昭和のガール・フレンド

「あの、鳥塚社長さんですか?」

先日、新山口の駅で声を掛けられました。
多分大学生ぐらいの若い方でしたが、頭の薄い60オヤジに声をかけるとはかなり勇気がいることでしょう。

「そうですよ。声をかけてくれてありがとう。」

私はそう答えました。
新幹線の発車時刻があったのでそれ以上お話をすることはできませんでしたが、私は相手がよほど無礼な感じじゃない限りは、じゃあ、一緒に写真撮りましょうと言って、相手のカメラで自撮りのツーショットを撮ることにしています。
私は芸能人ではありませんが、声をかけていただくのはありがたいですからね。

中にはこんな方もいらっしゃいます。

「この間、横浜でお見受けしたんです。でも、女性の方と一緒だったので、お声をおかけしませんでしたが。」

こういうのはちょっとドキッとしますね。

さて、いつだったか?
確か、横浜へは行ったけど、誰と一緒だったっけ?
いやいや、横浜へはそれほど頻繁に行くわけないですから、あの時に決まっているわけで、あぁ、見られていたんだ。
と、その瞬間に私の頭の中は富嶽のように世界最高速で回転します。

で、相手の話がそれで途切れるようなら、
「あぁ、そうですか。横浜へはときどき行きますから。」
と、余計なことを言わないようにしてかわすのですが、相手がそれ以上突っ込んでくるようなら、
「あぁ、ガール・フレンドと一緒でしたよ。」
と答えるようにしています。

幸いに私のガール・フレンドは私のように謝罪している姿をネットでさらされるようなことはありませんから面が割れておりません。
そして知らない人にウソをつくわけにはいきませんから、ガール・フレンドと一緒に居ましたと正直に申し上げることにしております。

昭和、平成、令和と3つの時代にわたって生きてきましたから、私にはガール・フレンドはそれぞれの時代ごとにいるのであります。
そして、こう見えても意外にもモテる男のようですから、それぞれの時代のガール・フレンドは現在でも現役なのであります。(爆)

ということで、近未来予測ではありますが、横浜にはこれだけたくさんの人が居ますから、きっと私のことを知っている人が居るかもしれませんから、ふいに尋ねられた時のために、いや、尋ねられないように前もって申し上げておきます。

週末の混雑する横浜の街を、私は久しぶりにガール・フレンドと歩いておりました。

風の歌を聴け
1973年のピンボール
羊をめぐる冒険

などなど、村上春樹にかぶれていた当時の文学青年は、60オヤジになってもそんなたわけを言っているのですが、札幌のいるかホテルには泊まったことはありませんが、横浜のいるかレストランはお気に入りの場所であります。
(こういう色っぽい話は鉄道ファンは苦手でしょう? わかる人にだけわかる話)

貨物船は見えない・・・

さて、明日は月曜日。
また一生懸命に働きましょう。