今日8月15日は終戦の日です。
日本が無条件降伏をして太平洋戦争が終わった日。
終戦の日が近づくにつれて昔からテレビは戦争の話ばかりになります。
私たちの親の世代というのは昭和一桁や大正末期の生まれ人が多いので、皆さん戦争経験者でした。
だから、私の世代は親の世代から直接戦争の話を聞いていますから、けっこう生々しかったりする。
友達と一緒に居たら艦載機が飛んできて機銃掃射。
みんなで逃げたんだけど、艦載機が飛び去った後、さっきまで隣りにいた友達がもう起き上がらなかったりとか、汽車に乗っていた時に艦載機が飛んできて機関銃でバババババッて撃たれて、前の座席に座っていた人が息絶えていたとか。
肥薩線の大隅横川駅のホームの柱にはその艦載機から機銃掃射を受けた時の機関銃の弾が貫通した穴が開いていて、それも斜め上から下へ向かって開いているのを見ると、確かに飛行機から撃ったものだということがわかりますが、親戚の伯父さん達からそういう話を聞いていたから、実感としてわかります。
外房線の大原駅の場内信号機だったかな。
非電化時代の腕木信号機にも機銃掃射の弾痕が残っていたと昔の人は言っていましたし、銀座のデパートに居た時に空襲に遭った伯父さんは、空襲が終わって屋上から下を見たら道路に大きな穴が開いていて、地下鉄の線路が見えたと言っていました。
一番衝撃的だったのはいつも遊んでいた公園があるんですが、どこかのおばさんが「あそこでは遊ばない方が良いよ。」というので、「どうして?」って聞いたら、空襲で犠牲になった人をトラックで運んできて、あの公園に埋めたんだっていうわけです。
昭和40年代の話ですけど、当時はまだ戦争が終わってから20数年しか経っていませんでしたから、30代以上の大人の人たちは皆さん戦争経験者だったのです。
で、その大人たちは皆さんそういう話を子供たちに聞かせながら、「食べ物を粗末にするな。」「好き嫌いなく何でもきちんと食べろ。」と言うわけで、そして最後に決まって「もう戦争の話は聞きたくない。」「戦争のテレビは見たくない。」と言っていたことを思い出します。
終戦の日が近づいてくると、「また戦争のテレビだ。」と言って目を背けていました。
40年前に御巣鷹山に飛行機が落ちてからは、この時期になると、戦争の話と飛行機事故の話が同じぐらいのウエイトで語られるようになって、少し戦争の話が薄れてきたように思いますが、それでも私の世代は近所に防空壕があったり、焼けただれた鉄骨が出て来たり、繁華街の街角には傷痍軍人と呼ばれる戦争で身体に障害を負った兵隊さんたちが物乞いをしていた姿を目の当たりにしていますし、それが子供の頃のトラウマになっていたりしますので、今日のような日はちょっとブルーになるのです。
なので、会社の帰りに何かおいしいものがないかなあとスーパーマーケットに寄ってみたのですが、地方都市あるあるで、お盆の時期のスーパーマーケットは大皿の料理が主流で、チョンガーの老爺が食べるようなものはありません。
オードブルだったり、寿司や刺身の盛り合わせだったり。
たぶん都会から子供や孫たちが帰省している家が多いので、そういうパーティー料理が売れるのでしょうね。

夕方に行ったので案の定売れ残った料理が割引になっていたのですけど、いやいや、こんな盛り合わせの刺身など、いくらお買い得価格になっていてもちょっと買う気にはなれませんね。
お魚のコーナーも、お寿司のコーナーも、お惣菜のコーナーもこんな感じのものですから、私としては珍しく何も買わずにスーパーを出てきて、家に帰って冷蔵庫の中にあるものでお料理をこしらえました。


回鍋肉と麻婆豆腐と3日前の残りのピーマンの肉詰めで プハ~!
このビール、見かけないでしょう?
セイコーマートでしか売ってないベルギービール。
いつだったか北海道で1カートン買って帰って来て大事に大事に飲んでいたのですけど、ついに最後の1本を今日飲んでしまいました。
安くておいしいんです。このビール。
また買いに行かないと。
北海道へ・・・
お盆のこの時期は観光鉄道は稼ぎ時なものですから、私はお盆休みは取らないで仕事をしているのですが、そういえばいすみの時は地域の人たちから「社長、うちへおいでよ。」と声をかけられて、よくごちそうになっておりました。
新潟でも、「お待ちしてます。」とお料理を並べてキレイどころからお呼ばれされることもあったんですけど、静岡では無いですねえ。
と、ポツリと付け加えておくことにいたしましょう。
皆さん、お盆休みをごゆっくりとお過ごしください。
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