「ハンバーガー200個くれ!」と言ったら、「こちらでお召し上がりですか?」と言われた件について

私の古巣の航空会社がニュースになっているようですね。

乗客に配ったのは「KFC」、機内食出せず BA国際線

でも、この程度のことは別にそれほど大きなニュースではありません。
なぜなら私は何度も経験しているからです。

台風や大雪で飛行機が出発できなくなることもよくある話です。
そういう時は空港近くのホテルもたいていは満室。
空港までの電車やバスもうまく動いていませんからお客様は自宅へ戻ることもできず、空港に缶詰めです。

今でこそ、空港を運営する会社が非常食や飲料水、簡易寝袋などが入ったキットを用意して個人個人に配布しているようですが、20年以上前はそんなこともなく、航空会社がお客様の面倒を見なければなりませんでした。

ブーブー文句を言ってくる人に対しては、「こんな時は早めに自分で自分の食料を確保しないと、何もなくなってしまいますよ。」とそれとなく会社に期待するなと言いつつ、静かにしている人たちに対して、何もしないでよいというわけではありません。逆に静かにしている人たちほどお世話をしなければなりません。

空港のロビーや待合室、あるいはゲート前でずっと待機しているお客様に対して、何とか食料を届けようということで、スタッフから私に判断を求められました。

「鳥塚さん、どうしましょうか?」

で、私は言ったんです。
ケンタッキーとマックへ行って、できるだけ買い集めて来いと。

嵐の日は納品の車も来ないかもしれませんから、こちらも時間との勝負です。

車通勤の職員が現金をもって成田市内へ。

「ハンバーガー200個ください!」

「フライドチキンあるだけください!」

こうして何とかかき集めて、サテライトと呼ばれるゲートの前で、テーブルを出して、お店開店。

「搭乗券をお見せください。お食事をお渡しします。」ってね。

台風だったか大雪だったか、あるいはその両方だったか。
とにかく1度だけじゃないんですけど、外は悪天候。
足止めを食らったお客様は、なすすべもなく。
売店や飲食店は早々に店じまい。

国内線なら空弁というのが一般的かもしれませんが、国際線のお客様というのは乗ったら機内食が出る前提ですから、食料をもって乗る人はほとんどいません。
到着地の法律によって検疫というのがありますから、食べ物を持ち込めない国も多い。
だから、何時間も待ちぼうけの皆様方は、もう腹ペコなんですよね。

ハンバーガーとKFC、皆様には大変喜んでいただきました。

そういう時は、朝から空港の職員も連続勤務していますから、職員も腹ペコ。
私が責任者のときは、必ず「まずはスタッフの食事を確保せよ」と指示をしていました。

これはその前の会社にいた時の教え。

「金剛山に登る前に、まず弁当を食え」という言葉があるらしい。
日本語だと、「腹が減っては戦ができぬ」でしょうか。

大切なことです。

ロンドンのケータリング会社がストライキをやったことがありました。
ロンドンから成田まで12時間のフライトで、機内食が出せないんです。

機内食というのは、食器やトレーなどがあります。
その食器やトレーがロンドンから到着しないと、成田からのフライトに使用する食器やトレーがありません。
数日間のストックがある程度ですから、ロンドンから機内食を積んでこないということは、成田からも機内食を搭載できないということになります。

私は確認したのです。
「そういう飛行機を飛ばしてもよいのか?」と。
何しろ12時間も飛行しますからね。

すると法律上は水さえ搭載していれば飛んでよいということがわかりました。

つまり、「飛行機は時刻通りに運航しますよ。」ということです。

さて、どうしましょうか?

ファースト、ビジネスのお客様にはラウンジでお食事を召し上がっていただくとして、エコノミーのお客様にはチェックインカウンターで3000円のクーポンをお渡ししまして、これで何か買って乗ってくださいと。

皆さんニュースで機内食が提供できないことはご存じでしたので、カウンターで大きなトラブルはありませんでしたが、搭乗口へ行くと、皆さん空港内で調達したいろいろな食料を持って機内へ消えていきます。
中にはピザの箱を抱えていたり。
でもって皆さん結構ニコニコ顔でした。

そんなに大きなトラブルでもありませんでしたが、なんだかんだで3週間ほど続いたでしょうか。
今思い出しても悪夢です。

こういうときでも「腹が減っては戦ができぬ」ですから、乗務員の分はちゃんと搭載します。
乗務員の食事はクルーミールと言って、アルミ箔など使い捨ての容器ですから食器のローテーションも不要です。
でも、そのアルミ箔の容器に入ったお料理というのは、ギャレーのオーブンで温めて食べますから、クルーの食事時間になるとギャレーから良い匂いが漂ってきます。

するとどうでしょう。
客室で騒動が起きました。

「機内食あるじゃないか!」ってね。

お客に食事を出さないで、自分たちだけ食ってるのか。

そりゃそうですよ。
食い物の恨みは怖いですからね。

そのクルーミールですが、出発前に副操縦士が文句を言ってきた。
なんだ? と聞いたら、「チーズがない!」
ケータリングのストライキで急遽アレンジしたサンドイッチボックスです。
その中にチーズが入ってないと、副操縦士が大クレーム。

おいおい、事情を察しろよ。
お客に出す食事だって搭載できないのに、チーズぐらいで文句を言うな。

私がそう答えると、こう言われたんです。

「お前にはわからないだろうけど、俺たちにとってチーズは大事なんだ。お前たちだってお新香がなければご飯食べられないだろう。それと同じなんだ。」と。

操縦室から機長が出てきて、何事かと。
もちろん乗客の搭乗前の機内ですよ。

事情を一通り話すと、機長は私に目配せをして、「こいつの言うとおりにしてやってくれないか。」と。

目くばせした先はその副操縦士が身に着けているネクタイピン。
見ると「BALPA」って書いてある。

あぁ、そういうことね。

BALPAって、英国の操縦士労働組合なんです。
どうやらその副操縦士は組合の急先鋒らしい。

機長も気を使ってね。
何しろこれから12時間狭い操縦室の中でチームワークを保たなければなりませんから。

ということで機長がそういうのですから、私はケータリングの係に連絡して「チーズのセットを人数分用意してあげてくれ」と伝えました。

「飛行機遅れますけどいいんですか?」と心配そうな声。
私は「構わないから用意してあげてくれ。」

飛行機は20分遅れて出発していきました。

もちろん、そのあとの私は事情を全部時系列的に説明して、ロンドンの本社へ飛行機が遅れた理由を報告しましたよ。
あとで支店長から、「お前さんの報告がずいぶん役立ったようだ。」と笑いながら言われましたが、あの副操縦士はその後、成田で顔を見ることはありませんでした。

ということで、今回のKFCの話はどういう事情かは分かりませんが、もしかしたらチラーと呼ばれる機内の冷蔵庫が故障していたのかもしれませんね。

この便は中米諸島のPLSからナッソーを経由してロンドンへ向かう12時間以上の便のようですが、チラーが故障していたら12時間先までの機内食の品質が保持できませんから、乗客には出せません。

ということで急遽ナッソーでフライドチキンを搭載したようですが、実は深夜便なんです。
深夜便というのは、もともと機内食の需要が少ない。
出してもあまり召し上がらないお客様ばかりですから、クルーとしてはそれほど難しくもないと判断したのだと思います。

とにかく、運輸業とはいえ接客業でもありますから、目の前にいるお客様に対して自分にできることは、考えられる限りやるというのが当たり前の姿勢です。
「無理です、できません、やりません。」という人は、運輸業では務まりませんね。

目の前で300人からの乗客に囲まれてみればわかりますよ。

時間との勝負。その場で、考えられる判断をしていかなければならないのですから。
これは鉄道業も全く同じだと思います。

先日、雪月花が車両故障で走れなくなったことがありましたが、あの時のクルーは臨機応変に対処して、本当によくやったと思います。
できて当たり前のことなんですが、頭ではわかっていてもそう簡単に判断して実行できることではありませんからね。

「ハンバーガ200個くださいって言ったらさぁ、『こちらでお召し上がりですか?』って。なわけないだろうに。そのぐらいわかりそうなもんだろう。マニュアル通りで仕事してるんだねえ。」
そう言って笑っていた同僚の彼も定年を迎える年になりました。

マニュアルは大切ですが、皆さん、自分の頭で考えるということは忘れないようにしましょう。

その時私はその言葉を彼に申し上げたことを思い出しました。

ちょっとだけ懐かしい。