昨日は往路、今日は復路
只見線への観光列車「雪月花」の乗り入れが無事に終了いたしました。
ご協力いただきましたたくさんの皆様、
ご乗車いただきました皆様、
ありがとうございました。
2日間天候にも恵まれて、沿線にはたくさんの笑顔をお届けすることができたと思います。
本日の写真をどうぞ







会津若松駅での出発のシーンです。
今日は白虎隊の演舞がありました。
只見線利活用会議でご一緒させていただいておりました福島県只見線管理事務所の皆様もお越しいただきました。
駅員さんも勢ぞろいでお見送りです。



会津坂下 利き酒の振る舞い



会津柳津 赤べこ




会津宮下 獅子舞


霧幻峡では大越君が渡船を浮かべて待機してくれていました。
打合せ通り!
ありがとう、大越君






沿線ではあちらこちらで列車に手を振ってくれる人たちが






只見駅はすごかったですよ。
全町民が駅にやって来たと思うぐらいたくさんの人たちが歓迎してくれました。

恐竜もいた!

小出駅では昨日今日と地元産品の物販をやってくれていまして、たくさんお買い上げありがとうございました。
私も買ったけど・・・
仲には一般の電車を利用される方が買って行ったり。
おもしろかったなあ。

ちびっ子たちもたくさん来てくれました。

ということで、会津若松を出てから8時間10分かけて終点の上越妙高駅に到着いたしました。
皆様たいへんお疲れさまでした。
雪月花の只見線紀行。
私は何としてでも成功させたかったんです。
なぜなら只見線はそれだけ素晴らしい所だから。
もちろん景色は素晴らしいんですけど、沿線の人たちの鉄道に対する愛が素晴らしいのです。
雪月花に乗っていても、いたるところでふつうの人たちが手を振ってくれる。
おじいちゃんもおばあちゃんも、ちびっ子も若者も。
たぶん普段の生活では鉄道を利用しない人がほとんどだと思いますよ。
でも、だからといって無関心じゃない。
みんな、自分の事として只見線を見てくれているということが、車窓を通じて私だけじゃなく、乗っていたすべてのお客様に伝わったと思います。
こういう路線は残すべきなんです。
そして、残すと決まったら、あとは方法論だけですから。
雪月花のような観光列車は、その方法論の一つなんです。
私はかれこれ10年以上も前から只見線にかかわって来ていて、只見線と聞くと他人事じゃないんです。
どうしてかなあ。
自分でも不思議なんですけどね。
私の中には福島の血が流れているからかな。
母方の祖父母が2人とも福島の出ですから。
明治の終わりごろ、おじいちゃんは飯坂、おばあちゃんは土湯から出てきた。
と、聞いたことがあります。
親戚もいましたけど、50年ぐらい前に数回会ったっきりですからね。
でも、間違いなく私の中には福島の血が流れていて、只見線と聞くと、きっとどこかでその血が騒ぐんでしょうね。
だから、夢中になってこの企画を進めてきました。
沿線で顔を見かける人たちも、皆さん名前を知ってるし。
雪月花に乗って行って、うちのクルーたちは不思議だったと思いますよ。
私が相手のお名前を呼んで話をしているのを見て。
でも、10年というのはそういう歳月ですからね。
そして、私は自分のDNAの中にある福島県に少しはお役に立つことができたかなあと、終わってみて、そう思うのであります。
もちろん只見線は三分の1は新潟県ですから、
新潟県の会社としては当然なんですけどね。
沿線で写真を撮られていたたくさんの皆様、いい写真が撮れましたか?
幸せな気分になれましたか?
夢を見られましたか?
只見線に走った雪月花で夢を見ることができた皆様方は、今度は自分のお仕事や日常生活を通じて、周りの皆様方に夢を与える活動をしてください。
そうすれば只見線から世界平和が広がりますからね。
只見線というのは、それだけの力を持っているローカル線なんです。
だから、この路線は上手に使って、皆でこの国をよくしていかなければならないと、私は今日あらためてそう感じました。
こんな世の中ですけど、人間は幸せになる義務がありますからね。
義務ですからね。
皆さんは幸せにならなければいけないのです。
無理を聞いていただきまして関係者の皆様、ありがとうございました。


▲Photo by 衣斐隆氏
衣斐ちゃん、ありがとうございました。
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