需要を開拓するということ その2

今からちょうど3年前、私がいすみ鉄道の社長に就任した時には、いすみ鉄道は200型のレールバスが6両で、地元の子供たちや高校生が描いた絵をヘッドマークにして走っていました。
いすみ鉄道は地元が出資する第3セクター鉄道として、20年以上にわたり毎日毎日地元の高校生やお年寄りの輸送を安全第一に黙々とこなしていました。
そこで私はこの鉄道に観光客を招くことで、観光鉄道として再生することを考えました。
基本はあくまでも地元の足ですが、その足を守るための収入の道を観光鉄道に求めたのです。
鉄道は本来の役目としてお客様を目的地まで運ぶのがその使命です。
でも、観光鉄道というのは、乗ることそのものが目的になりますから、お客様は大原までJRで来ようと、家から直接車で来ようとかまいません。
要はいすみ鉄道に乗りに来ていただければ自宅からの交通手段はどうであれ、それは問題ではないのです。
これが「需要の開拓 その1」です。
つまり、車でくるお客様を鉄道に取り込むことで、ローカル線の乗客数アップができる見込みました。
そして「需要の開拓 その2」は、
お土産を買っていただくこと。
駅に直営売店を設けて、観光鉄道に乗りに来ていただいたお客様にお土産を買っていただくことで、収入増を狙うのです。
ここまでは普通に考えれば誰でもご理解いただけると思いますが、私がそれにプラスしたのは、
「乗らなくても良いですよ。車で来ていただいて、お土産だけ買っていただければ結構です。」とお客様にお願いしたのです。
鉄道会社なのに「乗らなくても良い」というのは、当時周りの人から「ずいぶん乱暴な言い方だ。」と非難されました。
そういう人は、どちらかというと頭で物事を考える人たちで、例えば、コンビニが「トイレだけでもどうぞ。」といっているのがなぜかわからない人ですから、私はいちいち説得して回るのも疲れるだけなので、「まあ見ていてください。」と私なりの商売を続けさせていただきました。
簡単に言うと、いすみ鉄道は、1:「車で来ても良いです。」 2:「乗らなくても良いですからお土産だけ買ってください。」ということで、一般の人がいすみ鉄度のお客様になるために越えなければならないハードルをうんと低く設定したのです。
今までのローカル線問題を見ていると、マイカーの普及がローカル線を廃止に追い込む原因になっています。つまり、ローカル線にとってマイカーは敵なわけです。
鉄道ファンという人たちは律義でまじめな人が多いですから、鉄道を応援するには車で行ってはダメで、鉄道で行かなければならないと考えるわけです。
車で駅に立ち寄るだけではローカル線を支援することにはならないと当たり前のように思っているのですが、私はその呪縛のようなハードルを取り払って、「車でも良いし、乗らなくても良いから、一度おいでよ。」と言ったのです。
そして、そのためのお客様へのアピールがムーミン列車でした。
田園の中や、田舎の駅に黄色いムーミン列車が走る姿は絶対に心惹かれるものがあります。
それが、鉄道ですから、特別なイベントじゃなくて毎日毎日黙々と走っている。
その姿を見に来てさえくれれば、わかる人は絶対にわかってくれるから、まず最初の1回目は車でもなんでもいいから来てもらう必要があるのです。
どんな商売でも最初にそのお店のお客様になっていただくためにはたいへんな努力が必要です。
だから、最初の1回目のハードルをうんと低くして、お客様が簡単に来れるようにすることで、潜在需要を開拓し、次に、リピート需要に繋げていく。
これは、どんな商売でも基本中の基本なのですが、私が就任した時点で、日本のローカル鉄道で、この一般的な商売方式をやっているところはなかったのです。
その点では私はラッキーでしたし、効果が早く現れてきたことは間違いありません。
(つづく)