なぜ「卒業生感謝フリー券」なのか?

いすみ鉄道が発売する「卒業生感謝フリー券」。

なぜ、こんな1年間使えるフリー切符を3000円で発売するような「暴挙」にでるのか。

 

からくりはこうです。

 

あなたが食堂の経営者だとします。

毎日毎日ご飯を食べに来てくれるお客様はお得意様です。

その、毎日毎日欠かさず食べに来てくれているありがたいお客様が、ある日を境に突然来なくなります。

あなたが経営者ならどうしますか?

 

通学利用の高校生は、鉄道会社にとって見たら、毎日ご飯を食べに来てくれる食堂のお客様と一緒です。

とてもありがたいお客様です。

でも、そのとてもありがたいお客様が、ある日を境にピタッと乗ってくれなくなります。

これが通学定期旅客の宿命です。

だって、卒業してしまうのですから。

 

私は、こういう現象を毎年見てきて、お客様が卒業して行くということはとてもおめでたいことなんだけど、それを、指をくわえて、手をこまねいて見ているだけで良いのだろうかという疑問を持っていました。

彼らは、食堂の料理に飽きたわけでもなく、近くにもっとおいしくて安い食堂ができたわけでもなく、卒業という儀式を済ませた途端にお客様ではなくなる。そして、永久にお客様ではなくなる。これがいすみ鉄道の通学定期の学生さんです。

 

この地域の高校生は卒業の目処が立つと、皆さん自動車の免許を取ります。千葉市内や東京方面への就職や進学の場合でも、たいていは茂原まで自分で車に乗って行くか、親に送ってもらうかで、茂原からJRで千葉方面へ向かいます。

いすみ鉄道には二度と乗らなくなります。

別に、いすみ鉄道が嫌いになったわけでもなく、ただ、用がなくなったという理由で、乗らなくなります。

 

そういう場合、商売としては何らかの対策を取るべきではないでしょうか。

 

これが私が抱いていた考えです。

 

だから、地域の高校3年生に、それまでのご利用やご支援に感謝して、1年間フリーパスを3,000円で販売してみようと思いました。

 

「そんなことしたら、会社としての収入が減るのではないか?」

 

そう心配される方もいらっしゃると思いますが、でも、現実問題として、地元の高校へ通っていた人が、卒業後、通勤定期に移行する人はいません。大学や専門学校へ通うために、いすみ鉄道の通学定期を継続してくれる人もいません。

ゼロなんです。

だから、収入が減るということはありません。

もともとゼロなんですから。

 

卒業したら二度といすみ鉄道に乗らない。

次に乗るのは、免許を返納した時でしょうか。(笑)

かつての卒業生も含めて、ずっとそういう状態が続いているのが地方鉄道の実体です。

 

でも、3,000円で1年間自由に乗れるフリー切符が買えるなら、もしかしたら年に3~4回は乗ってくれるかもしれません。

もしかしたら、千葉市内まで通学に通うために、「たまにはいすみ鉄道で行こうかな。」と思ってくれるかもしれません。

「お母さん、茂原まで迎えに来てよ。」と家にメールや電話をしたら、「あんたいすみ鉄道のフリー券持ってるんだから、それで帰って来なさいよ。」なんて言われて、お母さんとしたら迎えに行く手間が省けるかもしれません。

 

今がゼロなんですから、いすみ鉄道にとってみたら1枚でもこの切符が売れて、1人でも卒業後に利用してくれる人がいたら、プラスになるんです。

まして、この切符を売ったとしても、いすみ鉄道としてはお客様にサービスを提供するために、特別に仕入れをするわけでもありませんし、在庫を抱えるわけでもありません。人件費も燃料代も余計にかかることもありません。

時刻表に掲載されている時刻で列車は毎日走っているわけで、その列車に自分で乗っていただければよいだけですから、新たなコストは発生しないのです。

 

だから、こういうことはやってみるべきだと、私はこう考えました。

 

卒業したら2度と乗らなくなるはずの人でも、なんとなく年に2~3回でも乗ってくれれば、その後もいすみ鉄道とかかわりを持っていただける可能性ができるはずだ。それが私の期待です。

 

この切符は、一応限定200枚ですが、私の販売目標は10枚です。

10枚売れればよいでしょう。

卒業したら必要ないと思われるものに、お金を出すのは無駄ですから。

でも、3000円なら、1日フリー乗車券が1枚1000円ですから、1年間に3回乗れば元が取れる。だとすれば、とりあえず買ってみるか。

そういう人が10人いてくれれば、私の目標は達成です。

 

何しろ、来年の3月31日まで有効なパスなんて、そういうものを持っているだけで、インスタ映えもしますしね。

 

それともう一つの理由。

それは、利用客の増加です。

 

ローカル鉄道は利用客をどう増やすか、ということが全国的にひとつの大きなテーマです。

これは1年間有効の乗車券ですから、国交省の省令に従えば、1日2人換算になりますから、1年間で730人。1人がこの切符を買ってくれれば、年間730人乗客が増えたことになります。だから、10人買っていただければ7300人の乗客数がアップするのです。

切符のルールでそうなっているのですから、私はそのルールに従ってお客様の数をカウントするだけで、乗客が大きくアップすることは歴然とした事実ですから、そういうこともやってみる価値があるというもので、手をこまねいて見ているようなことはするべきではないと考えているのです。

 

ということが、卒業生感謝フリー券を発売した理由です。

 

毎日、「おはようございます。」「おつかれさま。」といってあいさつを交わしている顔見知りの高校生が、そのまま卒業して消えていくのを手をこまねいて見ているということは、私には耐えがたいことなのですから。

 

あさっては大多喜高校の卒業式。

卒業おめでとうございます。

卒業生の皆さん、学校の帰りに3000円を持って大多喜駅の窓口にお立ち寄りください。

 

いすみ鉄道から皆様へ、感謝の気持ちを込めた大盤振る舞いです。

 

バカな社長がいたもんだ。と、10年後、20年後の同窓会の時にでも語り草にしていただければ、私がいすみ鉄道の社長をさせていただいたことに意義があるというものですから。

 

どうぞよろしくお願いいたします。