今日は50回忌

今日は50回忌です。

今からちょうど50年前の昭和50年、1975年12月14日に国鉄の蒸気機関車がけん引する旅客列車が消えた日です。
明治5年、1872年に新橋―横浜間に開業した鉄道は、蒸気機関車が客車や貨車を引いていました。
その鉄道開業から103年で、国鉄線上から蒸気機関車が引く旅客列車が消えたのです。
北海道の室蘭本線、室蘭発岩見沢行225列車が最後の列車となりました。

その10日後の12月24日に、今度は蒸気機関車が引く貨物列車が夕張線を最後の運転をして、旅客、貨物ともに103年続いてきた蒸気機関車の活躍が終了しました。

今日はその蒸気機関車がけん引する旅客列車が消えてからちょうど50年の日です。

私はその時中学3年生でした。
15歳の少年の心に大きな失望感を残しました。
中学3年生にとって、この年はつらい年になりました。
当時は偏差値時代です。
北海道で大すきな蒸気機関車が無くなるというのに、受験勉強で旅行どころではありませんでした。
今のようにリアルタイムで情報が取れる時代でもありません。
確か日曜日だったと思いますが、225列車が室蘭を発車する時刻から岩見沢に到着する間まで、
「あぁ、今頃最後の列車が走ってるんだなあ。」
と、遠い北の国に思いを馳せていました。

唯一の救いだったのは、その年の春休みに私は思い切って北海道へ行っていたこと。
春休みの講習会などの合間を縫って、たった1日ですが飛行機に乗って日帰りで北海道へ出かけていたのです。
もちろん、親には内緒です。
カメラを持って、早朝に家を出て、羽田7時発の飛行機に乗って千歳へ飛んで、千歳から苫小牧を経て追分へ行って煙を浴びることができました。

先日もUPしましたが、その時の225列車です。
苫小牧から追分まで乗ったこの列車が、私の人生で現役蒸気機関車がけん引する最後の列車になりました。

中学生が親に内緒で日帰りで北海道へ行く。
東京少年ならではの行動ですが、「今行動しておかなければ一生後悔する」と、この時わずか14歳のガキがそう思って行動したのですが、この経験がその後の私の人生を大きく変えたことは確かです。

チャレンジする。行動する。前に進む。
できるかできないかじゃなくて、やるかやらないかだ。

そんなことを教えてくれたのが私にとっての蒸気機関車なのです。

50年前の今日、最後の列車をけん引した機関車C57-135は今大宮の鉄道博物館に保存されていて、今の私はその機関車の前でこんなイベントをさせていただいているのですから、人生は不思議ですね。

ということで、今日12月14日は国鉄線上からSLが消えてちょうど50周年。
50年目の命日であります。

そしてその同じ日に、私は蒸気機関車の列車に乗って煙分補給をしているのですから本当に人生は面白いと言いますか、楽しいですね。

50年前は最後の蒸気機関車を見ることができなかった自分に落胆し、自棄(やけ)になったりもしました。当時の私は完全に不完全燃焼でした。
でも、その不完全燃焼があったから、今でも鉄道にかかわっていて、今日も煙を浴びている自分がいることは確かですね。

若い皆さん方も、思い通りに行かないことがたくさんあると思いますが、そういうすべての経験が、その後の人生に確実にプラスになっていきますから、落ち込んでも良いですが、腐らずに前向きに頑張っていただきたいと思います。

私はもう少しの間煙りのにおいをかいでいられたらなあと思っています。

ありがとう、蒸気機関車。