ローカル線をブランド化する その2

いすみ鉄道のようなローカル線の商品は「座席」であるというお話をしました。
1時間に1本、1両編成の列車が走るローカル線を考えると、全員が座れるとして、商品供給力はせいぜい1時間に50個ぐらいでしょう。
都会の電車のように10両編成が数分おきに来るところとは比べ物になりませんから、販売できる商品がとても少ない。
これがローカル線という商品の第1の特長で、商品数が少ないのですから、安売りする必要はない。
私はそう考えたのです。
ローカル線を商品として考えた場合の商品の特長の2つめは、「お取り寄せできない。」ということ。
昨今ではテレビや雑誌で見て、「良いなあ、欲しいなあ。」と思ったらすぐに電話やインターネットなどの通販でお取り寄せが可能ですが、ローカル線という商品を「良いなあ、欲しいなあ。」と思っても、お取り寄せができませんから、わざわざ買いに来なければなりません。
つまり、いすみ鉄道の座席という商品を買うためには、わざわざ遠くまで乗りに来なければならないのです。
これは商品を大きく「日用品」と「買回り品」という2つのジャンルに分けた場合の「買回り品」にあたります。
その商品を買うためだけの目的で、わざわざ出かけなければならないのが買回り品で、これに対して日用品は近くのお店でついでに買う商品。日用品が毎日使う生活必需品であるのに対して、買回り品は趣味の物であったり耐久消費財であったりします。
人間というのは、毎日使う日用品にはお金を出そうとしませんが、趣味の物や耐久消費財には少しぐらい贅沢をしてみたくなるものです。
1:商品数が限られる。
2:わざわざ買いに行かなければならない買回り品である。
この2つの商品特性を持っているのがローカル線の特長ですから、私は、ローカル線こそブランド化にふさわしいと判断したわけです。
(どうです、わかりやすいでしょう。)
そして、ブランド化することによってどういう効果が生まれるかというと、実は、クレームが発生しなくなるんです。
ブランド品を買う人がいます。
例えば30万円出してブランドのハンドバッグを買う人。
片や、3000円のハンドバッグで十分だという人がいます。
ハンドバッグというのは、「中にモノを入れて持って歩く。」という目的のものですから、本来の目的、機能を考えた場合、3000円のハンドバッグも30万円のハンドバッグも違いはありません。同じなんです。
では、何が違うかと言うと、「持って歩く人の気持ち」が違うわけで、そういう気持ちを考えた場合、3000円のハンドバッグが壊れると、「ダメねえ、安物は!」とクレームになりますが、30万円のハンドバッグが壊れると、「あら、こんなブランド品でも壊れるのねえ。」とクレームにならないんです。(もちろんアフターサービスは必要ですが。)
だいたい趣味の物というのはそういう傾向にあって、これは簡単に言うとお客様はそのブランドのファンですから、顧客分類をすると「信者顧客」になるわけで、そういうファンを作って行くのがブランド戦略ですから、私は、いすみ鉄道はブランド化に適していると考えていますし、ローカル線はファンビジネスであると考えるわけです。
ところが、驚いたことに、ローカル線というのはこれだけ魅力的な商品であるにもかかわらず、私が就任した5年前の時点では、「ローカル線はファンビジネス」等と言っている鉄道会社はありませんでしたし、私は日本で初めて、「ローカル線はブランド化に適している。」と発言した社長なんです。
先日、ソチオリンピックが終わりましたが、メダルを獲った競技を見ていて思ったことがあります。
それは、選手が少なくてまだ新しい競技ほどメダルが獲りやすく、選手が多く歴史ある競技ほどメダルが獲りづらいということ。
ローカル線だって同じだと思いませんか?
今まで40年以上もずっとやってきたやり方ではなかなか結果を出せないけれど、誰もやっていないやり方だったら結果は意外と簡単に出る。
こういうのをマーケティングの専門家の人たちは「ブルーオーシャン(競争相手のいない世界)」、「レッドオーシャン(競争相手と血みどろの戦いをしなければならない世界)」と言うようですが、私がいすみ鉄道でやっているブランド化戦略は決してレッドオーシャン戦略ではなく、大海原をスイスイとマイペースで航海できるブルーオーシャン戦略ですから、アメリカ型経済なんて関係ないところで勝負できるわけで、田舎には都会にはない素晴らしいところがいっぱいありますから、私は、日本の田舎はアメリカ型経済にとらわれることなく、ブルーオーシャン戦略で充分に勝負できると考えているのです。
「いすみ鉄道なんて、観光鉄道といったって、オンボロのディーゼルカーをただ走らせているだけじゃないか。」
こう言う人がたくさんいると思いますが、そうです。正解なんです。
いすみ鉄道はオンボロのディーゼルカーをただ走らせているだけで観光列車なんです。
関東近郊では登山鉄道や蒸気機関車、トロッコ列車や富士山特急など、いろいろな観光列車が走っています。
どこの会社も、資金と知恵を使って、一生懸命観光列車を走らせています。
では、その同じ土俵にいすみ鉄道が上がって一緒になって一生懸命観光列車をやったらどうなるでしょうか。
いすみ鉄道も観光鉄道として都会のお客様の選択肢に入るようになる。
私はこれを警戒しています。
選んでもらえるようになるために、一生懸命選択肢に入ろうというのも方法だと思いますが、「登山鉄道に行こうか、蒸気機関車に乗りに行こうか、それともいすみ鉄道にしようか」、という選択肢の中に入るようになると、そこで競争が始まります。
価格で勝負するか、車両のグレードで勝負するかというような競争です。
そしてそういう競争にさらされると、いすみ鉄道は資金がないのでオンボロのディーゼルカーだし、沿線には取り立てて見るところは何もないわけですから、勝負になりません。
運よく選択していただいたとしても、そういうお客様はいろいろ期待して来るのですから、オンボロ車両のいすみ鉄道ではその期待に応えられず、来ていただいたお客様からクレームを受けることになるでしょう。
高いお金をかけて素晴らしい観光列車を作って、血みどろの勝負が待っているレッドオーシャンに飛び込んでいくのではなく、お金も掛けず、卑下することもせず、それでいて大海原をスイスイ泳げるブルーオーシャン戦略を行っているのがいすみ鉄道のビジネス戦略ということであり、ブランド化とはそういうために必要なものなのです。
そしてこういう商売のやり方であれば、不便な所でも辺鄙な所でも、お金がなくても、いろいろ戦略が立てられるし勝負ができる。
決してお金があって、便利な所だけが有利というわけではありませんよということをいすみ鉄道がお示しすることで、日本中の田舎が、やる気さえあればいくらでもチャンスがあるということがわかってもらえるようになるし、何とかの一つ覚えのようなアメリカ型経済の公式を当てはめなくたって、充分に活性化することはできるということを証明しているのです。
(つづく)