ファーストクラスのサービスをプランする。

列車の中でファーストクラスのサービスをしましょう。
そう考えて企画しているのが「レストラン・キハ」のランチクルーズトレインです。
鉄道旅行を取り巻く食文化は日本では「駅弁」が主流ですが、駅弁は駅弁として一つの完成品ではあるけれど、ファーストクラスのサービスというのであれば、やはり陶器のお皿にのった温かいお料理をお出しすること。
ところが、駅弁文化が根強い日本では、飛行機の上級クラスに乗ってもワントレーでお弁当がポン出てくることもあるのです。
それとは逆に、先日も台湾旅行をしていて感じたのが、温かいお弁当を食べさせる文化。
いつでも温かいお弁当を食べさせるのは、コストだとか、効率性、それに衛生面で日本では難しいかもしれないし、日本のお弁当文化は、もとはといえば握り飯から発展したものだから、冷たいのが当たり前で、日本には温かい駅弁を食べさせる文化は見当たらないし、駅弁以上のお料理を列車の中で食べていただけるのは、北海道へ行く寝台列車しかないわけです。
つまり、列車の中でお皿にのったお料理を食べたい人は、北海道へ行かなければならないということになってしまいます。
そんな日本の鉄道文化に新風を巻き起こそうと、旅行業ご出身の肥薩おれんじ鉄道の古木社長さんが考え出したのが「オレンジ食堂」。
このスタイルなら何も1000kmも遠くへ移動しながらでなくても、地元の鉄道で本格的なお料理がお楽しみいただけるわけです。
つまり、ご飯を食べるためだけに乗る列車で、そのための食堂車がオレンジ食堂なんですね。
ヨーロッパやアメリカで流行っているクルーズトレインですが、日本では革命的なことで、列車の中でお皿に盛りつけられた暖かいお料理を食べることができる。
これぞまさにファーストクラスの旅なんです。
私と旅行をする友人の皆様方はご存知ですが、私は列車の中で缶ビールや缶ジュースを飲む時には必ずグラスについで飲む習慣があります。
ペットボトルはまだ大丈夫なんですが、金属がどうも苦手なものですから、缶に口をつけて飲みたくないし、缶ビールなどはグラスについで飲まなけれな美味しくない。
だから、新幹線に乗る前にはプラカップを買って乗るのです。
そういう人は少数派かもしれませんが、たったそれだけのことで、飲み物が美味しくなるし、気分も盛り上がります。
そこで、レストラン・キハでは、当然といえば当然ですが、ワイングラスに注いでワインをお召し上がりいただきたいと思い、先月、肥薩おれんじ鉄道を訪ねて、オレンジ食堂を体験させていただいたのです。
列車の中でワイングラスでワインをお楽しみいただくためにはどうしたら一番良いだろうか、教えていただいたわけです。
とはいえ、オレンジ食堂スタイルをそのままパクったわけではなく、その後私なりに考えて列車の中でもワイングラスが倒れない仕掛けを作りました。
陶器のお皿、温かいお料理、フォークとナイフ、そしてワイングラス。
これが、いすみ鉄道で実現可能な最低限のファーストクラスサービスだと考えたのです。
と、そこまでは良かったのですが、困ったのがワインの選定。
私が晩酌で飲んでいるのは焼酎か泡盛ですから、ワインのことはほとんど解りません。
イタリアンをお召し上がりいただくと言っても、今時の「パスタ」を私は今でも「スパゲティー」と呼ぶ方がしっくりきますし、そのスパゲティーを食べる時にどうしてフォークだけでなくスプーンが出てくるのか、どうしてスプーンの上でスパゲティーをクルクルさせて食べるのか、どうも私には理解できないのですから、そういう人間がワインやイタリアンをサービスするプランを考えてはいけないわけです。
ファーストクラスのサービスをファーストクラスに乗ったことがない人が考えるとピントがずれるどころか、トンマな内容になって、その道の皆様方から笑われることになるというわけです。
そこで、私はふだんからワインを研究し、最近のレストランではどんなお料理が流行っているのかということに詳しい私の友人たちの力を借りることにしたのです。
これ、素直な気持ちです。
そして、素直に友人たちに協力をお願いしたら、快く引き受けてくれたのが先日の試験運行というわけです。
ワインが無知な私に代わってワインを選んでくれたのが米系航空会社のサービス責任者の方。
航空会社はコスト管理が厳しいのですが、その中でも美味しいワインを出さなければならないのが苦しいところでもあり、腕の見せ所でもあります。
何しろお客様は世界をまたにかけて飛び回っているファーストクラスやビジネスクラスの方々ですから、そのステイタスに見あったワインでなければなりません。
だから、いすみ鉄道の列車の中でお召し上がりいただくワインは国際線ファーストクラス仕様の選定なのです。
(ただし、ワインにウンチクを垂れるのはだいたい日本人だけで、外人は美味しいワインであれば値段や銘柄に関係なく素直に美味しいと評価してくれますので、いすみ鉄道のワインセレクションも、決して高価ではありませんが、フリードリンクとしては美味しいワインを揃えています。)
ワインだけではありません。
スープも味が良いのはもちろんですが、ファーストクラスですからカップじゃダメで、やはりスープ皿でなければ。
日本人は何の抵抗もないことですが、ヨーロッパやアメリカでは基本的にはドリンク以外は食器に直接口をつけるような食べ方やサービスはないんです。
そんなことを考えていくと、どうしても、ビジネスクラスやファーストクラスを何度もご利用いただいている方々のご意見が必要になるわけで、その部分ができるかどうかが、ワンクラス上のサービスへ移行できるかどうかの分岐点になる。
これはコンサルに高いお金をかけて、もっともらしい報告書をもらっても意味がないのではないでしょうか。
ファーストクラスのお客様というのは、基本的にはある程度の物欲を卒業された方々です。
ローカル線でファーストクラスのサービスを提供しますと言っても、車両がボロだとか、座席が狭いとか、そういうことはどうでも良くて、本物かどうかを見極めることができる方々だと私は考えます。
だから、ワンランク上のサービスとは、車両が新しいとか、座席が広いとかではなく、もっと基本的な部分で勝負できるというのを私は確信しています。
そして、そういう人たちにご満足いただけるサービスというのは、体験している方々でなければわからない。
ということは、ある程度のポジションになっても職員の出張にエコノミークラスしか乗せないような会社が、お金に糸目をつけずにファーストクラスのサービスを考えたとしても、それなりのサービスしか思いつかないのは当然といえば当然なのです。
おっと、批判ではありませんよ。
見解です。
(つづく)