49年ぶりですか。

高輪ゲートウエイ駅が開業しました。

開業初日は記念に切符を購入する人たちも含めて大変な賑わいだったようですね。

山手線としては49年ぶりの新駅。
そうか、49年になるんだ。

東京生まれで東京育ちの私としては感慨ひとしおですね。

49年前に西日暮里駅が開業したのです。

あれから49年も経っているんですね。
かれこれ半世紀です。

日暮里と田端の間に新駅が開業する。
何でこんな近いところに駅ができるんだと東京の小学生としては不思議でした。
実際にはその数年前に開業した地下鉄千代田線との接続駅という色合いが強かったのですが、出来上がってみたらやっぱり。
何がやっぱりかというと西日暮里-日暮里間は国鉄で日本一短い駅間距離になりました。(当時)

最初はホームや屋根のアングルができて徐々に駅としての形ができてきたことを覚えていますが、その西日暮里駅は出来上がってみると実に便利な駅になりました。
何が便利かというと、東北本線や高崎線の長距離列車を撮影するポイントとしては絶好の場所だったのです。

当時の私はカメラを持って何度も出かけました。


▲485系「やまびこ」。盛岡から延々と走って来て上野に到着する所です。

▲こちらは軽井沢からの「そよかぜ」。「とき」に使う181系電車が共通運用で使われていました。

▲面白かったのはコレ。
上野駅に到着した機関車が引く客車列車が尾久に回送されるところ。

上野駅の地表ホームでは機関車の付け替えができませんでしたので、機関車が後ろから押す推進運転というスタイルで走ってくる光景が見られました。
貫通扉の所に「推進運転士」という人が乗っていて、編成の一番後ろから押している機関車の運転士に合図を送っています。危険を感じたらブレーキを掛ける役目で、ちゃんとした運転士の資格を持っていないとこの役目はできないと言われていました。

ちなみにこの区間の推進運転の制限速度は時速25キロ。
音もなくのろのろと長編成の客車列車が走ってくるのは面白かったですね。

この写真は上野に到着した列車が車庫に帰っていくところですが、上野発の列車は逆に尾久の車庫から推進でやって来て上野駅のホームに据え付けられていました。
こういうやり方はついこの前、カシオペアが運転されている時まで行われていました。

こんな列車がたくさん見られる楽しい場所が西日暮里駅のホームだったんです。
今では新幹線ができましたので、西日暮里駅のホームからこんな写真は撮れなくなりましたが、もし撮れたとしても撮りたいと思うような列車はなくなってしまいましたから寂しいですね。

西日暮里駅以来49年ぶりの新駅として高輪ゲートウエイ駅ができたというニュースを聞いて、今年還暦のおじさんとしてはこんなことを思い出したのでありますが、それにしても今夜の新幹線はガラガラ。
今夜だけじゃなくて毎日ガラガラ。
どうなっちゃうんでしょうか?
大変心配です。

今夜18時の東京駅です。
ホームはガラガラ。そしてお弁当屋さんも休業です。

コンコースにある「祭」という駅弁屋さんも奥の陳列ケースに商品はなくお店も半分ほど閉鎖状態。
デパ地下も並んでいる商品が普段の半分もありません。


私が乗った18時の「はくたか」もこんな状況です。

景気というのは「気」ですから、つまりは気持ちの問題です。
これだけ冷え込んでしまったらいったいどうなるのか。

政府には何とか気持ちを切り替えるような政策をお願いしたいですね。

早く新型コロナの話が下火になることを願っております。