需要を開拓するということ その4

いすみ鉄道が走る房総半島は、気候が温暖で農作物が良く育ち、海は豊かな漁場に恵まれた素晴らしい土地です。
房総半島の人たちは、首都圏に住んでいるたくさんの人たちの胃袋を支えるために、昔から、そう、江戸時代から、採れた農作物や海産物を東京へ送ることで生計を立ててきました。
首都圏に近いという利点を生かして、採れた商品を加工したり、特別な工夫をしなくても、送るだけで生計を立ててくることができました。
半年雪に閉ざされるような厳しい土地柄でもありませんから、住んでいる人たちは皆のんびりと暮らしている風土があります。
ところが、近年、急速な交通機関の発達で、地域の産物を東京へ送るというだけでは価値がなくなる事態が起きているのです。
例えば、房総半島であれば、朝採れた魚介類が首都圏の人たちの夕方の食卓に並ぶことが可能です。朝採れの新鮮野菜も夕方には食卓に出てくる。
こういうことは昭和の時代から房総半島という位置だからできたことだったのですが、今では、東京のスーパーで、例えば五島列島の鯵がタタキで食べられますし、豊後水道のサバも刺身で食べられるようになりました。
季節になれば釧路で揚がったサンマを東京で刺身で食べられるようになったのです。
つまり、航空機による短時間の輸送や、保冷輸送技術の進歩で、別に首都圏でなくても、九州や北海道でも東京へ向けて新鮮な食材が提供できるようになったのです。
ということは、房総半島の海産物や農作物が、日本全国の特産品と勝負をしなければならなくなってしまったわけで、それまでたいした工夫や改良をすることなく、東京に近いという利点だけで、東京に送るだけで商売になっていた商品が、いきなり全国区での競争に耐えられるかどうかを問われるようになってしまいました。
今まで、特に工夫することなく、ただ採れた産物を東京に送るだけの商売はすでに先細りの状態なのです。
では、これから、房総半島はどうやって生きて行ったらよいのでしょうか。
これが、今、房総半島につきつけられている課題です。
地域の人たちはどうにかしなくてはならないと思っているものの、かといって今更商売を替えることは難しく、ジリ貧の状態が続いているのです。
でも、私は、そんなに難しく考えることはないと思います。
東京の人間の気持ちになってみればすぐにわかることなのですが、五島列島の鯵や豊後水道のサバ、大間のマグロが東京で食べられるのは、だんだん東京の人にとっては当たり前になっています。
飛行機で運んで来たり、イケスを積んだトラックがあるわけですから、あとはコストが見合うかどうかの問題だけです。
でも、逆はどうでしょうか?
東京の人が五島列島まで鯵を食べに行こうと思いますか?
唐津の呼子までイカを食べに行こうと思うでしょうか?
中にはそういう人もいるとは思いますが、一般的にはNOでしょう。
なぜなら遠すぎるから。
海のものでいえば、北海道の毛ガニや山陰の松葉ガニなど、商品価値が高い特産品ならば、飛行機に乗ってまで食べに行こうと思うかもしれませんが、鯵、サバ、サンマ、マグロなどの一般的な産物は、飛行機に乗ってまで食べに行こうと思わない。
けど、日帰りのドライブの目的地としてみた場合には、たとえふだん食卓で食べている鯵、サバ、サンマなどの魚でも、新鮮で採れたてのものを食べに行こうという需要は存在するのです。
アクアラインを使えば東京から1~2時間でくることができる房総半島なら魚を食べに来ようと思います。
距離や時間、旅費などを総合的に考えてみても、首都圏の人口の100人に1人ぐらいは、年に1~2度程度であれば、「おいしい魚を食べに行こう。」と思う人はいるはずです。
だから、今やっている商売を止めて全く新しい商売に商売替えをするのではなく、今の商売の延長線上に、きっと存在するはずの潜在需要を掘り起こすことができれば、将来の展望が開けるのです。
その典型となるのが私がいすみ鉄道で行っている観光鉄道化。
いすみ鉄道には美しい海岸線もなければ、清流もありません。日本一を競うような鉄橋もないですけど、演出の仕方では立派に観光資源となるんですよ。ということを具現化しているのです。
これを応用すれば、いすみ鉄道に限らなくても、沿線には様々な資源があるわけですから、「何だ、ああやってやれば良いのか。」と、いすみ鉄道の同じようなやり方や、いすみ鉄道に便乗した商売をやれば、いろいろなところにいろいろな可能性が潜んでいるのを、自分のものにできるのです。
来年には圏央道が大多喜町のすぐ近くまでやってきます。
いすみ鉄道の大多喜駅から羽田空港まで50分程度の距離になるのですから、すごい可能性があるわけです。
青森県の大間にマグロを食べに行く人はほとんどいないと思いますが、いすみ鉄道に乗りに来て、伊勢海老を食べる人ならたくさんいるはずです。
大多喜町は茂原よりも一宮よりも東京に近くなる。
私は声を大にして、房総半島の可能性を言って歩いています。
人間は必ずどこかへ行きたいという欲求があります。
「他のところへ行くのであれば、うちへおいでよ。」
そう言ってもなかなか来てくれない地域もあれば、すぐに来てくれる地域もある。
こちらから商品を送っても勝負にならなくなってきていますが、向こうからお客様にいらしていただくことができるのが首都圏に近い房総半島の利点なのです。
だから、今やることは、お客様を呼ぶこと。
そして、お客様がいらしていただくことで商売が成り立っている間に、切磋琢磨して、例えば伊豆半島のような一流の観光地へと進化していく必要があるのです。
(おわり)