鉄道を趣味にするということ

昭和35年生まれの私は物心ついたときから鉄道が好きでした。
私は渋谷の日赤病院でこの世に生を受けましたが、最初の記憶は、練馬に住んでいた頃、西武池袋線の線路際で、電車を見ていたことと、空を見上げると軽飛行機が飛んで行って、そのあとにキラキラ光る物が空から降ってきたこと。
当時は商店街の大売り出しなどのお知らせは小型飛行機からビラをまくのが一般的だったということを後で知って、あのキラキラ光っていたものはビラだったのかと驚くと同時に、自分は最初の記憶からして「電車と飛行機なんだ」と思ったものです。
鉄道というのは、公共輸送手段であり、目的地まで安全、正確に移動することの手段の1つであるということが、最大にして唯一の使命であることは明白です。
では、それを趣味にするということは一体どういうことなのでしょうか?
私は、鉄道趣味というのは、輸送手段である鉄道に付加価値を付けることだと考えています。
輸送手段であれば、誰だって新しく快適な車両で、できるだけ短時間で目的地に到着するのが良いわけで、わざわざ遅い列車に乗ったり、数十年も前の古い車両に乗ったりする必要はないはずで、あえて遅い列車に乗ったりすることがあるとすれば、それは、特急料金を節約するなどといった経済的な理由によるものだと思います。
ところが、趣味人は、あえて遅い列車に乗ってみたり、古い車両を探してみたりと、それぞれの楽しみ方を見出して、輸送手段である鉄道に自分なりの付加価値を付けて楽しむことができる幸せな人たちです。
つまり、物事に付加価値を付けることができれば、幸せになることができるわけです。
私が中学生のころ、SLブームというのが日本中に起きました。
当時は自由に各地を旅行することができない時代でしたから、私は時刻表を見ながら、机上旅行をするしか術はなく、学校にも交通公社の大型時刻表をかばんに詰めて持って行くのが日課でした。
今思えば、当時、もっと自由にあちこち旅行が出来ていたら幸せだったろうなあと感じることもありますが、逆に言えば、当時、不完全燃焼だったからこそ、50歳の今でも鉄道に夢中になれるのだとも考えます。
鉄道というのは、複雑なダイヤの上を列車が正確に走り、車両には様々な形式があって、それぞれに用途分類されていたり、運賃や料金などのルールが細かく設定され、整然と運用されているなど、どの部分を見ても、すべてに整合性が取られている世界です。
こういうことを趣味にするということは、物事を論理的に系統立てて考える癖を付けることになると思います。
鉄道に興味を持っている若い人たちを見ると、「よく気が付いたねえ。」「よく見つけたねえ」と褒めてあげたくなりますね。
彼らは頭脳を磨くチャンスと、幸せの入口を見つけたのですから。
ところが、どの世界にも、いつの世にも、ある一定の割合で犯罪を起こしたり、ルールを守れなかったりする人たちが存在するように、鉄道趣味人の中にも少数派として、自分さえよければ良いという人たちが存在します。
そういう人たちは目立ちますし、時として反社会的な行いをしますから、鉄道趣味人の社会的評価が下がってしまう悲しい現象が発生します。
そして、そういうことがあると、鉄道会社は、鉄道趣味人を排除しようとする行動に出ます。
鉄道が好きで鉄道会社に就職したにもかかわらず、会社が趣味人を排除しようとしているのですから、堂々と胸を張って「鉄道が好きだ!」とは言いづらくなり、立場も弱くなります。
国鉄が民営化されてJRになって23年ですか。
今のJRは鉄道が好きで働いている人たちが、「鉄道が好き」と堂々と胸を張って言うことがはばかられるような組織になっていませんか?
私は小さな第3セクターの社長ですが、自ら「鉄道が好き」と公言します。
そうすれば、鉄道が好きでいすみ鉄道で働いているスタッフが、堂々とできるでしょう。
好きな人たちが集まっている会社だから、夢があるでしょう。
好きだから、一生懸命働くんじゃないでしょうか。
いつだったか、どこかのJRの幹部が就職を希望する若者に、「うちは鉄道ファンは採用しない」と公言していたことがありましたが、そういう会社に限って、関連子会社を設立し、大量生産した鉄道趣味商品を限定品と称して鉄道愛好家に売りさばき、利ザヤを稼ぐだけの即物的商売をやったり、古くからの駅弁屋さんの構内営業権を更新させずに締めだしたりしているものです。
特急列車の発着するホームを見ると、自社直営の駅弁売店が中央の一番良い所に店を構え、昔の駅前食堂から発展した伝統の駅弁屋さんがホームの端の方に追いやられている光景を目にしますが、私が言うのはそういう会社のことです。
本当は嫌いな相手、来て欲しくない相手である鉄道ファンに、営業目的のためだけに商品を販売するようなやり方は、大きい会社だからといって許されるものではないと私は思います。
本当は、もっと啓蒙思想をもって、小さな子供たちに鉄道の良さを知らしめるような努力をするのが、大きな鉄道会社のやるべきことだと思いますが、混雑時のターミナル駅に先頭車両を反対側に付け替えなければならない機関車の列車が入ってくるのを迷惑がってブルートレインを廃止したり、OO商事というような会社を作って、独占的にグッズを販売するようなやり方は、私は感心しませんね。
近年新しくなった鉄道博物館でさえ、文化的、歴史的資料館と言うよりも、お金を稼ぐ手段としてしか考えていないような運営も、根源では鉄道趣味人を否定する会社のやり方としてはどうかと思います。
いすみ鉄道は、社長が鉄道趣味人です。
列車に興味を持つ人々の気持ちがよくわかります。
どういうところが愛好家の心をくすぐるかという「ツボ」も心得ています。
だから、働くスタッフも自分が鉄道が好きだということを堂々と言えますし、お客様に喜んでいただけるように、自然と力が湧いてくるのだと思います。
そして、いらしていただいたお客様がご満足していただければ、結果として会社が良くなるものだと考えています。
大きな会社になればなるほど、利益最優先主義で、儲かりさえすれば何でも許されると思っているような感じを受けるのは、私は、本来あるべき姿ではないと思います。
都市交通とローカル線では違うといわれるかもしれません。
確かに輸送量や輸送密度は異なりますが、お客様からお金をいただく商売という点では同じです。
鉄道が好きな人たちが堂々と、そして一生懸命働く会社は、良いサービスを提供することができると思います。
来週の月曜日、いよいよ自社養成乗務員訓練生が入社します。
40代~50代のいい年をしたおじさん達が、人目をはばからずに「鉄道が好きです!」と言ってやってきます。
そういう人が運転する列車は、どんな素晴らしい世界を繰り広げるのか、今から楽しみです。
皆様、おじさん訓練生たちをどうぞ温かく見守ってあげてください。