NO GO の勇気

2週続けて台風がやってきて、日本列島を横断していきました。
大きな被害が出た地域もあるようですが、皆様のお住まいの地域はいかがでしたでしょうか。
いすみ鉄道沿線は大雨や大風で停電などが発生しましたが、鉄道への被害は免れてホッとしているところです。
今回の台風に対する準備や対策の特徴は、何といっても早めの対応でしょう。
昨年、伊豆大島で大きな被害が出て、この夏も広島で大きな災害になりましたが、どちらも教訓として「もう少し早く非難していれば、これほど多くの人命が失われることはなかったのではないか。」ということが言われていますが、そのため、避難勧告も早めに出されたようですし、飛行機や鉄道も早めに運休を決めて対応したところが多くありました。
高知県ではデパートがお昼で閉店したり、その他の地域でも、午後の早い段階で閉店を決めるところが多かったようですが、地下の食料品売り場に準備されていたお惣菜や生鮮食品などはどうなったんだろうかと、他人事ながら心配になります。
こういう早め早めの対応が良いか悪いかは別として、こういう対応を取ることが一般的になってきたのを見ると、私はここ10数年で日本人のものの考え方がずいぶん変わったなあと実感します。
私が学生で飛行機の勉強をしていたころの話ですから、今からもう35年ぐらい前の話ですが、当時は天候が悪くても「とりあえず行く」という風潮があったように記憶しています。
例えば、同じ目的地へ向かう日本航空と全日空の飛行機があって、2便がほぼ同じ時刻のフライトだったとします。
今回のように悪天候で、目的地上空に着いても着陸できるかどうかわからない気象条件の時に、その便の機長はなかなか「欠航」を決めることができなかったように記憶しています。
着陸できるかできないかは「ミニマム」という最低気象条件を上回っていれば着陸できるし、下回っていれば着陸できません。
だから、判断基準ははっきりしているのですが、問題なのは、その判断するタイミングが飛行開始前ではなくて、着陸直前であるということで、とにかく行ってみなければ降りられるかどうかわかりませんから、機長さんは「引き返し」の条件付きでとにかく飛ぼうとするわけです。
なぜなら、日本航空の飛行機が飛ぶと判断してるのに、全日空が飛ばないわけにはいかない。または逆の場合もありますが、昔は、そういう判断が機長個人に任されていたんですね。
今では、会社が全体で判断して、早い段階から「飛びません」「飛ばしません」と発表してしまいますが、当時はそんなことはなかったんです。
そういう時代に私は飛行機の勉強をしていたんですが、その時、教官から言われた言葉を今でもはっきり覚えています。
それは、「NO GOの決断をする勇気も大切だ。」ということです。
時刻表に記載されている定期便で、お客様も予約を入れて空港に集まってきている状況の中で、機長としては「飛ばない」と決断をすることは大変なことで、いろいろなプレッシャーがかかります。そういう時に勇気をもって「飛ばない」と決断することはとても難しいことなんですね。
そして、無理して飛行した結果、大きな事故が過去に何度も発生しているのです。
鉄道も同じですね。
大雪の時や嵐の最中に列車を走らせて、鉄橋から落ちたり荒波で列車が海に引きづり込まれたり、かつて大事故がいくつも発生しています。
だから、そういう教訓を生かした結果として、今では、機長さんのような現場の責任者が個々に判断するのではなく、会社のシステムの中で全体を見て「NO GO」が決断できるようになっているんだと思います。
台風とか大雪とかってとても難しいんですよ。
例えばおとといの段階で沖縄便に欠航が出ていましたが、東京は良い天気なんです。
昔だったら「とにかく行って見よう。」という対応をしなければ、目の前にいるお客さんが納得しないんですね。
「こんなにいい天気なのに、なんで飛ばないのか。」と詰め寄られるわけです。
私も経験がありますが、地球の反対側から飛んでくる飛行機は12時間前とか15時間前の段階で飛ぶか飛ばないかを判断しなければならないわけですから、台風のコースがそれたり、台風の通過が早まってすでにいい天気になっているのに、「台風のために欠航」とアナウンスをするわけですが、当時はお客さんが納得しませんでしたから、対応が大変だったんですね。
でも、昨今のオペレーションを見ていると、台風当日だけじゃなくて、翌日も「使用する飛行機がやりくりできない」という理由でたくさんの便が欠航になっています。
これは「Knock-on effect」と呼ばれる現象ですが、国内線では2日間、国際線では約一週間、飛行機がやりくり付かないための欠航が認められているのですが、以前はお客さんの側にそういう事情が分かる人がいませんでしたから、いちいち説明して納得してもらわなければならなかったのです。
でも、昨今の報道を見ていると、あらかじめ飛ばない便とその理由を掲示して、該当する便の予約を持っている人は空港に来ないように、という内容が伝えられたりしているのが、私から見ると隔世の感があるんです。
もっとも、そういう一斉運休のようなことをして、世の中がうまく収まるということは、考えようによってはそれだけ不要不急の旅行者が多いということで、そういう不要不急の旅行者が日本の経済を支えているということになりますし、そういう人たちがたくさんいるということが豊かになった証拠なのかもしれません。
今回の対応を見ていると、利用者も事業者も賢くなったなあと思います。
でも、賢くなるということはある意味「臆病になる」ことに通じますから、世の中全体が臆病になって、何でも無難に生きていく時代になるとしたら、それはそれとして考えなければならないことですが、とりあえず、人命にかかわることについては、臆病というよりも慎重になることが大切ですから、私は情報やサービスを受ける側が「オオカミ少年」の話のようにはならない心構えが必要なのではないかと思います。