東京はひとつ、田舎は無数

田舎にいると当たり前のことなんですが、東京は一つなんです。
そして、全員が東京を向いています。
房総半島の場合は、その手前に県庁所在地としての千葉市がありますから、房総半島の人たちは千葉市と、その向こうの東京を向いています。
仕事としても遊びとしても、だいたい1年に数回は東京へ行く人がふつうです。数回どころか、毎月、いや月に何回も東京へ出かけている人もいます。
房総半島じゃなくても、日本全国田舎へ行くと、皆さん東京を意識していて東京を向いています。
地域によっては、この「東京」の部分を「大阪」とか、「都会」に置き換えても良いかもしれませんが、これが日本全国の田舎の人の考え方です。
ところが、東京に住んでいる人から見ると、田舎は一つではありません。
東京から見ると東西南北どちらへ行っても田舎だらけです。
だから、田舎の人から見ると「東京は一つ」でも、東京から見ると「田舎は無数にある」のです。
つまり、どういうことかというと、田舎の人が東京を特定視して見ているほど、東京の人は特定の地域としての田舎を見ることができないということです。
例えば、房総半島の人が東京を感じているほど、東京の人は房総半島を感じていないんです。
だから、観光旅行の行先として、東京の人たちに房総半島に来てもらおうと思ったら、数ある観光地の中から房総半島を選択してもらわなければならないわけです。
日帰りや1泊旅行の目的地として東京の人が考えるのは、伊豆半島、箱根、三浦半島、富士山、富士五湖、高尾・相模湖、奥多摩、秩父、軽井沢、水上、伊香保、日光、鬼怒川、水戸、銚子など、ぐるっと関東地方を見渡しただけでも思い浮かぶ観光地がこれだけある中で、そのどれよりも抜きん出て、「行ってみたい」と思わせる地域としてのアピールが必要なわけです。
このところ急に頭角を現してきた群馬県の「富岡」などはその良い例で、世界遺産という他とは違うアピールをすることで、特に観光地として昔から有名だったところでもなんでもないようなところに、観光客が殺到する現象がみられるわけですが、こうした居並ぶ有名観光地の中から、観光客に行ってみたいと思わせる何かを伝えなければならないのです。
つまり、他の地域と明らかに違う点を上手にアピールして、その嗜好に合う人たちに来てもらえば、私は、どんな田舎でも観光地になれると思っていますし、現に私がいすみ鉄道沿線で展開しているのは、「ローカル線が走る日本の原風景」でありますから、富士山がなくても、海岸線がなくても、風光明媚な渓谷がなくても、世界遺産がなくても勝負できると考えています。
もっとも、「ローカル線が走る日本の原風景」を展開するためには、そのためにやるべきことがありますし、落としどころというか、ツボがあります。また、やってはいけないこともあるわけで、これがいすみ鉄道が観光鉄道化するノウハウであるわけです。
ところが、房総半島の観光を見ると、呼び物として「これだ!」というものがほとんどありません。
「無い」というと反感を買うかもしれませんが、例えばいすみ市がアピールできるような観光資源は、風光明媚な海岸線、豊富な海産物、灯台、東京からの距離など、なにもいすみ市だけじゃなくて、御宿でも勝浦でも鴨川でも南房総でもほとんど共通ですから、東京の人から見たら房総半島全体のイメージの中に埋もれてしまうんですね。
また、いすみ市の大原では「はだか祭」というとても勇壮なお祭りが毎年9月に開催されて、たくさんの人出でにぎわいます。
このお祭りは、関東でも類を見ないような盛大な祭りで、地元の観光協会は今頃の時期から市内各所にポスターを貼っていますが、私の目で見ると、それは地元の一大イベントではあるけれど、観光を産業としてとらえていないんですね。
なぜならば、お祭りは1年に1~2日のことであって、そういうことで観光客を呼ぼうとして、もし、うまくいって観光客がたくさん来てくれたとしても、あとの363日はどうやって生きていくのでしょうか、ということで、観光イコール地域産業と考えた場合、1年に2日では成り立たないのです。
だから、もし、こういう祭りで観光を産業化しようとしたら、お祭りで来てくれた人が引き続き来てくれるような仕組み作りがセットで用意されていなければならないのです。
それに比べると、観光資源としてのいすみ鉄道は、鉄道ですから365日毎日走っていますし、それぞれの季節ごとに演出が可能なわけで、別に勇壮なお祭りがなくたって、淡々と観光産業を行うことができるのです。
それに何より、ローカル線が走るというだけで、関東地方に数ある観光地の中で5本の指に入ることができるわけで、都会の人に対して「うちへいらっしゃい。」というアプローチがとても容易になるんです。
私は、そういうこともローカル線の重要な役割だと思っていて、なぜならば、2040年にはいすみ鉄道沿線地域だけでなく、房総半島のほとんどの市町村が消えてなくなると総務省が発表している現状の中で、どうやったら人に来てもらって地域を活性化しなければならないかということは急務であり、その旗印になるのが観光の産業化であって、それにはローカル線が必要不可欠だからなんですが、そういう都会人の目で自分たちの地域を見ることができないのが地元の人たちですから、今、この瞬間でも、「ローカル線は負担が大きすぎるので廃止にしよう。」と考えている人たちがたくさんいるのです。
では、どういう地域が、観光を産業として真剣に考えているかということを見分けるポイントを一つだけお教えしましょう。
それは、ワンポイントですべてを案内している観光協会があるところです。
観光協会というのは行政の出先機関が多いです。ということは、自分たちの地域のことしか宣伝しません。
隣町のことは「われ関せず」なんですね。
でも、例えばいすみ鉄道に乗りに来るお客様は、いすみ市にも行けば大多喜町にも行くし、夜は勝浦か御宿に泊まるかもしれません。
そういうお客様の事情を踏まえて、自分たちの行政区域以外のこともしっかりと情報を乗せてくれている観光協会のホームページやパンフレットがあるところは、真剣に観光産業化に取り組んでいるところだと私は見ています。
そう見ると、意外に少ないんですよね。
でも、この橋を渡ったら隣町だなんてことは、都会からいらっしゃるお客様には関係のないことなんですから、早いとこ、そういう点に気付いた方が良いと私は思います。