日の地域需要には伸びシロが見込めず、土休日の観光需要にもこれ以上伸びシロが見込めない。
これがいすみ鉄道が置かれている経営的閉塞感というやつで、つまりは八方ふさがりの状態なのです。
そんな状態に置かれた中で、私に聞こえる天からの声は「何とか黒字にしなさい。」というお言葉。
黒字というのは決算のことですから、鉄道業や航空業のような設備投資の大きな業界では減価償却を調整するだけで赤字になったり黒字になったりするのですが、そういうことではなくて、恒常的に黒字になるような会社の体質にしなさいということですから、私は、「それでは黒字になるための設備投資が必要ですよ。」と言うのですが、そういうお金のかかるような話は一切タブーなのがいすみ鉄道を取り巻く現状ですから、わずか1000万円程度の設備投資でもNOとなってしまうわけです。
でも、私は社長ですから、そんなことでヘコタレテいるわけにはいきません。
そこで、いすみ鉄道の置かれた環境を今一度見渡して、どこにどのような伸びシロがあるのかを見つけて、そこに集中的に人財や設備などの経営資源を投入していく道を見つけなければならないのです。
(つづく)
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