直江津に行ってきました。
上越地域鉄道遺産群利活用会議の調査と打ち合わせです。
上越の人、直江津の人は直江津は鉄道の町だと言ってますが、私から見ると本当に直江津を鉄道の町と思っているのであれば、その鉄道の文化や歴史を後世に継承していく行動をしないといけませんよね。
でも、たぶん、何をどうして良いのかわからない人が多いのではないでしょうか。
だから、私はそういう活動のお手伝いをしたいと思っているのです。
私は東京生まれで東京育ちですから、トキ鉄に来るまでは直江津にも高田にもご縁はありませんでした。
もちろん国鉄時代から何度も来ていますよ。
私の信越本線初乗車は昭和50年の夏休みに妙高高原に来た時ですが、その次の年の夏休みには特急「白山」の食堂車でアルバイトをしましたので、直江津も高田も何度も通っていますし、その後も夜行列車で通過したり、あるいは旧型客車を乗り継ぐ旅の途中で立ち寄ったりしましたから、駅前のイカヤホテルがまだイカヤ旅館だったころからやってきています。
恐らくそういう人は東京にも大阪にもたくさんいて、「直江津」という名前を聞いただけで、ピンと来たり、懐かしく思ったりする人は多いのではないかと思っています。
今は特急列車が皆新幹線になってしまって、東京や大阪の駅では「直江津」という名前は聞かれなくなってしまいましたが、私は今ならまだ間に合うと思っています。
えっ?
何が間に合うかって?
あのね、東京や大阪の人たちに「忘れ去られること」にならないようにすることが、まだ間に合うと思うのです。
で、今日は直江津駅近くにある図書館へ行ってきました。
私が直江津で仕事していたころにはほとんど行ったことが無かったのですが(すみません)、実はここ、鉄道の町の図書館にふさわしく、鉄道に関する蔵書がとても多いのです。
どうです?
素晴らしい蔵書でしょう。
どれだけ素晴らしいかわかりますか?
上の写真をよく見てくださいよ。
気が付きましたか?
私の本も所蔵してあるのであります。(笑)
棚を見ていたら、「1975年上野駅24時」という写真集がありまして、思わず見入ってしまいました。
この写真です。
改札口の上にぶら下がっていた列車の時刻掲示板。
ここに直江津行ってあるでしょう。
23:47発と23:58発
急行列車「妙高4号」と「妙高5号」
わずか11分差で2本連続して出ていて、その後の0:22に急行「信州6号」が出ているのですから、いかに夜行の需要があったかがわかります。
こういうことも直江津の鉄道の歴史として私は重要だと思うのです。
東京や大阪などの大都会の人たちは、こうして日常的に直江津という名前を見聞きしていましたから、直江津という名前に対して皆さんそれぞれに思い出があるのです。
実は、この列車発車案内の掲示板、グッズ化されていまして、列車は違いますが、私も一つ持っているのであります。
16:14発、普通列車福島行。
EF57形電気機関車がけん引していた旧型客車の列車です。
2列と書いてあるのは「2列に並んで待て」ということですから、この札は改札口の上に書かれていたものではなくて、ホームの乗車位置案内として吊り下げられていたものを再現したグッズです。
こういうのを見ると思わず買ってしまうのです。
さて、話を元に戻しますが、ここ直江津図書館では、今、トキ鉄開業10周年を3月に控えて、特別展示コーナーを設けています。
3月中旬まで開催していますので、皆様、ぜひいらしてください。
私が直江津図書館がおもしろいなと思うのは、鉄道の書籍がたくさんあるのはもちろんですが、実はこの図書館の立地です。
どのような立地かというと、図書館の上がホテルなんです。
だから、ホテルの部屋に泊まってエレベーターで下に降りると図書館。
2~3泊してじっくりと鉄道の本を読んだり調べ物をしたりする旅も、なかなか面白いのではないかと思います。
つまり、それだけ楽しめると思うのです。
鉄道の町、直江津。
歴史の宝庫ですね。
(図書館内での撮影は係の方の許可を得て行っております。と、一応書いておく。)
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