安全に対する心構え

先日、ある偉い方々とお話をさせていただく機会がありました。
「いすみ鉄道は頑張っているけれど、安全性が確保できなければ、いくら頑張っても、その努力が水の泡になる。」
私にとっては雲の上の存在のその方々は、そうおっしゃいます。
いすみ鉄道は昨年末に脱線事故を起こしてしまい、皆様に多大なご迷惑をおかけしたことから、1月と2月に安全総点検を行って、線路の整備を今まで以上に重点的に行ってきていて、脱線箇所の整備が先日終了したところです。また、運転取扱いなどに潜む危険を洗い出して、日常の業務にも見直しを行って、間もなく始まる春の観光シーズンに備えているのですが、その方々は、私にこう付け加えました。
「いざ事故が起きたら、社長はたいへんなことになる。福知山線の事故ではJR西日本の社長は強制起訴されたし、JR北海道の社長は自殺してるんだ。だから気を付けなければいけないよ。」
そう言われて私は「?????」となりましたが、すぐに気を取り直して、こう言いました。
「それ、ハラスメントですよ。」
おそらくその偉い方々は、そんなつもりではなかったでしょうし、その立場の人に面と向かって「ハラスメントだ。」などという鉄道会社の社長は私ぐらいなものでしょうから、向こうもびっくりして、「そんなつもりじゃないんだ。」とおっしゃられましたが、元来ハラスメントというのは、やってる方は「そんなつもりじゃない」ものですから、パワーを持っている方は気を付けなければならないと思います。
「いすみ鉄道の社長のような人間は、お金を稼ぐことしか考えていなくて、安全性に対する認識が欠けているから、この辺で一つお灸をすえておこう。」と思ったかどうかは知りませんが、面と向かって「気をつけなさい。さもないと・・・」という言い方をされたわけです。
私が、偉い人に向かってなぜ「ハラスメントですよ。」などと無謀とも思える発言をしたのかというと、私個人の不快感とか感情はどうでも良いのですが、私の頭の中にある安全についての考え方の基本は、アメリカのNTSBという国家運輸安全委員会の考え方を基本としているからです。
私は自分が飛行機の勉強を始めた時から数えると30数年間、このNTSBの考え方を自分自身の安全の基本的メジャーにしてきましたし、海外の航空業界ではそれが当たり前になっていますが、日本ではまだまだ「犯人探し」が事故調査の目的になっている。「再発防止」とは言うものの、実情はお寒い状況なんです。
NTSB国家運輸安全委員会のホームページ(英語ですが、興味がある方はご覧ください。)
このNTSBの考え方の基本にあるのは、不幸にして事故が発生してしまった場合、再発防止を最優先に考えるために、事故調査は当事者の処罰を行うことを目的としないという基本ポリシーがあります。
最終的には処罰される組織や人が出てくることもありますが、最初から「犯人捜し」をするのではなくて、事故の再発防止が最大の目的なんです。
事故の原因となったいろいろなことを調査していく段階では、調査される側は自分に不利な事象を隠そうとします。
JR北海道の隠ぺい工作が話題になっていますが、これは人間ですから誰しもそうなるもので、隠ぺいした人間を特定し、その人間を処罰するような調査ではなくて、「なぜ、その人がそのような隠ぺいをしなければならなくなったのか。」 「なぜ、その会社がこのような事故を引き起こすようになったのか。」を調べるのが事故調査の目的であると考えると、犯人探しでは正しい事故調査ができませんから、「あなたを処罰するのが目的ではありませんから、本当のことを教えてください。」というのがアメリカのNTSBの考え方の基本です。
ところが、日本では航空事故や鉄道事故では刑事処罰を前提とした捜査が行われることが当たり前で、そうなると関係者は自身の保身を考えますから、それが隠ぺいの原因となって、いったい何が真実なのかはっきりしなくなるわけで、結果として再発防止に悪影響を及ぼすことになります。
だから、私はいすみ鉄道の脱線事故を始め、悪天候で運転できなくなる場合などでも、「OPEN&HONEST」の基本ポリシーで、不利なことも含めてお伝えできることはすべてお伝えしてきているのですが、「事故が起きると社長は逮捕起訴されるんだぞ。」と偉い立場の人が言うということは、非常に心の中が寒くなるというか、NTSBの考え方で育ってきた私としてみたら、「この人は一体何を言ってるのだろうか? そんな基本的な認識もない人々がこの立場にいるのか。」と思うわけです。
そして、私に「逮捕されますよ。」と言うものの、具体的な再発防止のための手段は「あなたが自分で考えなさい。」と言うだけで、安全対策には大きなお金が必要なのはわかりきっているのに、資金的なバックアップなどの現実的な手段は何も無いようでしたから、私は、結果としてその人々に向かって、「ハラスメントですよ。」という言葉が出たわけですが、はたしてご理解いただけたかどうか。
そういう体質にどっぷりと浸かっているような組織では多分無理だろうなあと思います。
JR北海道という会社が、どうしてこんな状態になってしまったのか。
JR北海道の大ファンで、いつもJR北海道を応援している私としては、国鉄解体後に誕生したJR北海道という会社に、地域の輸送をすべて任せっきりにして知らん顔してきた「国」にも責任の一部というか、遠因があるのは当然であると考えるのですが、その「国」はJR北海道を調査して処罰する側に立っていますからまったくフェアではありません。
本来、「国」は当事者であるべきなのに、当事者としての認識は全くなくて、処罰する側に回っているから、フェアではないと思うのです。
そういうことも日本の不思議な現象でありますが、アメリカではNTSBは国家機関でありながら、「国」も当事者としての調査対象にしますから、その当事者の側であり調査の対象となる立場の「国」が、JR北海道を調査して処分を下すという日本でのシステム自体がおかしいわけで、そういう考え方では、再発防止、つまり、「もう2度とこういう事故は起こさないんだ」、という目的からは程遠くなっていくということが、高いところから処分を下す側の人々には一生かかってもわからないんだろうなあと思う今日この頃です。
ローカル線というのは経営的に大変厳しい状況にあります。
お金があれば完璧な整備ができますし、例えば全部の踏切に警報機と遮断機を取り付けることができるわけですから、安全性が向上します。
でも、いすみ鉄道の運賃収入は平日はだいたい1日15万円しかありません。
15万というのは大多喜駅の売店売り上げではなくて、全社でです。
私が5年前から観光鉄道化を進めてきて、今、やっと土休日には50万円とか100万円の収入が入るようになってきて、そのお金で平日の列車の運転を維持しているのが現状です。
実際、今年度は、10月の台風以来、房総横断切符が半年近く販売できず、大きな売り上げ減の中でも、いすみ鉄道は予算以上に線路の整備にお金をかけてきましたから、正直言って、会社のキャッシュフローがもうじき底をつく状況にあり、今の私の仕事は毎日のように金策に追われている状況です。
それでも、私はこの5年間優先順位を付けて、線路の整備と安全対策を取ってきているのですが、そういう涙ぐましい努力をしている人間に向かって、
「お金がなくて安全性が確保できないのなら、列車を運休したらどうですか?」
と言うんですから、頭の中身を疑います。
いすみ鉄道などのローカル線は、なぜ今のように満足な整備をするお金がなく、経営的にも苦しんでいるかを考えた時に、もともとローカル線がこうなったような原因を作ったのは国の政策に端を発していることは明らかで、その国の側にいる人間からそんなセリフを言われたとしたら、
「あなたはそんなに偉いのですか? そういう高みの見物をしてきたからどこのローカル線もひいひい言ってるんじゃないんですか?」
と言いたくなりますし、それが絶対的な権力を持った側が言う言葉だとしたら、それってやっぱりハラスメント以外の何物でもないでしょうということになります。
その場では、「ちょっと言い過ぎました。申し訳ありません。」と言ったものの、あとになって考えて見ても、どうも納得がいかないし、何日経ってもはらわたが煮えくり返っていますから、今ここでこうして書き留めているわけですが、NTSBの考え方で見たら、国だって事故の当事者であって、本当だったら調査される対象になるところに居る人が、自分のことはさておいて、「お前、逮捕されないようにしろよ。」というのは、どうもピントがずれているように感じる私は間違っているでしょうか?
まして、ホテルの食品偽装の社長が会見で謝罪し、辞任したとか、そんな関係のないことまで言われるのは「バカ野郎」なわけで、そういう人間としての温かみのカケラもない人たちが、30代40代の中堅スタッフたちを中心に、偉そうな顔をして国民を代表する側に立っているというのでは、この国は根本的な構造がどこか間違っていると言っても過言ではないでしょう。
普段は高いところにいて、偉そうなことを言っている集団が、実はその程度の認識もないとしたら、この国はお寒い状況にあることは間違いない。
事故というのは、どんなに対策を取ったとしてもいつ何時発生するかわからないのは、高架化して踏切を廃止し、ATCにして運転士が信号を見落としても大丈夫に改良した東横線でさえああいう事故が発生することを見ても明らかですが、そんな大手私鉄の足元にも及ばない私たちローカル線の経営側は、いつ何時加害者になるかもしれないということは十分に承知していながらも、資金不足から思う存分に仕事ができないジレンマにあるということすら、気づいて居ないのか、それとも気づかないふりをしているのか。
金策に追われる年度末に社長を呼び出しておいて、仮にも経営者である私に向かって平気でそういう発言をすること一つ見ても、根本から物事を解決する姿勢に欠けることは明らかで、お役人様というのは、事故が起きた時に、「俺はあの時お前に注意したよ。でもやらなかったのはお前の方だよね。」という立場にある。つまり常に当事者であるのに、それを認めず、当事者ではない第三者気取りであるということがよくわかった瞬間なのでした。
同じ国の制度の中でも、飛行機屋さんは空港を運用管理したり管制業務を担当していますから、何か事故があれば常に当事者の立場であって、国と言えども裁判に掛けられたり処罰されたりする立場の側にありますから、私が前にいた業界と今の業界とでは、上に立つ側の緊張感が全く違うということもはっきりわかりました。
私は相手が誰であろうと、間違っていることは間違っていると言うのが、この仕事をさせてもらっている本当の意味だと感じていますし、それが国全体が正しい方向性へ進むと信じていますが、鉄道業界全体がまるで恐妻家のように、今までおカミさんにそういうことを誰も言い出せなくて、巻かれるままになってきたから、ローカル線問題一つにしても、40年やっても解決できていないということを事実が証明しているということなのです。
さあ、私のこのブログはいろいろな人が見ていますから、ここでこういうことを言うと今後どうなりますかね。
えっ? 私ですか。
逮捕されても首になっても、私自身はかまいませんよ。
その方が楽になれますから。
そろそろ5年。
いい加減、馬鹿にされるのに疲れてきたことだしね。
そういう、「俺たちはお前を処分する側にあるんだ。」的な感覚で仕事をするのが常識になっている人たちに対して、へいこらする気は全くないし、そうしなければいけないということも私のオプションにはない。
私が個人的に金策に走ってまで、いすみ鉄道というローカル線を何とかしようと社長として責任感を持つのは、これってやっぱり私の仕事ではありませんから、そこまで考える必要もないと思いますし、逮捕されるのはかまわないけど、そういう脅しに屈する姿勢は見せたくありませんからね。
恥ずかしいことをしているのは私ではないんですから。
今思い出しても納得できないですが、大変勉強させていただいた瞬間でした。
(本日は長々と愚痴を聞いていただきましてありがとうございました。ちなみにこれは3月10日のブログでご紹介した会議の話ではございませんので誤解の無いようにお願いいたします。後日談がありましたら、またご紹介させていただきます。ありましたら、ですが・・・)