鉄道を思う気持ち

糸魚川市の小高い丘の上にかれこれ40年も前に使われなくなった小さな蒸気機関車が保存されています。

くろひめ号と名付けられたこの小さな機関車は、冬の間は雪を避けるためにこのように木で囲いをされて長年大切に保存されてきましたが、海風が吹き付ける厳しい気象条件の場所ですから40年も経過すると痛みが激しくなってきていて、ちょっとかわいそうな感じがしていました。

その機関車が、この度工場へ運ばれて、きちんと整備されることになりました。

地元の新潟日報のニュースです。

くろひめ号、いったんさようなら。糸魚川駅移設に向けて搬出作業

地元の路線で活躍した蒸気機関車を保存しているところは全国にたくさんありますが、昨今ではどこも痛みが激しく、自治体のお荷物になってきていて、市議会で予算を計上して解体してしまうところも多いと聞いていますが、糸魚川市ではこの機関車をきちんと整備して、もう一度皆様に見ていただこうと、山の上から駅構内に運び込む計画を立てて実行に移してくれようとしています。

鉄道なんてぜいたく品だ。
そのぜいたく品を自分たちの意志で残そうというんだから、そんなことに国が補助をする必要はない。

昨日も書きましたが、国は平気でそういうことを公言しています。

でも、地域ではこうやって鉄道を思う気持ちがあるんです。

では、その鉄道を残したいという気持ち、鉄道を思う気持ちとは、本当は何なのでしょうか?

私は地域の人たちの郷土愛だと思います。

自分たちの地域の鉄道を守りたいという気持ちは純粋な郷土愛から来ている。
にもかかわらず、その地域の人たちの郷土愛を、国は長年「地域住民のエゴ」と決めつけてきていて、国鉄の末期から、「残せ残せと勝手なことを言うな!」と切り捨ててきていたのです。

その結果として、この40年で日本の田舎はどうなりましたか?

ダメになっているんです。

だから、そのやり方は正しくないと私は考えます。

だったら、やり方を変えましょうよ。

こうやって古い車両をきちんと、大切に保存している。
その理由は地元住民が皆さんマニアだからですか?
違いますよね。

皆さん、長年親しんできた鉄道に愛着があって、郷土の誇りだと考えているからです。
だから、こうして大切にしている。

そういう地域を、「ぜいたく品を残せというのは地域住民の勝手なエゴだ。」というってのは、どうなんでしょうね。

もっと心ある人が上に立たないと、この国の交通はとんでもないことになりそうです。
交通だけの話じゃなくて、国土そのものがダメにされてしまいそうです。

私は、御縁をいただいて、今、この地域でお仕事をさせていただいておりますが、こうやって鉄道を大切に考えていただいている地域で、人生の残った期間を思いっきり働いてみたいと考えています。

不思議なんですよね。

ここは糸魚川市ですが、ここだけではなくて上越市にも妙高市にも、トキ鉄沿線は、そう思わせる何かがある地域なのです。

こういうことが地域が持つパワーだと思います。

そして、そういうパワーが未来を作っていくのです。

私はそういうことを感じるようになってきて、この地に骨を埋めたいと考えるようになってきました。