供給の保存ということについて

経済の話のついでにもう一つ。
コンビニで売っているアイスクリームはいつ作っているか知っていますか?
できるだけ安く作るためには、アイスクリームの工場が一番暇な時期である冬の間に作っておいて、一番需要がある夏に売るのです。
こういうことを「供給の保存」といいます。
飲料などもそうですが、供給の保存ができるビジネスは、在庫を持っておいて、お客様が集中する時期にその在庫を販売することができます。
スーパーなどのプライベートブランドというのも、このような考え方を基にして生まれました。
ところが交通機関では他の商売と違って、この供給の保存ということができません。
今日の指定席は空席があるので、明日に取っといて明日売りましょう、なんてことは不可能です。
ゴールデンウィークや帰省ラッシュのために、あらかじめ座席を在庫として用意しておいて、ピーク時に販売するなんてことができれば最高なのですが、座席というものを商品とする交通機関では、アイスクリームのような供給の保存ができないのです。
1990年代に世界中の航空会社が経営危機に陥りました。
私の勤めていた会社も、ビジネスクラスやファーストクラスに空席が目立つようになりました。
航空会社も座席という商品を提供している以上、供給の保存ができません。
今日、空席だったビジネスクラスを、明日に回して販売することなどできないのです。
そこで私はフライトの責任者として考えました。
そして、ドアを閉めて出発してしまったら価値がゼロになる座席を瀬戸際で販売したのです。
「お客さん、今日、ビジネスクラスへ5万円で変更できますが、いかがですか?」
エコノミーのお客様に、チェックインカウンターで、空席があるビジネスクラスをお勧めしたのです。
航空券にはルールがあります。
ファーストやビジネスクラスはクラス料金ではなく運賃そのものが別建てで設定されているのが航空運賃。
この点、グリーン料金など、基本運賃にクラス料金やサービス費をプラスする今のJRの運賃・料金体系とは大きく異なります。
だから、差額を算出するためには細かな運賃計算が必要となります。
IT券と呼ばれるような割引エコノミーの切符では、変更不能で差額など計算できないものもたくさんありますから、とてもじゃないけれど、出発間際の空港でそんな面倒なことをやる航空会社はありません。
でも、出発時刻になってドアを閉めてしまったら50万のビジネスクラスも何の価値もなくなってしまいますから、私は5万円で希望者に販売したのです。
エコノミークラスに300人予約が入っているとしたら、通路側が取れないとか、非常口前じゃなければいやだとかいう人たちが数十人出ます。
そういう人たちに5万円でビジネスいかがですか?と聞いたのです。
すると、だいたい1フライト10名ぐらい希望者が出てきます。
50万のビジネスクラスに5万円で乗れるのですから、ビジネスクラスの金額を知っている人は喜んで払います。
お客様ご自身に選択する機会を与えるわけですから、5万円が高いという人は、3人掛けの真ん中の席でも文句を言わずに座っていきますので、クレームも発生しません。
1日2便あれば、多い日で100万ぐらいのキャッシュが会社に入ってきます。
もちろんIATAの航空運賃規則では認められていることではありませんから、上司には報告せずに、発券係とカウンターの責任者である私とがグルになって2人で勝手にやったのです。
1日100万。1か月で数千万の売り上げが、いつの間にか手元にあるのです。
そうすると、会社も気が付きます。
お前は何をやっているのだ! と、運賃規則に詳しい上司は目くじらを立てて怒ります。
でも、手元にはすでに数千万円が残っているのです。
これが既成事実ということ。
こうやってお金を稼ぐ方法を空論ではなく結果で示すことができれば、物事は先に進んでいくのです。
私は、世界で初めて、運賃規則にはこだわらず、出発前の飛行機の後ろから前へお客様を移動させるだけで毎月毎月数千万円を稼ぎ出すことに成功した男なのです。
当時、すでにIATAにリーダーシップはなく、航空会社はそれぞれが生き残りに必死でしたから、私のやっていることは日本の上司には否定されたけれど、本社から「もっとやれ!」と言ってきて、空港でどんどんお金を稼ぐシステムを作り上げたのでした。
最終的には本社がシステムとしてこの方法を取り入れ、会社が就航している全世界の空港でこういうやりかたをしましたから、おそらく、私は会社に対して数十億円、数百億円の貢献をしたと自分では思っていますが、お金というものは、一旦会社に入ると、押しなべて平らにされてしまうものですから、私の懐には、その数千分の一か、数万分の一、いや、それ以下の金額しか入ってきませんでしたけど。
こういうことも、世の中の構造の一つですね。
ビジネスとは、扱っている商品の性質によって、さまざまな対応を求められるものです。
商品の特性をよく見極めて、他とは違うことをやっていかなければ、今のような時代には民間企業は生き残れないものなのです。
前例がないことをやるのを嫌う人たちは、ビジネスの世界には顔を突っ込まない方が無難です。
おかみからの指導を忠実に守り、最後まで航空運賃の規則にこだわって、こういうことをやらなかった日の丸航空さんは、結局潰れてしまいましたからね。
どうです?
だから、いすみ鉄道は次に何をやるか楽しみな会社なのだ。
そう思いませんか?